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未完成、ぼくら。  作者: 天野 地人
『常識』って面倒くさい
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第4話 中間テストに必須のイベント 

 虹ヶ丘高校で行われる午前の授業を全て終え、ようやく昼食の時間がやって来た。部活動と同じく、学校でくつろげる数少ない時間の一つだ。


 私と悠衣は毎日教室で、一緒にそれぞれ持参した弁当を食べることにしている。その日もいつものように弁当を持ち寄った。悠衣は力の抜けた声で言う。


「あー、お腹空いたねー」

「そうだなー。五時限目は生物だっけ?」

「うん、確かそうだよ。生物室に移動だって言ってた」


 そんな会話をしながら、私と悠衣はほぼ同時に弁当箱を開ける。


 因みに、私の弁当は蒼司の手作りだ。結城家に居候し始めてからというもの、蒼司はほぼ毎日、こうして弁当を作ってくれる。


 蒼司だって教師や講師の仕事があるんだから、大変なんじゃないかと思うが、自分のぶんも必要だからと、私たち三姉妹の弁当も作ってくれているのだ。蒼司にはいろいろ問題もあるけど、その点は素直に感謝している。


 蒼司は意外と料理が得意らしく、結構おいしい。おまけに、自称芸術家が作っただけあって、弁当の色味もとても華やかだ。今日はたこさんウインナーが入ってる。悠衣もそれに気づいたらしく、声をかけてきた。


「最近、りっちゃんのお弁当、すっごく可愛いね。もしかして、りっちゃんの手作り?」


「そういう訳じゃないんだけど……ばあちゃん、ちょっと足を怪我したから。今、弁当とかあまり作れないんだ」


「ああ、だからお姉ちゃんか妹さんが作ってるんだ? りっちゃんの家は三姉妹だって言ってたもんね」


「まあ……そんなところだ」


 蒼司が結城家の離れに住みついていることは、学校の同級生には秘密だ。悠衣にも教えていない。別にやましいところがあるわけではないが、あらぬ想像をされたくないからだ。


 どれだけ説明しても、邪推する人間は必ず出る。蒼司は無駄に顔がいいから、余計に注目を浴びるし、誤解も生みやすいであろうことは想像に難くない。


 わざわざあらぬ憶測を呼ぶようなことをする必要も無いし、余計な騒ぎも起こしたくなかった。よって、私は早々に話題を変える。


「そういえば……来週から中間テストだな」


 私がそう口にすると、すぐに悠衣は渋面になる。


「そうだねー。うう、気が重いよー! テスト週間の一週間前くらいから部活は休みだから、癒しも無いし……。りっちゃんはテスト勉強、進んでる?」


「まあ、ぼちぼち始めてるけど。これからかな」


「あたしもだよー。高校生になって初めての中間だから、緊張もあるし。憂鬱だな……」


 すると、私たちの近くで昼ご飯を食べていた男子二人が会話に割り込んできた。


 一人は男鹿(おが)清武(きよたけ)、もう一人は入江(いりえ)春陽(はるひ)


 二人とも悠衣と同じ中学校の出身で、サッカー部に所属している。悠衣とは旧知の仲という事もあって、割と気安く話せるクラスメートだ。


「あのなー、お前ら。せっかくのメシの時間なのに、テストの話なんかするなよ。メシが不味くなるだろ!」


 入江は弁当をかき込みつつ、文句を口にする。私と悠衣がしていたテストの話を聞いていたらしい。


 入江は男子にしては体格が小柄だが、弁当はでかい。サッカー部に所属しているせいで、一日の運動量が多いからだろう。それに対し、悠衣も反論した。


「何よ、別に入江と話してたわけじゃないじゃん。そっちこそ、勝手に会話に割り込んでこないでよ」


「そっちの会話がここまで聞こえるんだよ! 全然、聞きたくなくもないってのにな! あー、俺も憂鬱だぜ。赤点取ったら、サッカー部をやめろって親に言われてるんだ」


「へー、けっこう意外だな。入江んちって厳しいんだ?」


 私はそう口を挟んだ。入江は奔放な癖毛が特徴的な男子だ。性格もそれを反映してか、小さいことにこだわらない活発な性格だ。


 ただ、小柄な体格も相まってか年齢より幼く見えがちで、本人も結構その事を気にしていたりする。入江本人が伸び伸びとした性格をしているから、入江家の家庭の教育方針も、かなり自由なのではないかという印象を抱いていたのだ。


 すると入江は、しかめっ面をしたまま私の疑問に答える。


「厳しいってほどじゃないよ。ただ中学ん時に、サッカーにのめり込み過ぎて、成績がむっちゃ下がったことがあったからさ。釘を刺されてるんだと思う」


 入江がうんざりしたように肩を竦めると、男鹿も、うんうんと相槌を打った。


「うちも似たようなもんだよ。部活に打ち込むのはいいけど、やることはしっかりやれって感じだな。高校ってあとに大学受験とか就職とか控えてるから、中学の時ほど部活に集中なんて、できないのかもな。無邪気じゃいられないっていうかさ」


 やたらとしみじみした口調の男鹿に、悠衣は悪戯っ子のような目を向ける。


「なにそれ、オッサンくさーい」

「うるせー!」


 男鹿はさっぱりとした爽やかな短髪が特徴の男子生徒だ。背丈はクラスの男子の中でも、真ん中よりやや高いくらい。中学生の時から運動部だったそうだが、そのためか体格は細身ながらもがっしりしている。


 言動も割としっかりしていて、子どもっぽい印象を与える入江に対し、男鹿は高校一年生にしては大人っぽい雰囲気をまとっていると思う。


 因みに、悠衣と男鹿は特に仲が良く、しょっちゅう軽口を叩き合っている。悠衣も男鹿も、あまり異性の生徒と馴れ馴れしくしないタイプだけど、二人の間では遠慮は無用のようだ。もっとも、本人たちは腐れ縁だと主張しているけれど。


 入江は完食した弁当に蓋をしながら、再び口を開く。


「でも、部活と勉強の両立なんて、実際、言うほど簡単じゃねーし。そっちはいいよなー、美術部だっけ? 試合とか大会とか、特に無いんだろ?」


「締め切りはあるよ。文化祭とかコンクールとか……部の方針として、最低ひとつは作品を出品しろって言われてるし。今は部室で静物画を描いてるんだ。ねー、りっちゃん」


「そうだな」

 私と悠衣が頷き合っていると、男鹿は不思議そうな顔をした。


「生物画? 犬とか猫とかの絵か?」


 それを聞いた悠衣は、半眼で突っ込む。


「そっちの生物じゃないっての。テーブルクロスの上にリンゴとレモン、ワイン瓶、石膏像が置いてあって、そういうのを油絵の具で描いてるの。もー、美術部のこと、ちょっと馬鹿にしてるでしょ?」


「し……してねえって。単にセイブツ画って言葉を知らなかったってだけで!」 


 まあ、確かに私もフォワードとミッドフィルダーの違いがよく分かっていないから、門外漢にとってはそんなものかもしれない。虹ヶ丘高校のシステムでは、授業の選択次第で美術に関わる機会が全くない生徒もいるわけだし。


 一方、入江は不意に身を乗り出し、弾んだ声で言った。


「にしても、すげーな。油絵なんて描いてんのか。なあなあ、男鹿。姫崎と結城がどんな絵を描いているか、今度、見に行こうぜ!」


「いいな、それ。そのセイブツ画……っての? 俺たちにも見せてくれよ」


 男鹿もいい考えだとばかりに入江に賛同するが、そんなの、とんでもない。私と悠衣は揃ってその案に猛反対した。


「はあ!? 何であんたたちに、あたしやりっちゃんの絵を見せなきゃなんないの!?」


「そ……そうだぞ! だいたい、部活の先輩たちにも迷惑になるし……断固、反対だ!」


 そもそも、今部活動で描いている静物画は、制作途中なのだ。まだ、どんな絵になるか分からない。下書きの段階であれほど苦戦しているのだから、迷作になる可能性だって十分にある。


 自信がない上に、客観的に見てもお世辞にも上手いとは言えない絵を、堂々と他人に見せることができるほど私も神経が図太くはない。ところが、入江はよほど興味があるのか、なおも食い下がるのだった。


「何だよ、ケチくさいなー。少しくらい、いいだろ? なあ?」


 それに対し、悠衣はあくまで要求を突っぱねる。


「イ・ヤ! ダメなものは駄目! 男鹿や入江にあたしの描いた絵を見せるなんて、そんな恥ずかしいこと、絶対にしたくないし!」


「何でだよ、好きで美術部に入ったんだろ? だったら少しくらい、見せてくれたっていいじゃん」


 私も悠衣に加勢して、入江を説得しにかかる。


「それとこれとは別なんだ。好きで絵を描くことと、上手いかどうかということ、それを誰かに見せるということは、ぜーんぶ別腹なんだ」


「はあ? 何だそれ、ワケ分かんねえ。それってサッカーに置き換えると、ボールを蹴るのは好きだけどプレイを誰かに見られるのは嫌ってことだろ? それじゃゲームになんないじゃん」


「そりゃまあそうだが……サッカーと絵は違うからな」


 そもそもサッカーは団体競技で、大勢で参加し試合をするのが普通だが、絵を描く作業は一人で行うことが多い。大人数で大作に取り掛かることも無いわけではないが、大抵は個人がそれぞれの作品を制作する。だから、上手い下手という事に対し、サッカーなどの競技よりも敏感になりやすいのだ。


 しかし、そんな説明では、入江はとても諦められないらしい。その様子を察した悠衣は、痺れを切らせて言った。


「もう、入江はしつこいんだから! だったら、入江が次の中間テストで赤点が一つも無かったら、見せるのを考えなくもないよ」


「何じゃそりゃ!? 俺のテストの点数こそ、油絵とは何も関係がないだろ!」


「そりゃ、直接的な関係はないけど。でも、あたしたちにとって誰かに絵を見せるって事は、赤点に脅えるのと同じくらい精神的な負担があるの!」 


「分かったような、分からんような……無茶苦茶だなー」


 悠衣と入江のやり取りを聞いていた男鹿は、そう言って苦笑する。男鹿は入江と比べ、それほど私と悠衣の描く絵にこだわってはいないようだ。男鹿はしょっちゅう悠衣と冗談を言い合ったりしているが、意外と悠衣の嫌がることはしない。そのあたりも、男鹿が大人びていると感じる所以だ。


 その男鹿と、机を挟んで座っている入江は、不服そうな表情で椅子の背もたれに背を預けた。


「そんな条件をクリアするなんて、ぜってー無理じゃん! 卑怯だぞ!」


「いや、絶対無理とか、諦めるの早すぎだろ。まずはテスト勉強しろよ」

 私は冷静に突っ込むが、入江はバッサリとそれを却下する。


「それができてりゃ、苦労はしないっての! ……って、そうだ。いい事を思いついた!」

なあ、このメンバーで勉強会しようぜ!」


「勉強会……?」


「そ! よく漫画とかアニメとかであるじゃん。高校生が男女数人でテスト勉強するってシチュエーション! ちょっと憧れてたんだよなー、ああいうの。得意な教科とか互いに教え合えるし、効率的じゃね? 学校の図書館は会話禁止だから……近くの市民図書館とか使ってさ」


 入江はそう説明しながら、目を輝かせている。


 確かに、学園ものの漫画やアニメなどにはそういうイベントがよく描いてあるし、入江が憧れを抱く気持ちも分かる。


 しかし、私にはどうもそのアイディアが、それほど良いものには思えないのだった。





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