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未完成、ぼくら。  作者: 天野 地人
夢を追うって孤独 【舞夏編】
71/90

第10話 図書館の日々

 翌日、あたしは眠い目をこすりながら学校へ向かった。


 ちょろっと読むだけのつもりだった『どこまでも群青(あお)』が存外に面白く、一晩で一気に全部読んでしまったのだ。


 宮永くんにすぐにでも感想を伝えたかったけど、クラスの中で小説の話をするのは気が引ける。


 おまけに一応、宮永くんは男子だし。


 だから放課後、図書室で一緒に受付をするのを待つことにした。


「めっちゃ面白かったよ、『どこまでも群青(あお)』! すごい感動した!!」

 

 宮永くんはいつも通り、先に図書室へ来ていて本を読んでいた。


 受付カウンターの席に着くや否やあたしがそう伝えると、宮永くんは嬉しそうに破願する。


「本当? 気に入ってくれて良かったよ。僕もその小説、好きだから」


「やっぱ、こういう切ない感じの青春ものっていいよね~。終盤の方とか読んでて涙が出そうになっちゃった! 最後(ラスト)もドラマチックだけど不自然さはないハッピーエンドで、何だかずっとこの作品の世界に浸っていたくなるかんじ!」


 あたしが興奮交じりに感想を口にすると、宮永くんも頷く。


「そうだね。でも切ないだけじゃない。途中はかなりミステリー仕立てになっていて、特にヒロインが幽霊になってしまった理由を主人公が解き明かしていく辺りはとても構成が練られていてスリリングだった。どんでん返しもうまく機能していたしね」


「あ、確かに! あたしも中盤はすごくドキドキした! このお話、どうなるんだろうって! だからこそ、どんでん返しの後、ラストのしっとりした情景にしっかり没入できたんだと思う。緩急が効いてるっていうかさ。文章も分かりやすくてストーリーやキャラがスッと入ってきたし」


「そうそう。分かりやすいけど言葉のセンスが独特なところもあって、だから読み手を惹きつけるんだと思う」


「この小説、映画になるんでしょ? 映画も見て見たいな~! この人、他に小説は書いてないの?」


 文章が読みやすいし、キャラやストーリーも好みに合う。だから、この作家さんの本をもっと読んでみたい。

 この人の世界をもっと知りたい。


 そう思って尋ねると、宮永くんの答えはすぐに戻ってきた。


「この作家の処女作は『透明少女』といって、ある日突然、体が透明になる女の子、御影(みかげ)三月(みつき)の物語なんだ。何故そんなことになってしまうのか、理由は分からない。でもとにかく、何の前触れもなく姿が透明になったり、逆に元に戻ったりするんだ。

 

 三月はその原因を探っていくんだけど、その間もどんどん透明でいる時間が長くなっていく。そしてついには、一日の大半を透明人間状態で過ごすようになってしまう。


 もちろん三月は透明だから、誰も彼女の存在に気づいてくれない。透明時間が長くなればなるほど、三月は孤独に苛まれることになる。


 でもある時、透明な彼女に声をかけてくる少年が現れるんだ」


「へえ……そっちも興味あるかも! 因みにそれも青春恋愛もの?」


「どうだろう。途中までは確かに青春ものの雰囲気で進んでいくんだけど……実はこの小説、ラストがかなり衝撃的で、ファンの間でも賛否が分かれているほどなんだ」


「えー、めっちゃ面白そうじゃん! そのいうの逆にワクワクする! その本も図書室にある?


「あったと思うよ。この作家が出版した本は全部読んでるけど、みな図書室に置いてある」


 あたしは驚いた。一人の作家をそこまで追うなんて、なかなかできない。


 たとえばあたしにも好きな漫画家はたくさんいるけど、作品全部を網羅しているのは比較てき執筆経験が浅くて、出版された漫画が少ない人だけだ。ベテラン漫画家の作品は、よほど好きか根性があるかでないと難しい。

 

 宮永くんはいつも本を読んでいるけど、あたしが想像している以上に本について詳しいのかもしれない。


「宮永くんって本当に本が好きなんだね。あたし、今まであまり本は読まなかったから、こんなに面白いなんて知らなかった! 他にも何かおすすめの本、ない?」


 身を乗り出すと、宮永くんは考え込む仕草をする。


「うーん、そうだな……結城さんって青春ものや恋愛ものが好きなんだよね?」


「基本はそうだけど……面白いなら何でもいいよ。何しろ、本が面白いって思ったのもこれが初めてなくらいだし」


「そっか……それじゃこれはどうかな? 『宿り木の下で』」


 宮永くんはスマホを取り出し、書籍の画像を見せてくれた。


 表紙を見ると、飾りつけをされた木の枝みたいなものが逆さに吊るされている。


 これはいわゆる、リースだろうか。


 その枝には青々と葉が茂っていて、小さな白っぽい実もたくさんついている。


 重厚ながらもほんわかした、温もりを感じさせる雰囲気の表紙だった。


 とても寒い冬の夜に、ひっそりと灯された暖炉の火を眺める時のような、不思議な癒しと安心感を感じる。


 それにしても、宿り木って何なのだろう。あたしはさっそく宮永くんに尋ねた。


「宿り木? ……ってなに?」


「ヤドリギというのは植物の一種で、他の植物に寄生するという習性があるらしいんだ。ヨーロッパでは古くから神聖視されていて、一部地域ではクリスマスの時期、リースにして飾る風習があるんだって。


 この小説もヨーロッパが舞台で、クリスマスをテーマにした短編集なんだ。若い男女の恋愛はもちろん、親子や友人、老夫婦など、宿り木の下でクリスマスを過ごす人々の物語が綴られている。全体的に温かいストーリーが多いよ」


「短編集っていいよね。空いた時間にすぐ読めるし、たくさんのお話が入ってて、何だかお得な感じ。ありがとう、読んでみるね!」


 宮永くんは微笑んで、『宿り木の下で』も図書室に入荷してあることを教えてくれる。それから再びスマホを操作し、別の画像を開いて見せてくれた。


「あと……ミステリーは読む?」


「あんまムズイのとか、人が死にまくるやつは苦手だけど……スリルがある物語は好き!」


「それならこれがおすすめかな。『榛名教授のオカルト事件簿』」


「オカルト?」


「そう。この小説は榛名教授という民俗学の教授が主人公なんだ。その榛名教授と彼の助手が大学で起こるオカルト事件の真相を解決する。……といっても、そのオカルト事件は人間が事件そのものを隠蔽するためにオカルトに偽装してるんだけどね」


「それを主人公が暴いていくんだ? 面白そう!」


「『榛名教授のオカルト事件簿』は人気タイトルで既に十巻刊行されているんだ。でも話は一巻ずつ独立しているから読みやすいよ」


「へー、これってラノベ? 表紙の絵がそれっぽいね。ラノベが好きなの?」


「何でも読むよ。美術の専門書とか一般文芸や歴史小説、SF小説、詩集、エッセイから古今東西の名作と呼ばれるものまでね。ただ、結城さんは漫画家志望だと聞いたから、漫画に近いテイストのものがいいんじゃないかと思って……それでラノベを選んだんだ」


 確かにラノベやライト文芸は表紙も漫画っぽいし、他のジャンルの小説に比べてキャラクター重視のものが多い気がする。


「そうだったんだ……わざわざありがとね! でも、何でそんなに本を読むの? 実は小説家志望……とか?」


 すると宮永くんは首を振る。


「いや……前も言ったけど、僕は読み専で読書はあくまで趣味なんだ。実はその……実家が地元ではちょっと名の知られた窯元で、将来のことを考えて陶芸の勉強をするために星蘭へ入学したんだ。ゆくゆくは実家の工房を継ぐ予定だから」


「陶芸? ……ってあの、土で土器とか作るやつ!?」


「まあ……土器は作らないけど、器や皿、水差しなどは作るね」


「すごい! 渋っ!!」


「うん……よく言われるよ」


 そう言って、宮永くんはぎこちなく笑うのだった。


(あ、あれ……? 今の、まずかったかな……?)


 あたしは陶芸とか全然知らない世界だし、そんな世界で生きている宮永くんが純粋にすごいと思ったんだけど。当の宮永くんはあたしの言葉をあまり快く思っていないみたい。


 ひょっとすると、宮永くんは陶芸のこと好きじゃないんだろうか? 


 実家の窯元を継ぐ予定だと言っていたけど、それは強制で宮永くんの希望とは違う……とか? 


 全部あたしの想像に過ぎないけど、何か事情があるように感じた。


(でも……陶芸かあ。少女漫画の題材としては渋すぎるかもだけど、ネタの参考にはなるかも……! 宮永くんが嫌じゃなかったら、今度詳しく聞いてみようかな)


 その後、図書室の閉まる時間がやって来て、あたしと宮永くんも受付を終えた。


 最初は受付の仕事が苦痛で仕方なかったけど、宮永くんと会話をするようになってからは全然嫌じゃないし、むしろ名残り惜しいくらい。


 小説コーナーを見てみると、『宿り木の下で』と共に『榛名教授のオカルト事件簿』、そして『透明少女』も置いてあった。宮永くんの教えてくれた通りだ。


 あたしはさっそく宮永くんの勧めてくれたその三冊の本を借りて帰り、自宅の部屋で読むことにする。


 相変わらず漫画のネタやアイディアは思いつかず、結果としてネームも全く進んでいない。


 テンプレをなぞったものはいくらでも量産できるけど、どれもこれだという自信が持てないのだ。


 とはいえ、うじうじ悩んでばかりでは時間がもったいない。今はそういう時なのだと割り切り、漫画づくりとは違うことをしてみることにした。


(よく、面白いものを作るためには、インプットが大事だっていうしね)


 それにしても、相変わらず宮永くんが勧めてくれた小説は面白い。


 少しずつ読み進めるつもりだったのに、三冊ともその日のうちに全て読み終わってしまった。


 漫画ならともかく、小説を読み慣れていないあたしがそれだけの本を一気読みなんて、自分が言うのもなんだけどこれまでに無かった事だ。


(……っていうか、小説って面白いなー。漫画みたいに絵で説明されているわけじゃないのに、文章だけでも情景がはっきり頭の中に浮かぶんだよね。


 むしろ視覚的表現が限定されているから、読み手の想像できる余地が多くて逆にすごく自由な感じがする。


 それに絵の上手さとか系統とか新しいとか古いとか、そういうの気にしなくていいぶん、キャラクターの心理描写やストーリーに没入できる。


 小説って派手に流行することが殆どないし、どうせ多分、みんな読んでないし……まあいいかって今までスルーしてきたけど、もしかしたらすっごく損してたのかも……!)


 宮永くんのチョイスもいいんだと思う。


 『宿り木の下で』は六つの短編で構成されているけど、しんみりしたりじーんときたり、でもちょっとした意外性もあったりして、一編一編は短いながらもどれも読みごたえがある。


 ハッピーエンドが好きなあたしは、どの話も大満足だ。


 一方、『榛名教授のオカルト事件簿』は、普段は変わり者で偏屈な榛名先生が事件解決の時はビシッときめてくれるのがとても格好いい。


 真面目でお節介焼きだけど、ちょっと天然なところがある助手の藤ヶ谷さんとのボケツッコミもいいスパイスになっている。


 藤ヶ谷さんは榛名教授に淡い恋心を抱いていて、今後、二人の恋愛関係も盛り上がっていきそう。


 オカルトネタも河童とか天狗とか馴染みのあるものばかりだけど、とても詳しく調べてあって、その上、作者独自の解釈も盛り込まれているおかげで、ありきたりな感じが全くしない。


 そして最後の『透明少女』は宮永くんの言っていた通り、かなり衝撃的なラストだった。


 確かにこれは、賛否両論巻き起こりそうだ。


 でも、ただ話題作りを狙っただけ、刺激的なだけの取ってつけたようなオチではなく、物語の最初から最後まで一貫したテーマが横たわっていて、衝撃的だけど納得感はある。


 びっくりするけど、ガッカリはしない感じ。


 三冊とも全てテイストやジャンルは違うけれど、どれも完成度が高くてそれぞれに魅力があった。


 何ていうか、とても面白い映画を三本、見終わった後のような充実感と満足感だ。


 こんなに小説が面白いだなんて、ぜんぜん知らなかった。


(他にも面白い小説ってあるのかな? 宮永くんに聞いてみよう)


 宮永くんに頼りきりなのは悪いと思うけど、いかんせん本の知識も作家の名も知らないあたしは、まず何から読めばいいのか分からない。


 ネットで本の紹介や感想・レビューを知ることもできるけど、いろんな意見が溢れすぎてて結局どれを信用していいのか分からない。


 でも宮永くんはあたしの趣味や読書レベルに応じた作品をおすすめしてくれる。


 そのせいか、あたしはいつしか図書室で宮永くんに会うことがとても楽しみになりつつあった。


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