第四章 初転法輪
シッダールタはカーシー国の首都ヴァラナシー(ベナレス)にやって来ました。ここはバラモン教の聖地であり、多くの人達が聖なるガンジス川で朝日に向かって祈りをささげ、沐浴をしていました。シッダールタも沐浴をして身を清めると、ここから北方約10kmにあるイシパタナに向かって歩き出しました。イシパタナの鹿野苑は鹿があちらこちらで草を食んでいるのどかな光景が広がる林でありました。
シッダールタが歩いて来るのを見つけた5人は苦行を捨てた落伍者なんか無視しようということで意見がまとまりました。しかし、シッダールタを間近で見るとその晴れやかな表情と堂々としてまるで後光がさしているかのような圧倒的な存在感に、思わず招き入れて話しを聞いてしまいました。
シッダールタはまず悟りを開いて解脱を果たし、仏陀(目覚めた者)と成ったことを告げてから教えを説き始めました。
まず最初に「耳ある者どもに不死の門は開かれた」と仏道は死の苦しみから完全に解放される教えであることを宣言されました。言葉が古風なのは重要な部分だからあえて経典の言葉をそのまま引用したからです。
「不死とはどういう意味ですか?」とコンダンニャは質問しました。
「私達が世界だと思い込んでいたものは、実は心の働きによって形成された世界であり、実体は何も無かったのです。突然このような常識とは全く異なる話を聞いてもにわかには信じられないだろうと思いますが、今から順を追って説明していきますから、良く聞いて下さい」と仏陀は答え、更に続けて話しました。
「私が説く道は瞑想修行によって真理を体験して悟りを開くことで解脱を達成する道ですから宗教ではありません。信仰は捨てて下さい」
「なぜ信仰を捨てなければならないのでしょうか?」と驚いたコンダンニャが質問しました。
「盲目的に信仰すると間違った方向に進むからです。瞑想修行によって真理を実際に体験することが真理に到達する唯一の道です」
「なるほど」と納得したコンダンニャは相づちをうちました。
「次に【四諦】という4つの真理について話します。まず第一の真理は、この世は病気をしたくなくても病気になったり、年老いたくなくても年老いるし、死にたくなくても死ぬというように思い通りにならないので苦である。これが【苦諦】である。次に、苦しみには原因がある。その原因とは【無明】(無我という真理を知らないこと)である。真理を知らないで行った行為が積もり積もって心に潜在的な影響を与えます。そしてそのような影響が心の形成作用によって生死のある現象世界が作り出されます。この行為の潜在的影響力と心の形成作用を【行】と言います。そしてこのように心の働きによって形成された世界を【諸行】と言います。この【行】と【諸行】は《目覚めの道》を理解する上で最も重要な言葉です。【行】と【諸行】が解れば《目覚めの道》が解ると言っても過言ではありません。よく覚えておいて下さい。そして心の働きによって形成された世界は因縁によって常に変化します。つまり生まれたり死んだりするということです。このことを【諸行無常】と言います。そしてこのように【無明】が原因で【行】という心の働きによって苦しみの世界が形成されるという第二の真理を【集諦】と言います。次に第三の真理は苦しみは心の働きによって形成された世界である【諸行】の中にしか無いのであるから、瞑想によって心の働きを停止することで【諸行】から解脱することができます。この第三の真理を【滅諦】と言います。次に第四の真理は【道諦】と言って、苦を滅する道があるということです。その道を【八正道】と言います。【八正道】は快楽主義に片寄らず、苦行にも片寄らず、適度な厳しさで行います。【八正道】には八つの項目があります。
一番目は正しく見る【正見】です。正しくと言っても普通の人が思う正しさとは全く違っていて、雑念を消して、一切の判断をせずに、ありのままを見ることです。一切の判断をしないとは、例えば「物質は実在する」「私は肉体を持った人間である」「生き物には生死がある」「自分と他人は別の人間だ」といったようなことを一切考えてはいけないし「良い悪い」「好き嫌い」といった価値判断をしてはいけません。こういった判断が認識に影響を与え、ありのままに観るさまたげとなるからです。
二番目は正しい考え【正思惟】です。正しい考えとは思惟することなく直観することです。わかりやすく言うと『考えるな感じろ』ということです。
三番目は正しく言葉を使う【正語】です。嘘をついたり、無駄話をしてはいけないということです。仏道修行は瞑想が主な修行ですから雑念と言葉を極力無くさなければなりません。ですから無駄話をせず、言葉は必要最小限にしなければなりません。
四番目は【正業】正しい行動です。正しい行動とは一切の判断をせずに直観による行動です。
五番目は【正命】正しい生活です。正しい仕事をして生活を営むことです。
六番目は【正精進】正しい努力です。正しい努力とはあらゆる行動が全て八正道の実践になることです。
七番目は【正念】正しい念です。私達の心に生じる念には2種類あります。雑念と正念です。正念とは今ここで実際に体験した事実に基づいた念のことです。具体的な修行方法としては八番目の【正定】で得られた禅定を動きのある中でも維持することです。そして、歩く時も食べる時もその他のことをする時も常に雑念を消して心を正念で満たし続けることが正念の修行です。
最後に八番目の【正定】とは坐禅を行って禅定に入ることです。禅定とは雑念が完全に消え、集中が安定して継続している状態です」
仏陀がここまで話した時、コンダンニャが質問しました。
「本当に生死のある世界から解脱する方法を見つけたのですね?」
「はい、その通りです。そして誰でもが瞑想修行を正しく行えば生死のある世界から解脱できます」
5人はこれが素晴らしい教えだということを理解しました。
「仏陀よ、是非あなたの指導のもとで修行をさせて下さい」と5人全員が願い出ました。
「わかりました。また一緒に修行しましょう!」と仏陀は答えました。