第十五章 シャカ国滅亡
ダイバダッタは僧伽の指導者は自分が相応しいと考えるようになり、仏陀に隠居を勧めました。しかし仏陀は断りました。また、ダイバダッタは仏陀に戒律を厳しくすることを提案しましたが仏陀が了承しなかったため、仏弟子500人を連れて教団から去り、独立して新しい教団を作りました。
それから月日は流れ仏陀が79才に成られた年にとても悲しい出来事が起こりました。この悲しい話の原因となった出来事を説明するために仏陀が悟りを開かれた頃に一旦話を戻します。
コーサラ国のパセーナディ国王はシャカ国から妃を迎えたいと思い、シャカ国に使者を送りました。
「パセーナディ国王はシャカ国から妃を迎えたいとおっしゃられた。大国であるコーサラ国が小国であるシャカ国から妃を迎えてやるのだ。ありがたいことだと思え。妃は勿論王族であり、かつ美しい娘でなければならんぞ。もしこの縁談を断ったりしたら攻め滅ぼすぞ。心してかかれよ」と使者はシャカ国を見下した横柄な態度でした。
この横柄な態度に憤慨した重臣達はスッドーダナ王の甥であるマハーナーマが召し使いに生ませた美しい娘がいたので、その娘を美しく着飾らせてコーサラ国へ送くろうと企てました。重臣達一同がそう言うので、スッドーダナ王もその案に従いました。
そうとは知らないコーサラ国のパセーナデイ国王はシャカ族の召し使いが生んだ娘と結婚して、ヴィドーダバ王子が生まれました。
ヴィドーダバ王子が8才の時、母の故郷であるシャカ国に行きました。そこでシャカ族の者から「お前は卑しい身分の母から生まれたのだ」とバカにされ、それ以来シャカ族に強い恨みをもち、いつの日か、必ず復讐してやると怨念を胸に抱き続けてきました。
現在の日本であれば実の娘でなくても一旦養女にしてから嫁に出せばそれほど問題は無いのですが、当時のインドではカースト制度によって身分が厳しく区別されていて、下賎な身分の者が王家に嫁ぐことはあり得ないことだったのです。
このようにしてシャカ族にとても激しい恨みを持つヴィドーダバ王子は成人し、父であるパセーナディ国王が外出中にクーデターを起こして国政の実権を握りました。
国政の実権を握ったヴィドーダバ新国王はすぐにシャカ族を滅ぼそうと大軍を率いてシャカ国へと向かいました。
すると道中で枯れ木の下で坐禅をしている仏陀を見かけ、不思議に思い話かけました。
「世尊、どうして枯れ木の下で坐禅をしているのですか? 青々と繁って涼しげな木陰を作っている木は沢山あるというのに」
「たとえ枯れ木と言えども親族のように思えるこの木が好きなのです」
仏陀が枯れ木をシャカ族に例えて、軍を引き上げることを暗に示していることを察したヴィドーダバ王は尊敬する仏陀に逆らうわけにいかず撤退しました。
しかし、一旦撤退したものの、シャカ族の者達にバカにされた場面を思い出すと怒りがふつふつと湧いてきて、ヴィドーダバ王は再度シャカ国へと進軍しました。
またもや仏陀はヴィドーダバ王の進軍を止めましたが、4回目のヴィドーダバ王の進軍を見て、もはやヴィドーダバ王を止めることはできないと思われました。大国であるコーサラ国の大軍に対して小国であるシャカ国は為す術もなく滅亡しました。
シャカ国滅亡の時、1人でも多くのシャカ族の命を助けたいと思ったマハーナーマ王はヴィドーダバ王に言いました。「私が池に入り次に浮いてくるまでの少しの間だけでいいから、その間に逃げるシャカ族の者を見逃して欲しい」
「わかりました。あなたが次に浮いてくるまでは見逃そう」とヴィドーダバ王は答えました。マハーナーマ王はヴィドーダバ王の祖父なので必死の嘆願を無視できませんでした。ところが少しの間と思って待っていてもいっこうにマハーナーマ王は浮いて来ませんでした。不審に思ったヴィドーダバ王は兵士を池に潜らせて様子を見に行かせました。するとマハーナーマ王は池の底の杭に髪の毛を括り付けて亡くなっていました。こうしてマハーナーマ王は命を犠牲にして多くのシャカ族の命を救いました。
マハーナーマ王の弟であるアヌルッダが「ヴィドーダバの野郎よくも!」と叫んで泣き崩れました。
「アヌルッダよ、ヴィドーダバ王を恨んではいけません。彼は人生の大半を怨念に奪われた被害者なのです。それに、人は本質的に善でも悪でもありません。あの凶悪な殺人鬼であったアングリマーラでさえ今では立派な仏弟子です。因と縁によって一時的に善であったり悪であったりするだけなのです」
「わかりました。…………」
ヴィドーダバ王は長年の悲願であったシャカ族への復讐を実現できた喜びに、王宮に帰るまで待ちきれず、川原で戦勝の祝宴を始めました。すると川の水がみるみる増水してあっという間に洪水に流され、ヴィドーダバ王は亡くなりました。