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未完成、ぼくら。  作者: 天野 地人
夢を追うって孤独 【舞夏編】
64/90

第3話 最悪の最悪

 審査員評を読むに、成瀬杏はこれまでの漫画の作風を大幅に変えてきたらしい。

 今まで成瀬杏の描く漫画は繊細そうな少年少女の爽やかな恋愛ものが多かったようだが、昨今のファンタジーブームに対応してか、ゆるふわ系のほっこりファンタジー路線へと大胆に切り替えた。

 それに合わせて絵柄も大幅に変更。以前と比べ、垢抜けたすっきりとした絵となっているのだそうだ。


 もしこの漫画がコミックスになったら、きっと売れるだろうし、アニメ化も期待できそうな雰囲気だ。

 その思い切った作風転換は審査員からも大好評のようで、『すぐにでも連載できそう』とか、『将来の期待大!!』などとべた褒めの言葉が並んでいる。


 成瀬杏の描いたその漫画は今月号の本誌に掲載されていて読めるみたいだったので、あたしもさっそくそのページを開いてみた。

 確かにレベルは高い。

 絵の華やかさもさることながら、設定やキャラクターも流行の要素を全て押さえていて、読後感もすごくすっきりしている。

 ストーリーの綻びや矛盾も特に見られないし、不快な感じもしない。


 優秀賞も納得の出来だ。


(漫画家になりたい人は、いっぱいいる……みんな、ものすごく努力してるんだ。そしてどんどん賞をとったり読み切りを描いたり、連載したりしてる。それ比べてあたしは完全に出遅れている……! グズグズしていたら、差がどんどん広がっていって置いて行かれるだけ……このままのんびりしちゃいられない!!)


 あたしは経験値を増やそうと、『月刊シオン』という他の雑誌へも投稿する予定でいた。

 もっといい漫画が描きたいし、実力もつけたい。

 そのためには、自分の描いたことが無いジャンルの漫画を描いてみるのも一つの手ではないかと思ったのだ。

 たとえ結果は出なくとも修行にはなるし、自分の意外な一面を見つけられるかもしれない、と。 


 だが、成瀬杏の受賞という結果を知り、それはただちにやめることにした。

 修行とか経験とか、そんな呑気なことなんて言っていられない。

 ライバルはどんどん先を行っている。

 回り道をしたらした分だけ、周りから遅れるだけ。


 だからあたしは、改めて『月刊ピュアラブ』の月例新人賞に狙いを絞って集中することにした。


(そうだ、今のあたしにはよそ見をしている余裕なんて無い! しっかりと目標を決めて、計画を立てて……最短距離で効率よく『月刊ピュアラブ』でデビューしなきゃ! それくらいできなきゃ、ただでさえ競争の激しい漫画業界ではとても生き残っていけない……!!)


 しかし、すぐにはアイディアが浮かんでこない。


 あたしが得意な漫画は学園が舞台の青春系ラブコメで、とにかくキュン度の高いやつだ。

 ポンコツかわいいヒロインが、『俺様』だったり『クール系』だったりするイケメン男子に恋をして、そのカッコよさにキュンキュンするのだ。

 実際、そういった漫画には人気があるし、SNSでもその手のジャンルの恋愛漫画や恋愛ドラマには大量のコメントがつく。

 だから、流行は外してないと思う。


(でも……何故か受賞はできてないんだよね。流行は外してないのに……何でだろう? あんまり流行に染まりすぎて、逆に個性がなくなってしまってるとか? 現に『月刊ピュアラブ』でもそういった内容の連載は何本かあるわけだし、どれだけ原稿の完成度高くてもプロ作家には勝てるわけない。『そういうのはもうウチにもあるんで』って判断されたら元も子もないよね。

 でも、流行からズレたことをしたらしたで、『こいつ何も分かってない、流行の分析もできてない使えない奴』とか思われるかもしれないし……ああもう、どうすりゃいいの!?)


 考えれば考えるほど頭がグルグルしだして、袋小路に迷い込んだ感じがする。


 立夏や蒼ちゃんの事といい、成瀬杏の事といい、いろいろショックなことが重なったせいか何だか集中できない。

 ついつい手がスマホに伸びてしまう。

 見たってロクなことはない……そう分かっていても成瀬杏のことが気になって、彼女のツイッターアカウントを検索してしまった。

 早速それらしきアカウントが見つかる。


(あ、もうツイッター開設してるんだ。さすが……プロになるんだったら今の時代、作家も宣伝とか当たり前にしなきゃだしね)


 因みにあたしはまだツイッターをやっていない。今はもっぱら見るだけだ。学校があるし、暇な時間があるならツイートより漫画の制作や練習に当てたいというのがその理由。


(それに、変なトラブルに巻き込まれても嫌だし、何で炎上するか分からない世の中だしね。何かでトラブって身バレでもしたりしたら、女子高生なんて格好の餌食だし)


 真っ先に目に入ったのは、かわいい猫のイラストのアイコン。

 成瀬杏のツイッターには受賞の喜びが溢れていた。友人や知人らしきアカウントや、フォロワーからの祝福コメントもいっぱいだ。

 中には読者らしきフォロワーのコメントも並んでいる。


『すごく面白かったです! それぞれのキャラクターの雰囲気が良き』


『絵がメチャ好みだった。連載されるといいですね!』


『キャラどうしの関係性が超エモい。これはおすすめ!』


「うわあ……すごい注目されてる。もはやプロ並みじゃん……」


 スクロールして成瀬杏のツイートを読んでいく。

 どうやら、既に『月刊ピュアラブ』の編集者と打ち合わせもしたらしい。たくさんアドバイスをもらえ褒めてもらった、有意義な時間だったという。

 彼女のツイートの端々から希望に満ちているのが伝わって来る。


(いいな……幸せそうだな。あたしも早くデビューしたい。本当にこのまま今のやり方を続けていて漫画家になれるのかな……)


 努力はそれなりにしているつもり。

 でもそれは、漫画家志望者ならみんな当然のようにやっている。

 それより上の段階に進むために、具体的かつ効率的に何をしたらいいのか。


 それが分からない。


 ネームはコンスタントに切るようにしているし、絵やコマ割りの練習・勉強も欠かさない。

 流行りのキャラ絵や設定だって研究しているし、人気漫画――特に少女漫画は新刊チェックを欠かさない。

 おかげであたしはいつも金欠だ。


 もちろん、原稿もいくつも完成させてきた。

 中学の時、投稿を始めてから、『月刊ピュアラブ』に投稿した漫画だけでも十本近くはある。二、三ヶ月に一本は必ず原稿を仕上げ、投稿してきたからだ。

 そのために遊びや娯楽の時間を削りまくって、予習や宿題はできるだけ学校で済ませるようにし、寝る時間すら惜しんできた。

 とにかく時間を切り詰めに切り詰め、全力で漫画づくりに没頭してきたのだ。


 それでも、戦績は辛うじて最終選考通過……それがあたしの現実だ。


 今回の月例賞でデビューとなった成瀬杏と比べても、とても努力に見合った結果が出ているとは言い難い。


(漫画制作用のツールも拡充したいけどお金ないし、でも漫画を描かなきゃいけないからバイトもあまり入れられない……。

 夢を追うってホント大変だな。あれこれも制限だらけで、おまけにできることも時間も本当に限られてる。

 早く大人になりたい……でもそれまでに、絶対に結果を出さなきゃ!)


 あたしは自分自身を励ました。

 そうだ、こんなことで落ち込んでなんていられない。結果が出ていないなら、なおさらがむしゃらに努力しなきゃ。

 あたしだってまだデビューできる可能性は十分にある。

 いや、同世代の成瀬杏がデビューできたのだから、あたしだって頑張ればきっと道が拓けるはずだ。

 ここで諦めちゃダメ……そう自分に言い聞かせて。


 ところが、ショックな出来事はそれだけに留まらなかった。


 あたしは高校生になったら、絶対に漫画研究部――いわゆる漫研に入ると決めていたし、その時が来るのを楽しみにしていた。


 星蘭高校を進学先に選んだのも、漫画研究部の活動が本格的で盛んだったからだ。


 特に星蘭の漫研は様々な大会やイベントの常連で、メディアにもよく取り上げられるくらい有名だった。

 文化祭の際には漫画文集を作るのが慣例で、その文集はとても読み応えがあり、ちょっとした名物になっていた。

 その証拠に文集は毎年、必ず完売していたという。

 生徒だけじゃなく保護者や一般客にも人気があって、漫画文集を目当てに星蘭高校の文化祭に通う常連客までいたそうだ。


 あたしも中学生の時、友人に誘われて訪れた星蘭高校の文化祭でたまたまその文集を買い、すごいと感動したのを覚えている。

 絵が上手いし内容も面白い。

 それだけじゃなく、文集の端々から漫画を描く楽しさが伝わってくる。

 どうやら夏休みにはプロの漫画家とかイラストレーターを呼んで講演や講習をしてもらったりもしていたらしい。

 

 とにかく、かなり活動が精力的なことで知られていた。


 そもそも漫画制作は孤独だ。

 悩みがあってもあまり相談できる相手がいないし、具体的で有益なアドバイスをくれる人はもっと稀だ。


 ユーチューブなどで情報発信している漫画家さんはいるし、それはそれでけっこう参考にもなるけど、でも彼らの悩みはあくまで『プロ』のものであって、あたし達みたいな駆け出したかどうかも分からないようなド新人の悩みとは微妙に違う。


 でも、もし仲間がいたら……同じ夢を持つ先輩や同級生なら、悩みを共有することができるかもしれない。


 互いの存在が刺激になるのはもちろん、苦しい時、行き詰った時に、共に励まし支え合う事ができるかもしれないのだ。

 星蘭の漫研ほど有名な漫画研究部なら、きっと本気で漫画家を志望する子もたくさん集まってくるだろう。

 だから本当に、本当に漫研での活動を楽しみにしていた。


 ところが、あたしがいざ漫研の教室に足を運んでみると、その期待はものの見事に打ち砕かれてしまった。

 何故なら、かつての精力的に活動していた漫研はすっかり変り果て、完全に『菓子でも食べながらどうでもいいことを駄弁る会』に成り下がってしまっていたのだ。


 漫画研究部の部員はそこそこいるが、誰も漫画を描いていないし読んでもいない。

 書籍を持ち込んでいる生徒など皆無だし、スマホをタップしている生徒のほとんどは電子書籍ではなくゲームに熱中しているようだ。

 そしてみなポリポリと菓子を食べ、ギャハギャハと笑い話に花を咲かせている。

 

 しかも、それが漫画談義ならまだいい。

 しかし実際に彼らが話している内容と言えば、学校の先生や生徒の噂話とか、昨日見たユーチューブやTikTokの話題ばかり。

 真面目に活動している者は皆無で、みんな全くやる気が無い。


(何なのこれ……漫画研究部なんてただ名前だけで、その実態はみんな適当に時間を潰しているだけじゃん!)


 どうやら聞くところによると、熱心に活動をしていた部員はみな卒業していき、その上、長年にわたって漫画研究部の指導に当たっていた活動熱心な顧問の先生も他校へ転勤してしまったらしい。

 それを機に漫研はいわゆる『趣味勢』に乗っ取られてしまい、このような有り様になってしまったのだという。

 それだけでも既に溜息が止まらない。

 

 何よそれ、期待してたのにホントがっかり。


(でも……まだ新学期だから、みんな活動のエンジンがかかっていないだけかもしれないし、秋の文化祭のシーズンに向けて制作が活発化するとか……そういうのかもしれないし)


 漫画研究部のあまりにもやる気のない、ダラダラしたぬるま湯のような雰囲気に辟易としながらも、わずかな希望を胸にあたしは漫研の部室、第二美術室へと通っていた。


 はっきり言ってかなり居辛かったし、時間を無駄にしているだけのような気もしたけど、クラブ内で友達ができたらそういった感情も払拭されるかもしれない。

 その可能性に一縷の望みを託していた。

 

 ところが、すぐにそれすらも粉々に打ち砕かれてしまった。


 その漫画研究部を乗っ取った『趣味勢』の中にボスのような二年生女子の先輩がいる。

 西田友香という名のその先輩は、どこかからあたしが漫画を描いて投稿していることを聞きつけたらしい。

 あたしが漫研で一人、絵の練習をしていると、西田先輩は手下らしき女子を何人か引き連れ、ニヤニヤしながらあたしに近づいてきた。


「あなた、一年の結城さんでしょ? 漫画を描いて投稿してるって本当? 結城さんと同中だったっていう子からきいたんだけど~!」


 あたしは中学生の時から漫画を描いている事、漫画家になりたいことをあまり隠さず、たとえば進路の話になった時、わりと周囲にはっきりと公言してきた。

 別に隠すようなことだと思わないし、悪いことをしているわけでも無いからだ。

 そして中学時代は、それで特別トラブルになったことも無かった。

 でも西田先輩に限っては、そのやり方が完全に仇となってしまった。


「まさかとは思うけどさあ、漫画家、目指してるとかじゃないよね? そこまで身の程知らずじゃないよねぇ?」


 西田先輩はニタニタして、のっけからあたしを挑発してくる。明らかに馬鹿にする気、満々という感じだ。その敵意に満ちた態度に、あたしはさすがにムッとした。


「……目指してますけど、それが何なんですか?」


「いや、漫画家を目指すとかフツーあり得ないでしょ。自分にその才能があるとでも思ってるの? 一年のくせに生意気すぎ。自分の立場、わきまえなよ」


 何それ、ますます訳が分からない。

 あたしに漫画の才能があるかどうかはともかく、一年だから生意気? 自分の立場をわきまえろ? 漫画家になるためには西田先輩のご機嫌を伺わなきゃいけないということ? 


 ……馬鹿げてる!! 


 頭にきたあたしは、つい言い返してしまった。


「お言葉ですけど、西田先輩はあたしの原稿、一度でも見たことがあるんですか?」


「はあ? あるわけないじゃん」


「ですよね。でもそれ、おかしくないですか? あたしがどんな漫画を描いているかも知らないのに、どうして才能の有無が分かるんですか?」


「へえ……? すっごい自信じゃん。そこまで言うなら見せてみなよ、結城さんの原稿。まさか嫌とは言わないよね?」


「いいですよ。今日はデータを持ってきてないんで、明日プリントアウトしてきます」


「絶対に持ってきなよ。漫研の先輩のあたしらが指導してあげるからさ」


 西田先輩はそう言って仲間たちと顔を見合わせ、意地の悪い笑いを漏らす。

 どうせ大したことないくせに。その生意気な鼻っ柱、叩き折ってやる――……そんな底意地の悪さでいっぱいの笑み。


 すごく嫌な感じがしたけど、ここで引き下がるのはもっと嫌だった。

 

 漫画研究部の活動もまともにさせてもらえなくて、ただでさえ納得できないのに、何であたしの夢にまでああだこうだと口出しされなきゃならないの。


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