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未完成、ぼくら。  作者: 天野 地人
夢を追うって孤独 【舞夏編】
89/90

第28話 『天才』と『その他』

 宮永くんが指し示した先には、確かに高校生くらいの少年がいた。


 その道ウン十年の職人さんみたいなイメージからは程遠い、小柄でふんわりとした髪をした、柔らかい印象の男の子だ。


 地元の新聞社の取材を受けているらしく、ネームプレートを付けた記者らしき男性と会話をしている。


 それを終えてから男の子――佐久間(さくま)(りん)はこちらへやって来た。


 子どもみたいに目を輝かせた、明るくて溌剌とした少年だった。


 弾けるような笑顔を浮かべ、宮永くんに声をかける。


「大ちゃん、優秀賞おめでとう!」


 すると、宮永くんは困った顔をして微笑んだ。


「ありがとう。でも、最優秀賞をとった憐に言われると、どう返していいのか分からないな」


「今回はたまたまだよ。僕は陶芸を始めて一年も経っていないんだから。大ちゃんに比べれば、まだまだ未熟者さ」


 それから佐久間くんはあたしに視線を移す。


「……彼女は?」


「こちらは結城(ゆうき)舞夏(まいか)さん。僕たちと同じ星蘭の生徒だよ。文芸部員なんだ」


「そういえば大ちゃんは、文芸部もかけ持ちしてたんだっけ。……初めまして、結城さん。僕は佐久間憐。大ちゃんとは同い年で従兄弟なんだ」


「あ、そうなんだ。苗字も違うし、顔とかも似てないし、全然気づかなかった」


 驚くと、佐久間くんはニコッと笑って首を傾げる仕草をした。


「でしょ? よく言われるよ」


「星蘭に通ってるなら、佐久間くんもひょっとして陶芸部なの?」


「うん。といっても、僕は大ちゃんと違ってまだ初心者コースだけどね。結城さん、良かったら僕とも友だちになってよ」


「う……うん。よろしくね」


「あは、やったあ!」


 佐久間くんはめちゃくちゃ人懐こい顔をして笑う。


 間違いない。彼は老若男女、誰からも好かれるタイプだ。


 作品だけでなく本人のキャラクターも人を惹きつけてやまないところは、蒼ちゃんに少し似ている気がする。


 この小柄で天真爛漫な少年があの風格漂う最優秀賞の茶碗が生み出したなんて、本当に信じられない。


 いやむしろ、そのギャップも魅力なのかも。


 佐久間くんは再び宮永くんに視線を向ける。


「それじゃ、僕は審査員の方へのあいさつがあるから行くよ。大ちゃん、また明日、第三美術室で」


「ああ、頑張れよ」


 太陽みたいな眩しい笑顔を浮かべ、佐久間くんはあたし達に手を振ると、そのまま行ってしまった。


 佐久間くんが立ち去ると、辺りの静けさが妙に際立って感じられる。


 そこにいるだけで場が華やいで、みなが明るく盛り上がる。


 佐久間くんはそういうパワーを秘めた人なのだと思う。


「……何か、すごく人懐こくて明るい感じの人だね。佐久間くんがこんな風格漂う器を作っただなんて、何だか信じられない……」


 感嘆交じりに呟くと、宮永くんは何とも言えない複雑賞な表情を浮かべる。


「……憐は従兄弟だけど、これまで陶芸にはほとんど興味を示さなかったんだ。それなのに……去年の夏ごろからかな。急にふらりとうちの工房へやって来て、土に触り始めたんだ。


 親父たちも玄幽(げんゆう)焼の継承者はただでさえ少ないんだし、興味を持ってくれる若者が増えるのは大歓迎って感じで……それであっという間に僕を追い抜いて行った。


 小学生の頃から工房に入って、こつこつ仕事を覚えてきた僕を軽々と飛び越えていったんだ」


「宮永くん……」


「僕が何年も土に触れ、幾度となく失敗と成功を繰り返してようやく培ってきた経験や感覚、そして技術を、あいつは驚くほどあっという間に会得し自分のものにしてしまう。そして陶芸を始めて一年だなんて感じさせないような存在感のある器、そこに佇むかのような……老成ささえ感じさせる器を作り出してしまうんだ。


 ……憐は天才だよ。実際、注目も浴び始めている。東京の一流日本料理店のシェフから、憐の作った器を使いたいというオファーが来たんだ。憐はよく自作の器をSNSにアップしているんだけど、そのシェフはSNS上でたまたま目にした憐の器をすごく気に入って、絶対に店の料理に映えるからぜひ使わせて欲しいって。


 玄幽焼の名を広めることができるチャンスかもしれないと言って、親父たちは大喜びさ。今の陶磁器産業は安い海外産に押しやられ、苦境に立たされている。生き残るには玄幽焼の名を広め、独自にブランド化するしかない。だから高い芸術性を持つ憐の器は、みんなから期待されているんだ。


 これまでは僕の作品も若手にしては頑張ってるって評価してくれていたけど……今はもう、誰もそんなことは口にしない。


 まるで僕の存在なんて忘れ去られてしまったみたいだ」


 そんなことないよ、元気出して。


 だって宮永くんだって優秀賞をもらってたじゃん――……。


 あたしはそう言って宮永くんを励ましたかったけど、声に出すことはできなかった。


 それほど佐久間くんの作品は圧倒的で突出していたから。


 下手な慰めが宮永くんにとって気休めにすらならないであろうことを、素人ながらに理解していたから。


 同時に学校で交わした会話を思い出す。


 宮永くんが天才は確かに存在していて、簡単に既存の流れを変えてしまうと言っていたこと。


 そして、『客』は一度、そういう『本物』を知ってしまったら、凡人の生み出す凡作には二度と見向きもしなくなってしまうと指摘していたこと。


 それから宮永くんはこうも言っていた。


 天才とは意外とすぐそこにいるものなんだよ、と。


 間違いない。宮永くんにとっての『天才』とは佐久間くんのことなのだ。


「もしかして……宮永くんは佐久間くんの作品をあたしに見せたかったの? 天才は本当にこの世にいるんだって」


 すると宮永くんは、弱々しく笑う。


「それも無くはないけど……一番は一人でギャラリーに来る勇気が無かったから……かな。現実を突きつけられるのは辛いし怖い。でも、誰か隣にいてくれたら、心強いから。……臆病者だって思うだろ? 自分でもそう思うよ。君の前ではさんざん強がっておいて、この体たらくだなんて」


 ふと思い出した。


 始めて図書委員の仕事があった日、あたしは図書室に遅れて行った。


 そのあと、運悪くやって来た西田先輩たちと図書室で揉めて、それがきっかけで宮永くんとも険悪な空気になってしまった。


 あの時、宮永くんから告げられた言葉が脳裏に蘇ったのだ。


『……それでやめるなら、君の漫画に対する情熱はその程度だったという事だろう』


『クリエイターは結果が全てだ。君は何か結果を残しているのか? もしそうでないならあまり喚き散らさない方がいい。みっともないだけだから』


 今までずっと、あの言葉は漫画の夢を言い訳にして、やるべきことをしなかったあたしに対する批判だと思っていた。


 確かに正論だとは思うけど、あまりに苛烈で残酷で。


 あたしはひたすら絶句し、その容赦の無さにただただ、たじろぐしかなかった。


 でもひょっとしたら、あれはあたしだけに向けられた言葉ではなかったのかもしれない。


 あの言葉は同時に、宮永くん自身にも向けられた言葉であり、今もなお彼自身を雁字搦めに束縛しているのだ。


 あたしはそれに気づき、ぎゅっと胸が締め付けられた。


 宮永くんの気持ちは分かる。


 痛いほどよく分かる。


 だってあたしも同じだったから。


 夢を追うのは本当に楽しい。


 少しでも結果が出た時や手応えを感じた時の充実感は、絶対に他では代替が効かない。


 それだけでも十分に挑む価値があると思う。


 でもその一方で、途轍もない孤独を感じたり、辛くて苦しいこともあるのも事実だった。


 ただでさえ何が正解か分からなくてぐるぐるするのに、ライバルに先を越されてしまった日には強い焦燥感でいてもたってもいられなくなる。


 本当に夢を叶えられるのか、夢を叶えたところで本当にプロとしてやっていけるのか。


 将来のことを考えれば考えるほど、不安や懸念事項が次から次へと湧き上がってきて、押しつぶされそうになる。


 だからあたしは星蘭の漫画研究部を目指した。


 少しでも誰かとこの悩みを共有したくて。


 それはきっと、何かになりたいともがいている人はみな同じなのだと思う。


 宮永くんが目指しているのは陶芸家で、漫画家志望のあたしとは全く違う世界に生きている人だ。


 でも、彼が抱えている苦悩は、あたしと全く同じもの。


「宮永くんは臆病者じゃないよ! 全然、臆病者なんかじゃない!!」


 思わず身を乗り出して声を上げると、宮永くんは黒ぶち眼鏡の奥で目を見開いた。


「結城さん……」


「ただ……何ていうか、ちょっとストイックすぎると思う。自分に厳しすぎるっていうか、もっと自分を認めてあげてもいいと思うよ」


「自分を……認める……」


「うん。だって宮永くんは凄く頑張ってるって思うもん。どんな事だって一生懸命であればあるほど、辛いことや苦しいことは出てくると思う。でもそれを誰かに打ち明けることは、決して恥ずかしい事じゃないよ! 


 確かにあたしや宮永くんの、いわゆる創作の悩みって誰にでも分かるものじゃないかもしれない。理解してもらえない事もあるかもしれないけど……あたしは少しは分かるつもりだよ。


 だから、一人で抱え込まないで、共有し合おうよ!」


 宮永くんは最初、驚いた表情をしていたけれど、やがて静かに微笑んだ。


「……結城さんの言う通りかもしれない。僕は結城さんほど強くないから、ついつい周りに対して壁を作ってしまう。でも不思議と、結城さんに対しては壁を感じないんだ。結城さんも僕と同じで、真剣に夢を目指してるからかもしれない。


 僕は……そういう人、好きだな」


「……!!」


 これって告白? 


 ううん、そうでなくても構わない。


 あたしと宮永くんは『同志』なのだと思う。


 それぞれ別の夢を必死に追いかけていて、それ故に孤独だから。


 でも今は、文芸部のみんなと出会えた。


 宮永くんのおかげで、『一人』じゃなくなった。


 それは今のあたしにとって、好きだと告白されるよりもずっと嬉しい事だった。


「ありがと、宮永くん。あたし宮永くんを応援する。生半可な道のりじゃないかもだけど、宮永くんが挫けそうな時はあたしが絶対にそばにいて励ますよ! だから……あたしが駄目になりそうな時は宮永くんがあたしを励ましてね」


「ああ、約束するよ」


 あたしと宮永くんはそう言って共に笑う。


 宮永くんの表情が明るくなってほっとしたし、心の底から嬉しくなった。


 宮永くんが辛い表情をしているとあたしも辛いし、悲しそうな表情をしていると何だかあたしも悲しくなる。


 だから宮永くんには笑顔でいて欲しい。宮永くんらしく、そして幸せでいて欲しい。


 あれ、でもこの感情って、やっぱり……。


 今はまだこの気持ちがはっきりしなくてもいい。


 むしろ、この曖昧な関係の方が心地いい。


 共に肩を並べ、それぞれの夢を目指す。


 それだけで今は幸せだから。



 それからあたしと宮永くんは美術館のエントランスに戻り、入口近くにある売店へ行ってお土産を買うことにした。


 あたしが買ったのはクリムトの『接吻』のブックマークと特別展の絵がプリントされた絵葉書。


 宮永くんが買ったのはフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』のブックマークと、やはり常設展の絵があしらわれているクリアファイル。


 最後にあたし達はあることを思いつき、実行した。


 それぞれ買ったブックマークを交換することにしたのだ。その方がいい思い出になるんじゃないかと思ったから。


 だから宮永くんが買った『真珠の耳飾りの少女』のブックマークはあたしのものに、あたしが買った『接吻』のブックマークは宮永くんのものになった。


 普段はあまりこういう絵を好むことはないけど、そのせいか逆に新鮮で特別感がある。


 これからあたしと宮永くんはどうなるのだろう。


 それぞれの夢を叶えられるのだろうか。


 満足のいく未来を手に入れられるだろうか。


 今はまだ何も分からない。


 でもどんな結末が待っていようとも、あたしはきっと今日のことを忘れないと思う。


 何が正解かは誰にも分からない。


 成功の方法は人の数だけあるのかもしれないし、仮に望む成功を手に入れられたとしてもそれが本当に幸せな事なのかは分からない。


 悩んでもがいて、どれほど傷つき斃れようとも、また新しく一歩を踏み出し、少しずつでも進んでいく。


 ただそれを繰り返すしかないのかもしれない。


 いずれにせよ、あたしは経験も勉強も何もかもがまだまだ足りてないのだ。


 分からないことだらけの中で、それだけは明白な事実だった。


 今はただ、憧れの世界で一人前になれるよう、たとえ手探りだろうと不格好だろうと、がむしゃらに頑張るしかない。


 そしてとうとう、『佐久間憐』の衝撃があたしにもやって来る。


 翌月、あたしの愛読している少女漫画誌、『ピュアラブ』の月例新人賞で、超大型新人が大賞を受賞しデビューしたのだ。


 大賞は該当者なしのことも多く、年に一度、受賞者が出るかどうか。


 そんな大賞の受賞者選出という事態に、他人事ながら驚きと興奮を禁じえない。


 その大型新人のペンネームはMicoto。


 選評によると、男子高校生どうしの繊細で複雑な純愛を鮮烈な感性で描いているという。


 あたしはまず、その題材にひどく驚いた。


 同性カップルの恋愛はフィクションの世界においても描くのが難しい。


 いくら多様性の時代だからと言っても、まだまだ世の中に受け入れられているとは言い難い状況だからだ。


 もし受容されているとしたらそれは、BLとか百合といったテンプレに落とし込まれたものだけ。


 ましてや、『ピュアラブ』は伝統あるごりごりの少女漫画誌で、恋愛とは男性と女性がするものという暗黙の了解がまかり通っていた。


 実際、あたしが『ピュアラブ』を購読し始めてから今まで、そういった題材を扱った漫画は一度も掲載されたことが無いはずだ。


 そういう、ある意味で超保守的な漫画雑誌の方針を変えてしまうほど、受賞作がすごかったということなのだろう。


 一体どんな漫画なのだろうか。


 例によって本誌に掲載されていたので、さっそく読んでみた。


「え……何これ……!?」


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