表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未完成、ぼくら。  作者: 天野 地人
『常識』って面倒くさい
55/90

第28話 協力体制

 翌日、私はいつものように虹ヶ丘高校へ登校した。


 昨日の廊下で、森本杏奈が仕掛けてきたあのバカ騒ぎを、1‐Bのみなも既に知っているだろう。ひょっとすると、あの場に居合わせた者も中にはいるかもしれない。


 それを考えると、教室の入るのが若干、怖いような気がした。


 けれど実際に教室へ足を踏み入れると、昨日の出来事を引き摺ったような空気は殆ど感じられなかった。


 もしかすると私が思っていたより、意外とみな大人なのかもしれない。もしくは、それほど他人のことに興味がないのかも。刺激的な話題は大好きだけど、もともとそんなに他人に興味があるわけではないから、すぐに自然鎮火してしまうのだ。


 その場その場では盛り上がっても、その熱は長くは続かない。みな、他人の恋愛事情などよりは、自分のプライベートの方がずっと大切に決まってる。


 あんな騒動があっても部活には行かなければならないし、宿題も当社なく出される。この辺り、いつまでも誹謗中傷などが残ってしまうSNSとは、少し勝手が違うのだろう。もっとも、みな内心ではどう思っているか分からないけれど。


 でも取り敢えず、少なくとも表面上はいつもと変わらない風景に、私はほっとした。


 教室に入って悠衣の姿を探すと、今日もいつものように登校し、自分の席に座っていた。私は自分の席に鞄を置いてから、真っ先に悠衣へと声をかけに向かう。すると悠衣は、昨日よりは幾分か元気を取り戻しているようだった。


 でも、完全にはショックが抜けきっていない。その証拠に、言動にいつもほどの元気がなかった。それも無理のないことだと思う。大勢の前で『尻軽ビッチ』呼ばわりされた挙句、過去のトラウマまでほじくり返されたのだ。私だったら怖くて、次の日に学校など行けないと思う。


 それでも悠衣はこうして登校してきた。すごく頑張っていると尊敬するし、ひょっとすると悠衣なりに戦っているのかもしれない、とも思う。あんな不当な誹謗中傷やデマに負けはしない、あたしには何もやましいところは無いんだから、と。


 暫くすると男鹿が入江と共にサッカー部の朝練を終え、教室に入って来る。まだ、松葉杖は手放せないようだ。


 蒼司は男鹿の怪我が昨日の騒ぎで悪化してしまったのでは、と言っていた。確かに男鹿の右足には包帯が巻かれているが、それだけでは本当に怪我が悪化しているのかどうか分からない。


 ただ、男鹿も悠衣も互いに言葉を交わさなかった。悠衣が男鹿を徹底して避けていた時のように、強烈に拒絶しているというほどではないのだが、どちらも何となく声をかけづらいという様子だ。


 互いにうんざりしているとか、嫌いになったとかいう訳じゃないという事は分かっているはずだが、昨日の騒ぎもあったことだし、すぐに気持ちを切り替えるのは難しいのだろう。


(とにかく、二人でよく話し合って欲しいけど……どうしたものかな?)


 学校生活は、常に周囲に人の目がある。狭い空間内に、大勢の生徒がひしめくようにして生活していているため、二人きりになれる空間や時間など、ほぼ皆無だと言っていい。


 普通に学校生活を送っていてもそうなのだから、自分ではない他の友人たちを故意に二人きりという環境へ持って行くのは、並大抵のことではない。


 しかも、いかにもそれと分かるやり方をしてしまったら、きっと悠衣も男鹿も、ひどく嫌がるだろう。昨日のことがあったばかりだ。二人とも今は目立ちたくないだろうし、どちらかと言うとそっとしておいて欲しいと思っている可能性が高い。


 そんな悠衣と男鹿をさり気なく二人きりにできるシチュエーション……そんなもの、恋愛回路が死滅している私の頭をどれだけ捻っても、出てくるわけがなかった。


(少なくとも、通常授業の行われている今日みたいな日だと、私が悠衣と男鹿を二人きりにするなんて、はっきり言って不可能もいいところだ。一体、どうしたらいいんだ……?)


 タイミングを窺っているうちに、あっという間に昼休憩の時間になってしまった。


 これは駄目だ。私ひとりじゃ、埒が明かない。とうとう降参した私は、協力者を募ることにした。男鹿と悠衣、双方の事を良く知っていて、尚且つ二人が心を許している人物――同じクラスの入江を巻き込むことにしたのだ。


 入江は昼休憩に入るや否や弁当を完食し、グランドでボール遊びに向かおうとしていたが、私はさっそくそれをひっ捕まえる。そして、そのまま二人だけで、人けの無い中庭の隅に向かった。ボール遊びの予定を突如つぶされた入江は、ひどく不服そうだ。


「……それで? 話って何だよ、結城?」


 この様子だと、長話はとてもできそうにない。ムスッとする入江に対し、私はさっそく単刀直入に切り出した。


「入江、お前、男鹿と悠衣のことどう思う?」


「どうって……どうもこうも、あいつらまだ喧嘩の真っ最中だろ。さっさと仲直りすりゃいいのになー。明日からは宿泊研修もあるんだし、いつまで意地張ってんだよってかんじ」


「私もそう思う。多分、悠衣と男鹿も本心では仲直りしたいと思っているんじゃないかって気がするんだ。だから、私たちがその手助けをするべきだと思う。入江はどう思う? このまま宿泊研修に突入してもいいと思うか?」


「そりゃ、いいとは思ってないけど。でも、手助けをするって、具体的に何をするんだ?」


「大したことじゃない。悠衣と男鹿を二人きりにするんだ。悠衣も男鹿も、妙な騒動が持ち上がったせいで、周囲の注目を浴びやすい立場にいるだろ。このままじゃ、二人でおちおち話もできない。仲直りをしてもらうためにも、そういった環境を私たちが整えるんだ。どうだ、悪い話じゃないだろ?」


 ところが、入江はそれにはあまり乗り気でない模様だ。反応が鈍いどころか、何か疑うような視線を私へと向けてくる。


「そりゃ、話をするのは必要かもしんねーけど……姫崎や男鹿からそうしてくれって頼まれたのか?」


「いや……そういう訳じゃない。昨日のことがあったばかりなのに、あの二人がそういった事を頼んでくると思うか?」


「だよな? だったらさ、それって余計な事じゃね? 頼まれもしないのに、変に気を利かせて、それで失敗したらどうするつもりだよ?」


 私は、思わず「うっ……」と言葉を詰まらせた。入江のくせに、なかなか鋭いじゃないか。でも私だって、ここで諦めるわけにはいかない。どうにか入江を説得しようと、身を乗り出す。


「失敗する可能性がある事は、百も承知だ。でも私は、二人のために何とかしたいんだ。二人は私の友達だから……友達に仲良くして欲しいと思うのは当たり前のことだろ?」


「そら、気持ちは分からなくもないけどさー。何つーか……女子って好きだよな、他人の恋愛に首突っ込むの。俺だって男鹿に相談を持ち込まれたら、喜んで応じるよ。でも、今回はそうじゃないんだろ? 男鹿は何も言ってないのに、それを俺たちが勝手にどうこうするのは、筋が違うんじゃないか? 面白半分に首を突っ込んで、本当に責任取れんのかよ?」


「そ……それは、でも……。だったら入江は二人が喧嘩したままでいいって言うのか!?」


「そうじゃねえって。ただ、男子は女子と違って、互いのことにむやみやたらと干渉はしねーもんなの! あれこれ干渉するって、一見すると友達想いでいい事みたいだけどさ……何か相手の意志とか考えを信用してないみたいじゃんか」


 ――何てことだ。私は入江を甘く見ていた。普段は完全に小学生男子な思考回路だし、説得すれば簡単に丸め込めるんじゃないかと思っていたのに、意外と鋭い上に頑固だ。


 そして、言ってることも多分、そんなに間違ってない。実際、私だって、入江の指摘する問題点をどうするべきだろうかと、さんざん頭を悩ませたのだから。


 けれど私だって、ここで退くわけにはいかないのだ。何故なら――入江は男鹿のことは友達として尊重してるし理解もしてるかもしれないが、女子である悠衣のことは何も分かってない。そして今回に限って言えば、男鹿だけでなく悠衣の心も開かせなければ意味がないのだ。


 だって仲直りは、どちらか一方だけの気持ちや努力だけではできないものなのだから。


 私は敢えて腕組みをし両眼を細めると、挑むようにしてこう言い放った。


「……そうか。つまり入江は、男鹿がすごく困っていて尚且つそれを言い出せない状況に置かれているとしても、何も頼まれていないから見捨てると……そういう事か」


 すると、入江は途端に、慌てた様子で反論した。


「は……はあ!? そんな事、一言も言ってないだろ!!」


「それは分かってる。でも実際のところ、男鹿だって悠衣とのことをどうしていいのか……男鹿自身、よく分かっていないんじゃないか? そうでなかったら、男鹿の性格ならとっくの昔に仲直りしてるだろ?」


「ま、まあ……言われてみると、確かにそうかもな」


「入江の考え方もいいとは思う。男鹿の事を尊重してるから、過度に干渉もしない……それも一つのつき合い方だと思う。でもそれは、あくまで通常の場合の話だ。今は明らかに非常事態だろ? だったら……非常事態の時には非常事態の時のやり方がある筈だ。男鹿自身がどうしていいのか分からなくなってるとしたら、周囲が手を貸すことも、十分にありなんじゃないか?」


「う……ううん……? そりゃそうかもだけど、でも何か引っ掛かるっつーか……。ぬおおおお、分かんね~~~!!」


 入江はとうとう頭を抱えて呻り始めた。明らかにいろいろと、こんがらがっている模様だ。自分なりの考えはきちんと持っているけれど、基本的に難しいことを考えるのは苦手なのだろう。


 しまった、小難しく攻めすぎたか。多分、今の入江は、「話は分かるけど、それって何かヘンじゃないか? でも具体的にどこがヘンなのか、それが分からない!」みたいな堂々巡りの状態になってしまっているのだろう。


 もっと納得しやすい形で、分かりやすく伝えないと。私はこれまでの入江の言葉を、頭の中で反芻する。


(入江は、男鹿と悠衣を仲直りさせること自体に、反対してるわけじゃないんだよな。それが本当に効果があるのかどうか、男鹿たちが干渉されることを望んでいるのか……私と同じところで引っ掛かってるんだ) 


 入江はきっと、理論より直感で行動するタイプだ。ただ、確かに直感に従って動きはするけれど、決して何も考えていないわけじゃない。おかしいことにはちゃんとおかしいと気づく奴なのだ。


 だからきっと、適当に言い包めるのは良くない。一時は無理やり納得させることができても、きっとすぐに矛盾点に気づいてしまうだろう。


 それにそもそも、私も適当な甘言で入江を騙すようなことはしたくない。だって、自分がもし同じことをされたら不愉快になるし、相手に不信感を抱くと思うからだ。だから、あれこれと策を弄すのはやめ、正直に自分の胸の内を話すことにした。


「……ごめん、悪かった。確かに入江の言う通りだ。私の計画は男鹿や悠衣から頼まれたものじゃないし、ましてや成功の保証なんてどこにもない。ただ、私が一方的にそうしたいと思ってるだけなんだ。


 ひょっとしたら、実行したとしても悠衣も男鹿も喜ばないかもしれない。それどころか、余計な事をしたと恨まれるかもしれない。でも、それでも二人を助けたいんだ。だって、二人は私の友達だから。二人ともいい奴で、互いが互いを想い合っていて……幸せになって欲しいと思ってるから」


「結城……」


「入江の考えは、半分は当たりだと思う。悠衣のため、男鹿の為と言っても、直接頼まれたわけじゃない以上、それはあくまで私の欲だ。私が勝手にしたいと思ってることだ。それなのに、男鹿や悠衣のために協力してくれっていうのは、ずるい頼み方だったと思う。そこは反省するよ。


 だから……入江に改めて頼みたい。二人を仲直りさせたいっていう私の勝手な欲を叶えるために、どうか力を貸してくれないか? この通りだ」


 私は入江に向かって頭を下げた。入江は目を見開き、呆気に取られて私を見つめている。その表情からは、どこか困惑している気配も感じられた。まさか私が頭を下げるなんて、思いもしなかったのだろう。


 暫くして入江は、その奔放なくせ毛をがしがしと掻きながら、口を開く。


「……しゃーねーな。そこまで言うなら、協力してやってもいい」


「!! 本当か!?」


「まあ実を言うと、俺もあいつらのことは気になってるし。かと言って、何かいい方策があるわけでもないから、結局は結城の案に乗るしかねえっつーかさ。ただ、結城がどこまで本気か分かんなかったから……冷やかし半分なら、ぜってー協力はするもんかって思ったんだ」


 確かに、入江の口調や態度も、先ほどまでとは違って随分と柔らかく、今は私のことをそれほど警戒したり疑ったりしてはいないようだ。


 そう言えば、昨日の森本杏奈たちが引き起こした騒ぎの渦中に、入江もいた。だから余計に私がどういったつもりでいるのかと、疑り深くなってしまっていたのだろう。もし私が、あの場にいた他の生徒たちのように野次馬根性で動いているのなら、絶対に協力などするものか――と。


 その気持ちはよく分かる。もし入江と私の立場が逆だったら、私もまた同じ疑問を抱いていたかもしれない。


(つまり、入江は私の本気を信じてくれたって事か……!)


 そう考えると、何だか嬉しかった。世の中にはいい加減なデマや偏見で、勝手に決めつけてくる人もいる。でも真剣に説明したら、分かってくれる人もまた存在するのだ。ちゃんと入江に自分の気持ちを伝えて、心の底から良かったと思う。それから、入江がちゃんと分かってくれるいい奴で、本当に良かった。


「その代わり、うまくいったら焼きそばパン、奢れよな!」


「お前……どんだけ好きなんだ、焼きそばパン……?」  


 私はそう突っ込み、入江と二人で声をあげて笑う。ともあれ、これで私と入江の協力体制は、めでたく確立することとなった。それから入江は、さっそく真剣な瞳を私へと向ける。


「それで、具体的にどうすりゃいいんだ?」


「さっきも言ったけど、男鹿と悠衣が落ち着いて、二人きりで話せる環境を作るんだ。宿泊研修は明日に迫っているから、動くとしたら今日の放課後だな」


 ところが、入江は首を横に振るのだった。


「今日の放課後は駄目だぞ。男鹿が言ってたけど、今日の夕方に病院へ行って足を診てもらう予定なんだと。もう予約も入れてあるし、親が車で迎えに来るって言ってたから、時間は動かせねーんじゃねえかな」


「それ、マジか……!?」


 つまり、仲直りのチャンスは、今日中には見込めそうにない。最悪の場合、明日から始まる宿泊研修へずれ込むという事だ。


 私は愕然とした。ただでさえ時間が無いと焦っていたところだったのに、最後の希望だった放課後ですら望みが持てないとは。こういう時にSNSがあれば便利なのだろうが、悠衣はともかく男鹿はそういった環境にはないようだ。現に、森本杏奈が告白の一部始終をSNSで暴露していた件も、教室で初めてその事実を知ったみたいだった。


 それでも何とか機会を掴みたい。入江と共に教室へ戻った私は、チャンスが無いかと事あるごとに目を光らせた。しかし、無情にも時間は刻々と過ぎ去っていく。そして、あっという間に五時限目と六時限目が終わり、更に放課後になるとすぐに男鹿は下校してしまった。


 私はとうとう最後まで、悠衣と男鹿を二人きりにするきっかけすら掴めずじまいだった。


(こうなったら、宿泊研修中の行事(イベント)に賭けるしかない……!!)


 事前に配られたしおりによると、宿泊研修は課外授業の他にも、イワナやヤマメの掴み取りやら飯盒炊飯、キャンプファイヤーなどとイベントが目白押しだ。野外でのイベントが多いから、教室の中にいるより二人きりになるきっかけも作りやすいだろう。


 こうなったら、是が非でも仲直り作戦を成功させてやる。逆境なんかに、絶対に負けてたまるものか。


 追い詰められた私は、それで挫けることなどなく、むしろ激しく闘志を燃やしていたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ