第十一話 ご主人様のライバル登場?
「来たわね、座りなさい」
「はい。あの、お話とは……」
「今度、また晩餐会に付き合って貰うわ。今度は王宮で行う晩餐会よ。アンジュと貴方と、もう一人、メイドを付き添わせるわ。ドレスの着付けに時間かかりそうなんでね」
「わかりました」
リビングのソファーに座るや、セシリアは晩餐会への付き添いを命じると、ポールも二つ返事で応じる。
理由はともかく、屋敷の外に出れる事に安堵したポールであったが、王宮で行われる晩餐会となると、ポールもあまりリラックスが出来ないと思い、乗り気はしなかった。
「そんなに気張らなくも良いわ。前みたいにやってくれれば問題ないわよ。でも、挨拶はちゃんとなさい。今回も、舞踏会があるから、その時に男と踊る事になるかもしれないけど、悪く思わない事ね」
「いえ、別に悪くなど……」
「思ってくれないと、張り合いがないんだけど」
セシリアが他の貴族の男とダンスしてるのを見て、嫉妬の感情を抱く事があるのは事実であったが、それをまさか口にする事も出来ず、ポールも苦笑いして否定するしかなかった。
彼女もハンナと少し仲良くしただけで、あれだけポールに当り散らしたくせに、自分は他の男と仕事とは言え、ダンスをする事に後ろめたさを感じていたが、それでもこれは貴族の宿命だと、例え、理不尽であっても舞踏会の誘いを断る様な真似はしなかったのであった。
「そう言う訳だから、宜しく頼むわよ。今度の土曜日の夜だから」
「畏まりました」
三日後――
「準備は出来た? じゃあ、行くわよ」
予定通り、セシリアはアンジュとポール、そして三十代のメイドを一人、付き添わせて馬車に乗り込み、会場となる王宮へと向かう。
今日の晩餐会は全国から、名のある貴族や実業家が集まる為、セシリアもみっともない格好をしないように、豪華なパーティードレスに着飾っており、何時になく華美なセシリアの雰囲気にポールも圧倒されていた。
「全く、面倒ね。堅苦しい雰囲気は私も好きじゃないんだけど、今回の主催者はマナーにうるさいのよね」
「そうは言いますが、セシリア様にとっても大事な社交の場でもありますので……フローラ様もご招待されてるのでしょう?」
「止めて、あいつの名前を出すの。会うのは、半年振りくらいだけど、いつも絡んできてうざいのよ」
「セシリア様、あまりその様なお言葉遣いは……」
ポールの向かい側に座っているアンジュとセシリアが、そんな会話をしているのを聞き、どうも今回の晩餐会への出席に乗り気ではないのだと、察したポールであったが、だからと言って事情もわからないのに口を出すわけにも行かず、ただ馬車に揺られて、会場である王宮に着くのを待つしかなかった。
「セシリア様ですね。どうぞ。お付きは三名ですね」
「ええ」
王宮に着き、招待状を守衛に見せた後、王宮の執事に案内され、会場へと着く。
「うわああ」
会場に着くと、以前の晩餐会の会場より更に広く豪華なシャンデリアに照らされ、貴族らの招待客で賑わっており、その勇壮さにポールも思わず声をあげる。
自分の様な、貧民出身がこんな所に来て良いのか、改めて恐縮していたが、セシリアは慣れていたのか、どんどん中に進み、顔見知り達に挨拶を交わしていった。
「お久しぶりです」
「ええ、セシリア、しばらくね。また綺麗になったみたいで……いい加減、良い人は見つかった?」
「くす、中々難しくて」
と、貴族の夫人とワイングラスを交わしながら、そんな会話をするセシリアを見て、ポールも更に畏まってしまうが、改めてセシリアもいつか、この舞踏会の招待客の貴族と結婚してしまうのかと思うと、ポールも寂しさを感じていた。
「あーら、セシリア、来ていたの」
「あら、どちら様でしたっけ?」
「ホホホ、ご冗談を。従妹の顔を忘れるなんて、ボケちゃったの、セシリア?」
「ふん。冗談よ、悪い?」
彼女が話し込んでいると、不意にセシリアと同年代のキャミソールの煌びやかなドレスに身を包んだ女性が話しかけ、セシリアもムッとしながら、挨拶を交わす。
「アンジュも、久しぶり。元気してた?」
「フローラ様。ええ、お久しぶりです」
「そう。んー? そこのしょぼくれた可愛らしい子供は?」
「しょぼくれてなんかいないわ。家で新しく雇った使用人なの」
「ポールです。はじめまして」
「ふーん。はじめまして。セシリアの従妹のフローラです。ふふ、中々礼儀正しくて良い子じゃない」
ポールもフローラに対して一礼して自己紹介すると、フローラも笑顔で名を名乗り、彼と握手を交わす。
セシリアより少し身長は低いが、後ろに束ねたブロンドの髪と少し垂れた感じの綺麗な青い瞳に、白く手入れの行き届いた美しい肌、整った顔立ちをした、美しい貴族の女性を目の当たりにし、ポールも顔を赤くして見惚れていた。
主であるセシリアに匹敵する美貌を誇る女性が、まさか居るとは思わず、ポールもしばしフローラに見とれていたが、それを見てセシリアがムッとし、
「いつまで、デレデレしてるの? 失礼でしょ、そんな目で見たら」
「す、すみません」
「くす、良いのよ、セシリア。固い事言わない」
「ふん。私、もう行くから」
「そう。じゃあね、ポール。また」
「? あ、はい」
フローラがポールに手を振って挨拶すると、ポールも首を傾げて、セシリアやアンジュと共に会場へと行く。
その時は、特に気にもしなかったが、
舞踏会の時間になり、招待客の貴族たちが優雅な演奏に合わせて、ダンスを踊る。
セシリアも、そしてフローラも招待されていた貴族の男性に誘われて次々と踊っていったが、ポールは自分もあの場でセシリアと踊れるようになれるのかとボンヤリと眺めていると、
「ねえ、ポール」
「? はい?」
部屋の片隅で使用人達と見学していたポールに、突如フローラが駆け寄って声をかけ、
「よかったら、相手してくれない?」
「えっ!? で、ですが……」
「良いから。大丈夫、私がリードするから」
「あの……」
いきなり誘われて、ポールも困惑していたが、フローラが一方的に彼の手を引き、そのままダンスを始める。
「踊りは初めて?」
「え、はい……でも……」
「くす、良いのよ。気にしないで、周りの目なんか。今はあなたとダンスがしたいから誘ったのよ」
一際美しさを放っていたフローラが従姉の使用人のしかも、十歳以上年が下の少年と踊りを始め、会場も少しざわつく。
貴族の女子が、使用人の男と舞踏会で踊るなど、異例の事なので、それを見ていた貴族達もしかめた顔をしていたが、フローラは気にする事もなく、
「上手じゃない。セシリアに習ったの?」
「はい……えっと、僕なんかと踊って……」
「ストップ。レディーの誘いを無碍にするのはマナー違反なのよ。心配しなくても私がリードするから、合わせて」
「はあ……」
困惑していたポールを優しくフローラはリードし、彼女に合わせて、最後まで踊りを続けていったのであった。
「ふふ、楽しんでいたじゃない、ポール」
「っ!? セシリア様!」
舞踏会の時間が終わると、セシリアが笑いながらも、怒りのオーラを放ちながら、ポールに話しかけ、
「あの、あれはフローラ様が……」
「ええ、わかってるわよ。あの子が誘ったんでしょ。でも、あなたもずいぶんと楽しそうだったじゃない。よかったわね。あんな綺麗な女性と踊れて」
「はうう……」
セシリアがポールを見下ろしながら、そう口にするが、まさかフローラがポールを誘ってくるとは夢にも思わず、不意打ちをかけられたみたいな気分がして、セシリアも特に苛立っていた。
「全く、あの子、何を考えてるのよ……私だってまだ……」
「まだ、何?」
「っ! 何でもないわよ! もう帰るわよ!」
フローラが得意気な顔をして、セシリアに後ろから話しかけると、セシリアはポールの手を引いて会場を後にする。
「またねー、ポール。手紙出すからー」
「っ!? 帰るわよ!」
呑気な口調でポールに手を振りながらフローラがそう言うと、セシリアは彼女をきっと睨み付けて、ポールを引っ張る。
まさか、本当に手紙なんか出さないだろうとポールは思っていたが、セシリアは歯軋りしながら、
「帰ったら、またお仕置きよ。覚悟なさい」
と、ポールに囁き、彼も俯いて青い顔をする。
また主人を不機嫌にさせてしまい、ポールも頭をかかえるばかりであった。




