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未完成、ぼくら。  作者: 天野 地人
『常識』って面倒くさい
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第33話 仲直り作戦の結末

 不思議と男鹿が相手だと、そういった自分の気持ちをすんなりと口にすることができる。


 他の人の前だと、自分の方が変だと思われるのではないかと尻込みしてしまうのに。男鹿はきっと、馬鹿にしたりからかったりすることなく、悠衣の事を受け止めてくれると分かっているから。


 そして今も、男鹿は笑って悠衣の言葉に応えたのだった。 


「まあ、確かに面倒くさいかもな。でも、いいんじゃねえか? 面倒臭いのは悪いことじゃないし、嫌いじゃないって奴もいるだろ。……俺みたいに」


「……本当? 男鹿って物好きだね」


「何だよ、広い世界に一人ぐらい、そういう人間がいてもいいだろ」


「そうだね。本当に……そうかも」


 悠衣も、ふふ、と笑い、改めて男鹿の方へと向き直った。


「……あのね。あたしと森本さんが学校の廊下で言い争いをしてた時、男鹿が割って入ってくれたでしょ? そして、あたしのこと庇ってくれた。あたし、あの時すごい嬉しかったんだ。ありがとね」


 すると男鹿は、照れ隠しなのだろう、悠衣から視線を逸らせぶっきらぼうに答える。


「べ、別に……そんな大したことじゃねーし」


「でもあの時、他のクラスの男子と揉み合いになったせいで、足の怪我が余計にひどくなったんじゃない?」


「……! お前……気づいてたのか?」


「当たり前だよ。何年、腐れ縁をしてると思ってるの?」


 もっとも、それに気づいたのは廊下の騒ぎがあった当日ではなく、その翌日――つまり昨日の事だ。一昨日の廊下での騒ぎがあって、それから男鹿はずっと元気がなかった。それとなく様子を窺っていたが、昨日もずっと足の具合を気にしていた風だった。だからそうではないかと思い至ったのだ。


「はは、何だよお見通しだったのか。……足の怪我は、幸い、悪化してない。松葉杖も、本当はもう殆どいらないけど、念のための保険みたいなものだ。多分、来週には普通に歩けるようになると思う。もっとも、クラブ活動はもう少し様子を見ろって言われてるけど」


「そっか……良かった。本当に良かったよ」


 悠衣は心の底からホッとし、その弾みで笑みが零れた。それを見た男鹿も笑顔になる。良かった。本当に良かった。男鹿が中学生の時からサッカーに打ち込んでいるのは知っている。だから、一刻も早く男鹿の怪我が治ることを祈っていたし、実際に回復しそうだと聞いて自分の事のように嬉しかった。


 男鹿の表情も穏やかだった。足の怪我も含め、男鹿にとってもここ数週間は災難続きだっただろう。でも取り敢えず、それらはみな終わったのだ。どんなトラブルもいつかは終わる。もしたくさんのものを失い傷つけられたとしても、永遠にそれが続くわけじゃない。再び立ち上がって前を向くことのできる日が、必ずまたやって来るのだ。


 悠衣は言った。


「お疲れさま、だね」


「お互いに、な」


 そして男鹿と二人、肩を揺らして笑う。


 同時に、悠衣は思うのだった。ああ、やっぱり男鹿のことが好きだなあ、と。


 気軽に話せる間柄だという事もあるし、中学生の時にずっと声をかけ続けてくれたからというのも、もちろんある。でも一番は自然でいられるからだ。


 男鹿と一緒にいると、心がほっこりする。じんわりと温かくなって、とても心地良いのだ。だから、男鹿が好き。男鹿が、そして男鹿と一緒にいる時間が、愛おしくてたまらない。そしてだからこそ、何に変えても守りたいと思う。


 悠衣にとって大切なのは、男鹿とつき合っているという名目ではなく、一緒にいられるこの時間、心地の良いこの空気感なのだ。


 それから男鹿は、かまどの方を親指で指差して言った。


「……かまどの火は、うまく熾せそうか?」


「それがあんまり……新聞紙や薪をくべれば、一時的に火は大きくなるんだけど、すぐに小さくなっちゃうんだ」


「あれはどうかな。ほら、よく昔の民話を描いた絵本とかで、竹筒でかまどに息を吹きかけてるところが描かれてるだろ。確か、火吹竹(ひふきだけ)とかいうんだっけ?」


「ああ…そういえば、そんな絵を見たことがあるかも。でも、効果あるのかな?」


「取り敢えずやってみようぜ。余ってる新聞紙を丸めて、筒を作ってさ」


「うん。薪はこんな感じかな?」


「もうちょい、隙間を空けてやった方がいいんじゃないか? 空気が良く通るように」


「ああ、そっか。木や紙が足りないんだと思って、ぎゅうぎゅうに詰めてたのが良くなかったんだ。男鹿もよく知ってるね?」


「うちの家、昔はけっこうアウトドア系だったから、家族でバーベキューとか良くしてたんだ。今は兄弟がみんなデカくなって、あまりやらないけど。でも、その時に使ってたのは炭だったから、俺も薪で火を熾すのは初めてだ」


 悠衣は男鹿と二人して試行錯誤を繰り返した。薪の組み方を変えてみたり、投入する新聞紙の量を調節したり。作業に夢中になるあまり、悠衣の顔も男鹿の顔も互いに炭で黒くなるが、そんなことは全く気にならなかった。


 暫くすると、ようやく火の加減がちょうど良い塩梅となってくる。大きすぎず、小さすぎず。薪が軽快にパチパチと爆ぜる音が聞こえてくる。


「あ、ついたついた! やったあ!!」


「ああ、これでようやくメシが作れるな!」


「あ、そうだった! まず、飯盒(はんごう)でご飯を炊かないと!」


 悠衣は慌てて飯盒をかまどの上に乗せた。中には既に研いだ米が水と共に入れてある。そしてそれが終わると、今度はカレー作りだ。鍋でカットした玉ねぎを炒め、火が通ると牛肉をそれに加えていく。


 作業をする二人の顔には、常に笑みが絶えない。つい先ほどまで二人の間に燻っていたわだかまりは、きれいに溶けて消え去っていた。



✽✽✽



 管理棟に向かった私と入江は、施設の受付係の人に余分な薪をもらった。それ自体はすぐに終わったのだが、あまりにも早く戻ってしまうと、悠衣と男鹿が仲直りするには時間が足りないのではないかと思い、そのまま入江と管理棟の近くで時間を潰していた。


 しかしそれもだんだん限界に達してきて、一度、炊事場に戻ることになる。


 宿泊研修は一応、学校行事なのだ。することも無いのにあまりぶらぶらしていたら、絶対に先生に怒られる。それに、あまり時間を置きすぎると、夕飯作りを悠衣と男鹿に全て任せてしまうことになってしまう。入江と話し合った結果、それはさすがにまずいということになったのだ。


 入江と私で二人、薪を抱えて歩くものの、入江は幾度となく不安を口にする。


「なあ、あいつらどうなったかなあ? 本当に仲直りしたと思うか?」


「それをこれから確かめに行くんだろ。ぶつぶつ言わず、しっかり歩け」


「何だよ、結城は心配じゃないのかよ? 簡単に仲直りできるようなら、もうとっくにしてるだろうし、二人っきりになったくらいで元の鞘に戻るんじゃないかなんて、ちょっと虫が良すぎるだろ。そう思わねえか?」


「私だって全く心配してないってわけじゃないぞ。でも、今は二人を信じるしかないだろ。何度も言ってるが、失敗したらしたで、別の手を考えるだけだ」


「……っつか、ウチんち姉ちゃんがいるんだけど、いちど怒ったらなかなか機嫌が直んないんだよなー。女子って結構しつこいっつーか、根に持つよな。怒る理由もさ、ワケが分かんねーの! 


 ある日コンビニに行こうと思ったら、姉ちゃんがついでに『ダッツ』のミニカップを買って来てくれって言うから、俺、バニラを買って帰ったワケ。そしたらさ、『ダッツでバニラはあり得ない、どう考えてもクッキー&クリーム一択でしょ!?』とか言って怒鳴るんだぜ!? 知るかっつーの! ってか、そんなんで怒るなんておかしくねーか!? むしろそこは、俺に感謝するとこだろ!!」


「まあ、お前の姉ちゃんの怒りは確かにおかしいし、世の中には根に持つ女性がいる事も事実かもしれないが……完全に話が脱線してるぞ。それに私は、悠衣がそういうタイプだとも思ってない」


「まあ、確かにそうだけど……ぬああああ‼ 俺、こういうの苦手なんだよなー! 人間関係のキビ団子!!」 


「機微、な。団子は余計だ」


「せっかくの宿泊研修なんだからさ、思い切り楽しんで良い思い出いっぱい作った方が、絶対にいいじゃん?」


「そうだな。その点に関しては私も同感だ。……大丈夫、悠衣や男鹿だってきっと分かってる。二人とも、そこまで子どもじゃないさ」


「結城ってさ、こういう時でも動じないよな。俺は駄目だ。どんな時でもどっしり構えてるなんて、絶対にできねえ~! サッカー部の先輩にも、いつも言われるもんな。『おいこら入江、相手ゴールの前でいちいち慌てるな!』って」


 そうは言うが、私だって全く不安が無いわけではない。自分がどう行動するべきか、さんざん悩んだし、今だって間違っていないという確証を抱いているわけでは無い。はっきり言うと、どうかうまくいってくれと祈るような心境なのだ。


 もっとも、私は昔からそういった不安が表に出ることがあまりなかった。不安を感じていないわけではないが、顔や態度には出にくいのだ。


 でもだからと言って、決して悠衣や男鹿のことを心配していないわけじゃない。むしろ今は、作戦の結果を知るのが怖いと感じるほど緊張している。


 そうする間も、炊事場の屋根が見えてくる。私は恐るおそるかまどスペースに目をやり、悠衣と男鹿の姿を探した。


 二人の仲直りはうまくいっただろうか。何も進展していなくて、ぎこちない空気のままだったらどうしようか。いやそれならまだいい方だ。最悪の場合、関係がより悪化していることも十分に考えられるのだから。


 既に多くの班がかまどの火熾しに成功し、炊事場は煙と生徒の話に満ちている。その向こう、炊事場の一番奥に、悠衣と男鹿の姿が見えた。私は緊張しつつ、二人の様子を凝視した。


 悠衣は笑顔で、男鹿もまた笑顔だ。今は一緒に、作業台でカレーの野菜を刻んでいる。二人とも、とても楽しそうだ。


「入江、どうやらうまくいったようだぞ!」


 私が声をかけ、悠衣や男鹿のいる方を指差すと、入江もそれを目撃したらしい。


「何だよ、あいつら! さんざん心配させやがって……!!」


 しかし、そういう入江の顔も、とても嬉しそうだ。そして、薪の束を抱え直すと、悠衣や男鹿の元へ走り出す。


「おーい、お前ら! 管理棟で新しい薪をもらって来たぞー!」


 すると、悠衣と男鹿もすぐに私たちに気づいた。


「もう、遅―い! でもありがとね、ちょうど薪がなくなったところだったんだ!」


「結城もお疲れ」


「ああ。火は無事に熾せたようだな」


「何とかな。コツを掴むのに少し時間はかかったけど、今はよく燃えてる」


 男鹿も悠衣も、どこにも不自然なところは無く、すっかり以前の二人に戻っている。互いに拒絶することも無ければ、ぎこちなく視線を逸らせることもない。多分、仲直り作戦がうまくいったのだ。


 入江もそれが嬉しかったのだろう、更にトングを手にして張り切った様子を見せる。


「よっしゃ、今度は俺がかまどの火を見ててやるから、男鹿と姫崎、お前ら二人は少し休んでろよ!」


「それじゃ、俺はテーブルの上を片付けるわ」


「私も手伝うぞ」


「あたしも! ……ああ、でもこれでちゃんとご飯が食べれるね。良かった。かまどの火熾しがなかなかうまくいかなくて、実はちょっと焦ってたんだ」


「確かに……火が無いと何も始まらないもんな。こう考えると、ガスがまだなかった頃の昔の生活って、結構すごいよな。まず薪を用意するところから始めなきゃいけないわけだし」


「確かにね。それは本当にそう思うよ」


 そんな話をしながら、私たちはみなでカレーライス作りに取り掛かった。まるで、喧嘩やトラブルなど何ひとつ無かったかのように。でも、それでいいのだと思う。悠衣と男鹿がどういう話をしたのか、興味はあるけど敢えて知りたいとも思わない。二人のわだかまりは解けたのだし、入江も私もみんな笑顔だ。それだけで十分だ。


 みなで力を合わせてできたカレーライスは、絶品だった。白米は飯盒の底で若干、焦げてしまったけど、そのおこげが意外と美味だったし、カレーはジャガイモが少し崩れてしまっていたけど、全く気にならなかった。


 掴み取りで獲った魚は、私と悠衣が一匹ずつ、入江と男鹿が二匹ずつ。シンプルな塩焼きだったけど、かまどで焼いたためか、びっくりするくらい美味しかった。きっと養殖所の人が、手塩にかけて育てたのだろう。ぷくぷくとしていて、身もふっくら。鮎ほどクセはなく、川魚を食べ慣れていなくても食べやすい。串焼きももちろん美味しかったが、揚げてもきっとおいしいだろう。


 うっすらと漂う薪の燃える香り、生徒たちの楽しげな声。初夏の爽やかな風が時おり炊事場の中に吹き込んできて、私たちの体をくすぐっていく。どこかから河鹿(かじか)の鳴く声も聞こえてくる。


 私はきっと、高校を卒業しても、この川魚とカレーライスの味を――みんなで楽しく食事をしたこの日のことを、忘れないと思う。



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