第十話 女主人の愛の教育はとても厳しく恐ろしい
「さあ、ポール。そこに座りなさい。今日はみっちりお勉強をするわよ」
「あの……」
翌日、ポールは屋敷の使われてない書斎に呼び出され、セシリアが用意した勉強継ぐ絵の前に座らされる。
一体、何のお勉強をするのかと首を傾げていたが、周囲を見ると、セシリアが写っていた写真が何枚も飾れていた。
「何のお勉強をするのかと言った顔をしているわね。私専属の使用人としてのお勉強よ。こんな事から、教育しなおさないといけないのは、あなたのせいなんだからね」
と、不安げな顔をしていたポールの前で、まるで家庭教師のような口ぶりで説明するセシリアであったが、ポールは未だに何の事かわからず、困惑していた。
少なくとも、学校の勉強のやり直しではないのだろうと思っていたが、使用人として未熟なのは自分でも承知しており、ポールもきっと自分に心構えを教育させようとしているのだと言い聞かせていた。
「まず、この写真、誰だかわかる?」
「えっと……セシリア様ですか?」
「そうよ。私が生まれた時の写真。これが小学校に、女学校に行っていた頃の写真。そして、これが……」
と、セシリアが部屋に飾られていた、自分の写真を次々とポールに見せつけ、その都度、いつ撮られた写真なのか説明していく。
セシリアの子供の頃はとても可愛らしく、いかにも貴族のお嬢様と言った感じの上品さを漂わせており、やはり育ちが違うのだと実感していたが、ポールは彼女が、この写真を見せて何をさせたいのか、理解出来ずにいた。
「ねえ、ポール。あなた、私の事、好きよね?」
「は、はい。好きです」
「そうよ。当然よね。私みたいな美しい主を好きにならない訳ないわ。でも、それなのにどうして他の女と仲良くしたりするのかしら?」
「あの、ハンナの事は本当に何も……ひっ!」
パアンっ!
まだハンナとの事を誤解していた様なので、すぐに弁解しようとしたポールであったが、すかさずセシリアは持っていた指示棒を彼の机に叩き付ける。
「何もない。つまり、付き合っている訳じゃないと言いたいのね。それは、何度も聞いたわ。でも、その割にはずいぶんと二人とも楽しそうに話していたじゃない。ポールも、彼女に密着してデレデレして」
と、突き刺す様な目で彼を睨みつけながら、そう迫るが、そんな事を言われても、ハンナとは友人以上の関係では無かったので、彼もそう言わざるを得ないのであった。
だが、セシリアはハンナとポールが一緒に居る時、自分には見せた事のない笑顔を見せていたので、それが気に入らなかったのだ。
付き合うのであれば、同年代の女子の方が付き合いやすいというのは、セシリアもわかっていたし、ポールも自分より若い女のほうが良いのだろうと言う焦りもあったのだ。
「もう一度聞くわ。私のこと、好きよね?」
「はい」
「愛しているわよね?」
「は……はい。セシリア様の事、愛しています」
と、念を押すようにセシリアがポールに訊くと、素直にポールがそう答える。
間違ってもいいえなどと言える雰囲気などではなかったが、やはり命令とは言え、女性に対してこんな事を口にするのは恥ずかしくもあり、顔を真っ赤にして俯いていた。
「結構。命令とは言え、ちゃんと私の前で言えたのは、褒めてあげるわ。例え、今のが本心でなくても、言葉にする内に本心となるのよ。さ、もう一度、言いなさい」
「セシリア様の事、愛しています……」
また同じ事を言わされ、自分は何をやっているのかと馬鹿馬鹿しい気分になっていく。
セシリアは、ポールが自分の事が好きな事を疑っていなかったし、それは正しくはあったが、ポールが心変わりしてしまう前に、自分以外の女を好きにならない様に、教え込む必要があると思ったのだ。
「くす、素直な子は好きよ。その調子で、私を愛していると、そこのノートに百回、書きなさい」
「え? の、ノートにですか……」
「そうよ。さあ、やるのよ」
座っていたポールにセシリアが抱き付いて、頬ずりしながら、艶かしい口調でノートに書くよう命じ、ポールも机に用意されていた鉛筆を手にして、『セシリア様、愛しています』とノートに書き始める。
こんな事をして、何になるのだと思っていたが、ポールが拙い字で、自分への愛をしたためているのを見て、セシリアも気分が良くなってきた。
「ほら、ちゃんと丁寧に愛をこめて書きなさい。使用人なら、主である私に対して、無償の愛を常に捧げるべきなのよ。ちゅっ、ちゅっ……」
「は、はい」
セシリアはポールに頬ずりしながら、時折キスをし、彼女の唇を感じて、顔を赤くしながら、ポールはセシリアを愛してると、ノートに書き続ける。
ハンナの事を未だに誤解されている事には困っていたが、セシリアが自分の事を気にかけているのはわかったので、悪い気分はしなかった。
「書きました」
「良く出来たわね。くす、ここまで私を愛してくれて嬉しいわ。その気持ちを忘れないことね」
「はい」
言われた通り、百回ノートに書いて、セシリアに提出し、セシリアも自分への愛をしたためたノートを見て、ご満悦な顔をする。
「私を愛する気持ちが本当だと言うなら、他の女子に色目を使う様な真似は絶対にしないことね。あの子は、とても良い子だと思うけど、私に及ぶ女だとは思わないわ。身分の差とかじゃなくて、女としてね」
と、自信満々にセシリアが言うが、その言葉を聞いて、ポールも流石に複雑な気分になる。
貴族としての誇りを持ちながらも、セシリアは平民に対して横柄に接することはなかったので、地元に人間からも慕われていたが、それでもハンナを下に見ている言い草をしたのは、彼女らしからぬと言う思いもあった。
「ハンナの事は調べさせて貰ったわ。父親は地元の役場に勤めていて、母親は主婦、兄と妹の三人兄妹だそうね」
「はい……えっと、それが何か……」
「私、これでも政治家や役所との繋がりは色々とあるの。当然、地元の町長ともよく会ってるわ」
「…………え」
セシリアの言葉を聞いて、ポールもハッと青ざめた気分になる。
彼女の力を持ってすれば、ハンナの家をどうにでも出来るのだ――そう暗に脅している事を理解したポールは慌ててセシリアにすがりつき、
「大丈夫よ、私が彼女に危害を加えるような事をする訳ないじゃない。安心なさい。でーも、私も我慢の限界って物があるわ。怒りに任せて我を忘れる事もないとは言えないわね。その時はどうなるか……わかるわね?」
青くなっていたポールを安心させるように、セシリアは彼に甘い声でそう告げ、頭を撫でるが、全く安心出来る物ではなく、逆に穏やかな顔をして、平然とそんな事を言うセシリアが怖くなってきた。
「さ、ポール。キスをしなさい。私を愛している事を証明して」
「はい……ん……っ!」
「ちゅっ、んん……っ!」
またキスをする様命じ、セシリアと唇を交わすと、口付けをした瞬間、セシリアはポールの顔を抑えて、激しく唇に吸い付く。
いつものパターンであったが、執拗に唇を啄ばまれると、心地良さと同時に怖さと息苦しさを感じてしまい、顔を歪めて、主との濃厚な接吻を続けさせられていった。
「んっ、ちゅっ、んん……んっ、はああっ! はあ、はあ……」
ようやくセシリアが唇を離し、呆然としていたポールとしばし見つめあう。
まだ十代の彼には刺激的過ぎるキスだったため、朦朧として思考を溶かされており、しばらく言葉を発する事も出来なかった。
「くす、怖がらせちゃってごめんなさい。今日は、この辺にしておくわ。さ、今夜も一緒に寝るわよ。夜になったら、私の部屋に来なさい」
「はい……」
脱力していたポールの頭をまた撫でてそう告げると、セシリアはノートを手に持って、部屋を後にし、ポールも彼女の後に続く。
彼女の背中を見て、ポールも不安を覚えてしまい、セシリアとこのままの関係を続ける事に不安を抱かざるを得なかった。




