第18話 星蘭高校・文芸部①
そう考えると、胸がじんと熱くなった。
漫画研究部でのトラブルがあってから、何だか自分が異質な存在であるような気がしていろいろと落ち込んでいた。
相手にあたしを傷つけてやろうという悪意が明確に存在するのだから、気にしない方がいいしむしろ気にしたら負け。そう分かっていても、やっぱり好きの気持ちを否定されたら辛いし悔しい。
でもあたしは一人じゃないんだ。
迷い、悩んでそれでも憧れの夢を追い続ける。その苦難な道のりに抗い、立ち向かおうとしているのはあたしだけじゃない。
たとえ目指す場所が違ったとしても、自分の好きなことにプライドを持って打ち込んでいる人々がいる。
日々、研鑽を積んで、夢を叶えようとしている人がいる。
頑張っている宮永くんの姿を見ていたら、あたしももう一度、頑張れる気がした。
あたしは宮永くんをまっすぐに見つめ、感謝の言葉を口にする。
「作品を見せてくれてありがとね、宮永くん。あたしも頑張る! スランプやプレッシャーなんかに負けないから!」
「結城さんならきっと大丈夫だよ。お礼を言うのはむしろこっちの方だ。僕はあまり工房以外の人に作品を見てもらって直接感想を聞いたことがなかったから……結城さんのリアクションがとても嬉しかった」
「あたしはただ、感じたことをそのまま口にしただけだよ。きっと宮永くんの作品にそれだけの力があったんだと思う」
「……。そうかな? だったらいいんだけど……」
宮永くんは急に元気がなくなってしまった。つい先ほどまで生き生きと玄幽焼のことを話してくれていたのに、何故だか急に自信を失ってしまったように見える。
(宮永くん、どうしたんだろう?)
何か変なことを行ってしまっただろうか。自分の発した言葉を頭の中で反芻してみるけど、特におかしな部分は無かったと思う。
だとしたら何が原因なんだろう。
どうして宮永くんは突然、意気消沈してしまったのだろう。
しかし考える間もなく、宮永くんは話題を変える。
「そういえば……結城さんは部活動、何にするか決めた?」
「ううん。これまで星蘭高校に入学して漫画研究部に入ることしか考えてなくて、まさかその夢が突然、絶たれちゃうなんて思いもしなかった。だからそれ以外のことは、全く考えられない状態なんだ。部活をしたくないわけじゃないけど、できれば放課後は漫画制作に使いたいし……このまま帰宅部もありかなって考えてるとこ」
「そうなんだ……」
「宮永くんは? やっぱり陶芸部?」
「うん、基本はね」
「基本は?」
「僕が星蘭に入学したのは、陶芸コースで有名な陶芸家の先生が講師をしていることを知ったからなんだ。ただその先生は多忙な方で、自分も作品を制作しながらなおかつ陶芸を広めるために様々な活動を精力的に行っている。だから星蘭で講義や部活動の指導をするのは週に二、三日ほどなんだ。だから僕、ちょっと頼まれたこともあって、他の部活も掛け持ちしているんだよ」
「へえ、そうなんだ。どの部活?」
「それが……文芸部なんだけど」
星蘭高校に文芸部があるなんて知らなかった。一応、入学式後に配られた部活動紹介のパンフレットにも目を通したけど、その時もあったかどうか記憶にないくらいだし、活動規模が小さくて目立たない部活動なのだと思う。
(でも文芸って事は、本を読めるって事だもんね。だから宮永くん、文芸部を掛け持ちすることにしたのかな?)
すると、宮永くんは少し言葉を濁し、あたしの方を窺うようにして言う。
「それで、あの……もし良かったらなんだけど、結城さんも文芸部に入部しない?」
「え、あたしが文芸部に!?」
そんなこと考えもしなかった。思わぬ提案に驚くと、宮永くんは慌てて補足説明をする。
「文芸部は部員があまりにも少なくて、このままだと部活動から同窓会に格下げされかねない。何としてでも部員を増やさなきゃならないんだ!」
「そ……それは大変だね。でもあたし、少し小説を読むくらいで全然、文学には詳しくないし……」
「その点は大丈夫! うちの文芸部、ちょっと変わってて……本を読むだけじゃない奴もけっこういるから。何ていうか……小説家志望とか絵師志望とかもいたりして。あ、でも部活動はすごく真面目だよ。本の感想を語り合う感想会とかもすごく盛り上がるんだ。ただ、人数が少ないだけで……! むしろ結城さんには馴染みやすいんじゃないかと思う! だから、良かったら是非、見学しに来て欲しいんだよ!」
ぶっちゃけて言うと、かなり迷った。
確かに小説を読む面白さにはハマりつつあるけど、文芸部に入るほどかと言われればそれは否だ。
今は何より、漫画を描くことを優先したい。部活動を始めたらその分だけ漫画制作に充てる時間が減ってしまう。
けれど一方で、宮永くんの誘いを一蹴してしまうのも気が引けた。
聞くところによると、文芸部は部員不足で困っているようだ。部活動ができなくなる辛さは、あたしも漫画研究部で経験したからよく知っているし、何か力になれるなら協力してあげたい。
いろいろ考えた末、あたしは宮永くんの提案を受けることにした。
「うーん、宮永くんがそこまで言うなら、行ってみようかな?」
「本当!? ……っていうか、何かごめん。強引な感じになっちゃって」
「いいよ。部員の確保に苦労してるんでしょ? 入部するかどうかは分からないけど、面白そうだし見学はしてみるよ」
「ありがとう! みんなきっと喜ぶよ!」
嬉しそうに笑う宮永くんを見ていたら、何だかあたしの方まで嬉しくなってきちゃった。どうしようか悩んだけど、申し出を受けて良かった。
次の日の放課後、あたしは宮永くんと図書室の前で待ち合わせ、それから文芸部の部室へ向かった。
文芸部の部室は図書室の斜め前にある、普段はほとんど使われていない空き教室だ。
図書室に来るときに何度も前を通ったが、まさかそこが文芸部の部室だったとは思いもしなかった。
漫画研究部の半分ほどの広さしかないその教室は、ファイルや資料などの詰まった棚が壁の両側を占拠しているせいで余計に狭い。
実質的な広さは漫研の三分の一ほどになってしまっている。
その中央に折り畳み机を二つ合体させた大きな机があり、それをぐるりと囲むようにして六人の生徒が座っていた。
ざっと見渡したところ、男子生徒が四人、女子生徒が二人。
宮永くんとあたしが教室の中に入ると、窓際の席に座った男子生徒が真っ先に声をかけてきた。背が高くて体格のいい、スポーツ刈りの生徒だ。文芸部らしく、本を読んでいる。
「お、よく来たな、宮永! そういえば、今日は陶芸部の活動が休みの日だったか」
次に声を上げたのは、彼の斜め右隣に座るぽっちゃりとした男子生徒だ。
「あれ、そっちの女子は? 一年? 珍しいね、宮永くんが女子と一緒だなんて」
それを受け、今度はひょろりとした痩せぎすの少年がこちらを一瞥した。彼は背を丸め、私物らしきノートパソコンをカタカタ言わせている。
「ちっ……忌々しいリア充め! しょせん貴様もカースト上位層の住人だったか!!」
「あ、えっと……」
ひょっとして歓迎されていないのだろうか。戸惑っていると、宮永くんが慌てて痩せぎすのパソコン少年をたしなめる。
「そういうんじゃないよ、北原。リア充とかカーストとか、わけわかんない言葉を無闇に使うなって。結城さんがびっくりするだろ。せっかく文芸部に来てくれたのに」
「あっ! ひょっとして見学希望者!?」
宮永くんの言葉から察したのだろう、二人いる女子部員のうちの片方が声を上げると、他の部員もようやくその事に気づいたらしく、色めき立った。
「え、そうなの!?」
「本当かい、宮永くん!?」
「はい。彼女は結城舞夏さんといって、僕と同じクラスなんですけど、文芸部の見学に来てくれたんです」
「……何だ、あくまで見学か」
やせ型のパソコン少年――北原くんは、またもやぼそりと呟いた。悪意があるわけじゃなさそうだけど、何かいちいち一言多い。そういう性格なのだろうか。
すると、北原くんの真向かいに座る眼鏡の女子生徒が、ぎろりと彼を睨み付けた。彼女もノート型パソコンを開き、熱心に手元を動かしている。
「この……バカ北原! こんな弱小文芸部に見学に来てくれただけでも大感謝だろ! っつーか、でかした宮永!! 天才か!!」
そのパソコン少女の隣に座る女子生徒――最初にあたしのことを見学希望者だと見抜いた生徒があたしに笑いかけてきた。ふんわりしたボブヘアがよく似合う、柔らかい印象の女子生徒だ。
「あなた、一年生でしょ? 私も一年生なんだ。細田先輩と七河先輩が二年生で、他はみな一年生なの。狭いとこだけどゆっくりしていってね」
「あ、うん。ありがとう。よろしくね!」
ちょっとだけ、ほっとする。まだ入部すると決めたわけじゃないけど、迷惑だと思われたり邪険に扱われるのはやっぱり悲しい。でも今のところ、概ね歓迎されているようだ。
「結城さん、ここの席に座りなよ」
宮永くんが勧めてくれたので、あたしは彼の隣の席に座った。あたしと宮永くんを含めて、全部で八人。ちょうど二人ずつで机の四方を囲む形だ。
あたしが席に座って落ち着くのを待ってから、あたし達の真向かいに座る窓際の男子生徒が再び口を開いた。スポーツ刈りをしていて、文芸部にしてはやたら体格がよく、声も大きい。
「改めて自己紹介しよう! 僕は部長の細田球児だ。彼は同じ二年の七河壮馬」
そう言うと、細田先輩は隣に座るもう一人の男子生徒を指して言った。
「……どうも」
七河先輩は辛うじて聞き取れるくらいの小さな声で、ぼそりとそう言った。寡黙な性質なのだろう。ほとんど口を開かない。
かと言って存在感がないわけではなく、独特の近寄りがたい雰囲気を醸し出している。何となくだけど、芸術家みたいだ。
「僕は一年の相沢大海です」
相沢くんはぽっちゃりとした体形をしていて、のんびりとした空気を感じさせる男子生徒。
フレンドリーで、どことなくカーネルおじさんを思わせる。
彼の手元にあるのは小型の液晶ペンタブレット。何か絵を描いているみたい。宮永くんは、文芸部には絵師志望の子もいると言っていたけど、相沢くんがそうなのだろうか。
「北原慶だ。……よろしく」
次に自己紹介したのはパソコン少年こと北原くんだ。短く自己紹介すると、あたしに向かってそそくさと会釈をする。
何かあまり目も合わせたくないみたい。どうしたらいいのか分からなくて、取り敢えずこちらも頭を下げた。
それを見た宮永くんがあたしに教えてくれる。
「北原は、いわゆる恥ずかしがり屋っていうか……ちょっと人見知りするんだ。特に、女子に対しては。だからあまり気にしないで。ああ見えて、けっこう面白い小説を書くんだよ」
あたしは、ああ、と納得した。
「さっきからずっとパソコン操作してるけど、ひょっとして小説を書いてるの? あたし、文章を書くのがそこまで得意じゃないから……小説を書けるなんて尊敬しちゃう!」
すると、北原くんは真っ赤になって、「み……宮永! 余計なこと言うなよ!」と、ごにょごにょ言う。
つまり北原くんは、あたしが見知らぬ女子だから恥ずかしがっているということらしい。確かに男子と女子の壁はあるし、北原くんはそれが他の人より高いのかも。
良かった、嫌われてるわけじゃないみたい。
ぽっちゃり男子・相沢くんとパソコン少年・北原くんは二人並んで座っている。それに向かい合う位置に座っているのが二人の女子部員だ。
「私は天羽梢っていうの」
最初にあたしに声をかけて来てくれた、ふんわりしたボブヘアの女の子はそう自己紹介して笑った。
天羽さんの手元には読みかけの文庫本が開かれており、ピンクのブックカバーがかけてある。猫の刺繍がしてあって、とても可愛い。
それから天羽さんの隣に座っているパソコン少女が顔を上げ、シルバーをした眼鏡のフレームを押し上げながらそれに続く。
「あたしは宝生花菜。梢とおなじ一年よ。趣味は小説の執筆。よろしくね、結城さん」
パソコン少女・宝生さんはとてもクールな雰囲気の女子生徒だ。
口調もはっきりしていて、頭が良さそう。愛想はあまり無いけど、怖いというほどじゃない。
ちょっと癖のある髪をポニーテールにしている。
宝生さんもずっとパソコンのキーボードを叩いているけど、彼女もどうやら北原くんと同じで小説を書いているらしい。