第十三章 ゴータミー比丘尼
コーサラ国のスダッタ長者はコーサラ国に仏陀を招く為に竹林精舎のような精舎を作りたいと考え、コーサラ国のジェータ王子が コーサラ王国の首都シュラヴァスティーに所有する森林を購入したいと申し出たところ、スダッタ長者の熱意に打たれたジェータ王子は森林の購入は半分だけでよいことにし、残りの半分はジェータ王子が仏陀の僧伽に寄進しました。更にスダッタ長者は伽藍も建立して仏陀の僧伽に寄進しました。
また、ヴァッジ国の商業都市ヴァイシャーリーには大林精舎が建立されるなど仏陀の 僧伽は着実に勢力を広げていきました。
前回仏陀がカピラバストゥを訪れてから約8年後、カピラバストゥからスッドーダナ王の重臣であるマハーナーマが使者として仏陀の所にやって来ました。
「仏陀、お久しぶりです。今日は残念ながら悲しい知らせをせねばなりません。スッドーダナ王が危篤でございます。すぐにカピラバストゥにお向かい下さい」
「何と! それは大変だ。すぐに向かいます」と仏陀は答えるとナンダ・ラーフラ・アヌルッダ・アーナンダを連れてマハーナーマの馬車に乗りました。通常仏陀は決して馬車には乗りませんでした。しかし、今回だけは今際の際に間に合うように馬車に乗ることにしました。他のシャカ族の者達は徒歩で仏陀の後を追いました。
「シッダールタ、ナンダ、ラーフラよく戻った」とスッドーダナ王は弱々しい声で言いました。
「父上、遅くなり申し訳ありません」と仏陀は言いました。
「父上、…………」とナンダは言ったが、その後は言葉にならず泣き崩れました。
「おじい様、…………」ラーフラも同様でありました。
「父上、呼吸を意識して下さい。余計なことを考えてはいけません。そして一呼吸一呼吸に気合いを入れていくのです。私達修行者が厳しい生活をしていても病気をしないのは気合いのおかげなのです」と仏陀は言いました。
「ナンダ王子をお世継ぎとして王宮に返して頂けませんか?」とマハーナーマは仏陀に言いました。
「ナンダは優しい性格ですが、決断力がなく、意思の強さも充分ではありません。したがって、国王に成るのはふさわしくありません。マハーナーマ殿はスッドーダナ国王の甥であるし、これまでも国王の右腕として政務を行ってきたことは皆が高く評価しております。次期国王に成るのはマハーナーマ殿をおいて他にはいますまい」
「私など滅相もございません。どうか他の適任の者をご指名下さい」
「仏陀のおっしゃる通り、マハーナーマ殿をおいて他には適任の者はいません」と重臣達一同は口々に言いました。
「マハーナーマよ、そなたの手腕は一番近くにいた余が一番良く知っておる。そなたに是非国王を継いでもらいたい」とスッドーダナ王は言いました。
「わかりました。シャカ族繁栄の為この命をかけてやらせて頂きます」
跡継ぎが決まって安心したのか、スッドーダナ王は穏やかな表情で目を閉じられました。享年79才でした。
スッドーダナ王崩御の知らせは瞬く間にカピラバストゥの民に知れ渡り、皆偉大な国王の冥福を祈りました。葬儀はサフラン色の法衣を着た仏陀と仏弟子達によって執り行われました。シャカ国の公用語はマガタ語でありましたが、仏陀は礼拝用の言語であるサンスクリット語の元になったヴェーダ語で慰霊の辞を述べました。仏法は死さえ認めないのであるから、当然死後の世界や魂など認めるはずもないのですが、国王の冥福を祈る多くの弔問者に配慮して慰霊の辞を述べられました。葬儀が終わるとご遺体は荼毘に付されました。
葬儀が終わり、マハーナーマ新国王の戴冠式も終わると、マハープラジャーパティ前王妃がニグローダ樹園にいる仏陀のところにやって来ました。
「私も出家して《目覚めの道》の修行をしたいのです。どうか弟子入りを認めて下さい」
「母上、ご存知の通り出家修行は女人禁制の世界です。申し訳ありませんが、出家を認める訳には参りません」と仏陀はキッパリと断りました。
仏陀は数日後にカピラバストゥを出発しヴァイシャーリーにある大林精舎に向かいました。
仏陀が出発するのを見送ったマハープラジャーパティ前王妃は夫が出家して自身も出家の意思のあるシャカ族の女性を50人集めて、集団で出家する計画を立てました。
「ヤショーダラー、あなたの出家したいという気持ちは良くわかっているわ。でも今回は遠慮して欲しいの。きっとその方がうまくいくから。ことがうまくいったら必ずあなたも呼び寄せるから。少し待っててね」
「わかりました、お義母様。ご成功をお祈りしております」
ヴァイシャーリーの大林精舎で掃除をしていたアーナンダは突如現れた比丘尼の集団を見て驚きました。何とそこにいるのは剃髪して修行着姿のマハープラジャーパティ前王妃なのですから。
「マハープラジャーパティ様、これは一体どうされたのですか?」
「女性も立派に修行ができることを証明するためにカピラバストゥから歩いて来ました。仏陀に取り次いで下さい」
「わかりました。しばらくお待ち下さい」とアーナンダは言うと、あわてて仏陀の所まで走って行きました。
「母上、これほどご決心が堅いとは思いませんでした。お許し下さい。長旅お疲れでしょう。まずは足を洗って休んで下さい」
仏陀は女性の出家を受け入れる準備を急いだ。大林精舎内に女性専用の建物を用意し、女性用の戒律も定めた。
「世尊、素敵な場所に建物を用意してくれてありがとう。私は地位も名誉も財産も全て捨てて出家しました。そしてマハープラジャーパティという名前も捨てようと思います。これからはゴータミーと呼んで下さい」
「わかりました。ゴータミー比丘尼」と仏陀は言うと、更に《目覚めの道》の修行について説明しました。
「説明はだいたい解りました。目覚めの体験をするために一番大切なことは何ですか?」
「《目覚めの道》で一番大切なことは雑念を起こさないことです。朝起きてから夜寝るまでずっとです。雑念を起こさないためには今この瞬間に完全に集中しなければなりません。そのためには気合いを入れて真剣に一つ一つの行動を行わなければなりません」
「解りました。でも朝から晩までずっとなんて難しそうですね」
「勿論簡単ではありません。だから何年も修行しなければならないのです。でも心配しないで下さい。解脱を達成したいという思いが本物であれば必ず達成できます。私の弟子達も真剣に修行に打ち込んでいる者は皆解脱を達成していますから」
ゴータミー比丘尼が出家されてから半年後、仏陀の妻であるヤショーダラーも出家を希望してやって来ました。ゴータミー比丘尼から受戒して比丘尼としての修行が始まりました。
マハーカッサパの妻であるカピラーニは無衣外道(ジャイナ教の空衣派)のもとで修行をしていましたが、マハーカッサパの呼びかけに応じて仏陀の僧伽で比丘尼となりました。




