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未完成、ぼくら。  作者: 天野 地人
夢を追うって孤独 【舞夏編】
70/90

第9話 三姉妹女子会②

 あたしはそう言って肩を竦めた。


 未だ割り切れなさは残るものの、漫画研究部の件は既に決心がついたことだからもういいのだ。

 これ以上、漫研のためにイライラしたり、神経をすり減らしたくない。


 立夏と晴夏もあたしの気持ちを汲んでくれたのか、それ以上、漫研に言及することは無かった。

 代わりに今度は漫画のことを尋ねてくる。


「そういえば最近、漫画は描いていないのか? この間、ネームを読ませてくれただろ」


 確かに以前、立夏には新作漫画のネームを読んでもらったことがある。


「ああ……あれね。一応、原稿の下書きまではすませたけど……結局、投稿はしないことにしたんだ。あまりメジャーなジャンルじゃなかったし、何よりあたしはやっぱり『ピュアラブ』でデビューしたいし。それなら青春系恋愛もの一択かなって。でも……実際に何を描けばいいのか分からなくなっちゃった。今までの繰り返しじゃデビューできそうにないし、かと言って新しいネタはすぐには浮かばないし。何だか完全に迷子になってる気分。ぶっちゃけ、漫研のことよりこっちの方がショックが大きいんだよね……」


「舞夏……」


「おまけにライバルの新人……って言っても、あたしが一方的にライバル視しているだけなんだけど、ともかくその人がついこの間、受賞しちゃってさ。その漫画の読み切り、すごく評判がいいみたいなんだよね。だから余計に焦っちゃう。あたし本当にデビューできるのかなって。正直、自信がなくなってきちゃった」


 話しているうちに、自然と肩が下がってしょんぼりしてきた。

 改めて言葉にすると、思った以上に自分が自信を喪失していることを実感する。


「そっか……。私、漫画は人気作を時どき読むくらいだからよく分からないけど、すごく競争が激しくてシビアな世界だっていうもんね」


 晴夏の言う通りだ。それが分かってるからこそ、あたしもこれだけ焦っているんだし。


「うん……。できれば高校生のうちにデビューしたいんだけど……このままじゃいつになるか分からないよ」


 学生のあたし達にとって、進路の選択は最重要事項だ。

 世の中そんなに甘くない。

 一度、失敗してしまったら、それを取り戻すのは死ぬほど大変だろうし、ぶっちゃけ不可能に近いというのが現実。

 そんなことくらい、社会経験のない子どものあたしにも分かる。

 だから、できれば学生のうちに漫画家デビューをしたかった。

 将来の計画が立てやすくなるし、もし漫画家の夢破れても、高校生のうちならまだやり直す事ができる。

 けれど立夏は、そこに水を差すようなことを言う。


「私はもう少し肩の力を抜いたほうがいいと思うぞ。真剣なのは分かるけど、あんまり思い詰めたら続かないだろ。前も言ったけど……もう少し楽しめばいい。何ていうか、漫画に舞夏らしさが出ていない気がするんだ。青春恋愛ものに人気や需要があるのは分かるけど、舞夏は舞夏の好きなことをすればいいんじゃないか?」


 あたしは唇を尖らせ、それに反論した。


「そういうわけにもいかないよ。流行にすごく左右される業界だし、受賞しようと思ったら雑誌ごとの特色を把握して、傾向と対策を徹底的に研究しなきゃいけない。そもそも漫画家は漫画を描くことはできても一人じゃ本を出版することはできないでしょ? 編集者に選んでもらってそれで初めて漫画が書店に並ぶんだから、まずは自分の好き嫌いじゃなくて世間のニーズを満たし、価値があるって判断してもらえる作品を作らなきゃ。あたしは漫画を仕事にしたい。仕事である以上、好きな事にこだわっていられないし、楽しいだけじゃやっていけないよ」


 立夏は事あるごとに、あたしに言う。

 もっと楽しめ、自分の好きなことをしろ、と。

 立夏があたしのためを思ってアドバイスしてくれてるのは分かってる。

 決して無責任に言ってるんじゃなくて、あたしのことを心配してくれているのだということも。

 でも、それに反発を覚えてしまうのも事実だった。


 あたしは決して、好きなことだけして遊んで暮らすために、漫画家になりたいわけじゃない。

 ちゃんとビジネスとして成功しなきゃ、やりたい事すら続けられない。

 あたしが目指しているのは、そういう、とてもシビアで過酷な世界なのではないか、と。


 あたし達のやり取りを聞いていた晴夏は、頬に手を当てて考え込んだ。


「ううーん……難しい問題だね。流行は無視できないし、ある程度はニーズに応えて売れないといけないけど、かと言って『自分の好き』っていうか、情熱がなくてもやっていけるほど生易しい世界でもないと思うし……」


 立夏も腕組みをし、真剣な顔をして考え込む。


「そうだな。比べるものでもないと思うけど……私、美術部で絵を描いていて気づいたことがあるんだ。花とか果物とか透明なガラスとか……好きなものを描いてるときは夢中になれるし、自分でもよく描けていると思う。でも、石膏像とか金属とか苦手なものを描いている時はなかなか上手くいかないっていうか……気も乗らないし苦痛なんだ。そういうのって意外と無視できないものなんじゃないか?」


「それはまあ……あたしもしょっちゅうあるけど」


 人間だからどうしたって得手不得手はある。流行っていると分かっているのと、実際に描けるかどうかは別問題だ。

 あたしの場合は、自分から決して行動を起こさず誰かが助けてくれるのをひたすら待っているだけの、受け身なキャラクターがヒロインの漫画は読んでて本当にイライラするから、たとえそういうヒロインが大流行したとしても、きっとその手の漫画は描けないと思う。


「流行してて、尚且つ自分の得意だったり好きだったりする題材があれば、それが一番なんだろうけど……そううまくはいかないよね」


 確かに晴夏の言う通り、とても難しい問題だ。

 完全に流行に乗っかって成功している人もいれば、自分の『好き』を貫き通して成功している人もいる。

 しかもその人たちのやり方をあたしが真似たからと言って、必ずしもうまくいくとは限らないのだ。


(そうなんだよね……一番つらいのは、どんなやり方を選ぶにしろ、これさえ選択しておけば大丈夫なんてものはない事だ。『正解』がない。ここを抑えとけば絶対に大丈夫なんて保証はどこにもない。学校の勉強とは全然違う……あたしはその正解の無い問題に自分で答えを見つけなければならないんだ……)


 考えれば考えるほど、その途方も無さにため息が出る。

 クリエイターになるって、なんて孤独なんだろう。

 なんて孤独で苦しいのだろう。

 ただでさえその苦労を周りの人には理解してもらえないのに、何を選び、どう判断してどう行動するか、全て自分で決めていかなくてはならないのだ。

 我流が通じるほど甘い世界ではないのはもちろんだが、だからといって周りに歩調を合わせてさえいればうまくいくというものでもない。

 だって周囲と同じになるということは、自らその他大勢の一つになるということだからだ。

 自分の代わりはいくらでもいる――そうなると、熾烈な競争に勝ち残っていかなければならなくなる。


 実際に読者として漫画の世界に接してきた中で、激しい競争に敗北し、或いは情熱をすり減らして筆を折る作家の人たちを何人も見てきた。

 また、漫画家として成功はしていても、大病を患って若いうちに命を落とした人たちもいる。

 それほど仕事環境が厳しく、過酷なのだろうと思う。

 あたしがそうならないという保証はどこにもない。

 それを考えると、ますます自信が無くなってくる。


 あたし、本当に漫画家になれるのだろうか。

 夢なんて追うのはやめて、賢く堅実に生きる方を選んだ方が幸せになれるのだろうか。


(でも……もしそうだとしても、簡単には夢を諦められないよ。ずっと憧れてきて、そのためにこれまでたくさん努力してきたんだし、そもそもリスクを考えて尻込みするくらいなら最初から漫画家を目指したりなんてしないし。簡単には諦められないから、余計に苦しいのかも……あたし、どうしたらいいのかな? でもそれも、結局は自分で決めなきゃいけないんだよね……)


 一方、晴夏はふと、あたしの机の上に目を留めて言った。 


「あ、『どこまでも群青(あお)』、買ったんだ?」


「ううん、あれは学校の人に勧められて図書室で借りたの。晴夏、『どこまでも群青(あお)』知ってるの?」


「うん、今すごく人気だもん。実写映画にもなる予定で、人気俳優が主演なんだって。注目されている話題作だよ」


「へえ、よく知ってるな」


 立夏もこの様子だと、『どこまでも群青(あお)』のことは知らなかったみたいだ。

 晴夏は眉尻を下げ、困ったような顔をして笑う。


「私も詳しいわけじゃないんだけど……月渡学園の同じクラスの人がよく話してるから。その子、その映画に出る主演俳優のファンなんだって」


「ふうん……人気あるとは聞いてたけど、そこまでだとは知らなかった」


 あたしは流行もののチェックは欠かさない。

 漫画はもちろんのこと、ドラマ、映画、アニメ。人気があるものや流行ってるものは、たとえ自分の好みじゃなくても必ず見る。

 あまり娯楽には詳しくない晴夏が知っていたくらいだ。

 『どこまでも群青(あお)』は本当に話題作なのかもしれない。


(ネタも浮かばないし、今日はこの小説を読んで過ごそうかな。何か勉強になるかも)


 それからあたしたち三姉妹の女子会はお開きになった。

 立夏や晴夏に話を聞いてもらって少しだけ気が晴れたけど、それでも漫画のネタが浮かぶまでには至らない。

 そこであたしは『どこまでも群青(あお)』を手に取る。

 その時は、漫画づくりの参考になったらいいかなっていう、ほんの軽い気持ちだった。


 ――そのはずだったのだけど。



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