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未完成、ぼくら。  作者: 天野 地人
イケメンは爆発しろ!
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第25話 恋は盲目

 しかし、朝田さんもそう簡単には引き下がらない。寝技を駆使する柔道選手のように、執拗に絡んでくる。


「でも、遠い親戚なら結婚はできますよね? 結婚は大袈裟でも、交際することは可能なんじゃ……」


「……いい加減にしてくれないかな! 君の妄想に立夏を巻き込んだら……許さないよ」


 蒼司はとうとう、そう怒鳴った。口調も殊更に刺々しい。そのあまりの激しさに、朝田さんはびくりと全身を震わせる。そして、ぽろぽろと涙を流し始めてしまった。


 彼女は同性である私の目からしても、かなりの美人だが、その顔は今や涙ですっかり濡れている。蒼司の冷ややかな態度と言葉の数々に、プライドをズタズタにされ、深く傷ついたのだろう。


(やれやれ。蒼司よりいい男や、蒼司よりまともな男は、他にたくさんいるだろうに……恋は盲目とよく言うが、まさしくそれだな)


 それを考えると、ちょっぴり朝田さんに同情してしまった。ろくでもない男を好きなってしまうと、本当に大変だ。その気持ちは少しだけ分かる。私は朝田さんへ、手にしていたタオルと傘を差し出した。


「朝田さん、服が濡れてますよ。これ、使ってください」

「え……? あ、ありがとう……」

「それから……告白する場所は、もう少し選んだ方がいいと思います。その……今までの会話……全部、家の中まで聞こえてたんで」

「えっ……」

 目を見開く朝田さんに、私は淡々と説明を加えた。


「具体的に言うと、専門学校でここの住所を突き止めたというくだりからの、一部始終を聞いてました。……まあ、聞きたくなくても聞こえてきてしまった、という方が正しいんですが。ともかく、冷静に会話を窺っていて思ったんですが、朝田さんの行動はストーカー一歩手前ですよ。昔なら純情な乙女の暴走という美談で済まされたかもしれませんが、現代では明らかにやりすぎです。イケメンにも人権はあるんですよ、一応」 


「……っっっ!!」


 すると、朝田さんは蒼白になった。まさか、自分の行動がそういった意味を持つとは、思いもしなかったのだろう。


 確かに、ストーカーという比喩は過剰かもしれない。でも、私ももし、好きでもない人に家まで突撃されたら、ぶっちゃけ迷惑だなあという感想を抱くと思う。


 朝田さんには悪意はなく、蒼司を好きになってしまったが故の行動なのだろう。でもこの現代においては、愛さえあれば何をしても許されるわけじゃない。


 男だろうと女だろうと、そこに相手を尊重する気持ちが無ければ、愛なんてただの妄執と変わらない。


「わ、私……そういうつもりじゃ……! ご、ごめんなさいっっっ!!」


 朝田さんは、私が手渡したタオルに顔をうずめた。指先が小さく震えているのは、何も雨に濡れて体が冷えたからだけではないだろう。


 朝田さんは、もはや声を上げる事すらできないらしく、雨の降りしきる中、母屋の外へ向かって飛び出してしまった。そのまま、家の敷地外へ向かって猛然と走っていく。


 私はそれを見送りつつ、すまんな、と心の中で朝田さんに謝った。別に恥をかかせたかったわけじゃないんだ。でも、家から出て行ってもらうためには、それが一番、効果的だと思ったから。  


 それもこれも、全部、蒼司が悪い。こいつが誰彼かまわず、思わせぶりな言動をとるから、こんなトラブルが起こるんだ。


 その蒼司は、意外そうな顔をして私に尋ねた。


「……どうして僕の事を助けてくれたの? 立夏は僕の事を、追い出そうとしているんだとばかり思ってたのに」


「追い出したいのは山々だが、舞夏と晴夏がお前を助けてやれとうるさくてな」

「舞夏ちゃんと晴夏ちゃんが……?」

「因みに、二人は風呂場でばあちゃんを足止めしてるぞ」

「……そう。君たちには、いろいろ迷惑をかけちゃったね」


 蒼司は沈んだ声でそう言った。珍しく、意気消沈しているようだ。それはそうだろう。全ては身から出た錆だと、蒼司自身、よく分かっているのだ。追い打ちをかけるようなことは、慎むべきかと思ったが、いや、この際だからと考え直した。


「自分が本気ではないからと言って、相手もそうだとは限らない。これでよく分かっただろ。お前の思わせぶりな態度が、今回の事態を招いたんだ。……優しさは時として、人を傷つけることもある。優しく接してさえいれば、人間関係の全てが丸く収まるなんていう考えは、実に身勝手で傲慢な考え方だと思わないか?」


「……。確かにそうかもしれないな。こうなってしまっては、返す言葉も無いよ」


 蒼司の髪や肩も、雨で濡れていた。そのせいか、蒼司の背は私よりずっと高いはずなのに、しょんぼりしているように見えてくる。こうしていると、どっちが年上でどっちが年下か、分からない。まったく、実に困った二十八歳だ。


「ほら」

 私は蒼司に向かって、乱暴に車のキーを押し付ける。


「え……」

「え、じゃない。朝田さんを送っていけ。こんなに暗くて雨まで降ってるのに、女の子を一人で歩かせるつもりか?」 

「ああ……」


「それから、駅まで送るついでに、ちゃんと話してこい。さっきみたいに邪険にするような言い方じゃなく、ちゃんと相手に分かってもらう話し方じゃなきゃ、意味が無いぞ。朝田さんはお前の生徒で、これからも付き合いが続くんだ。それを忘れるな。自分勝手な都合で簡単に切り捨てられる人間関係なんて、普通は一つも無いんだぞ」


「……」


「早くいけ。ばあちゃんにバレたら、お前は間違いなく追い出される。私はそうなっても構わないが……舞夏や晴夏の気遣いを無駄にしたくない」


 蒼司は車のキーを受け取ると、雨の中を飛び出していく。そして、一度だけこちらを振り返った。


「ありがとう、立夏」

「礼なら、晴夏と舞夏に言え」


 そして、蒼司は今度こそ振り返らず、家のガレージへと向かって、一直線に走って行った。


 まったく、やれやれだ。


 蒼司を見送ってから家に入ると、丁度、ばあちゃんと晴夏や舞夏が三人で連れ立って、風呂場から居間に戻ったところだった。


「ああ、いい湯だった。……ん? 蒼司はどうしたんだい?」

「もう離れに帰ったよ。多分、これから絵でも描くつもりなんだろう」 


 私はそう答えつつ、ばあちゃんの後ろにいる晴夏と舞夏に、上手くいったぞと目配せをした。二人はそれでおよその事情を悟ったらしい。顔を見合わせ、嬉しそうに微笑む。


 ぶっちゃけ、何で私がこんなことをしなけりゃならんのだという不満もあったが、嬉しそうな二人を見ていると、これで良かったのかもなと思えてくる。


 二時間ほどして、蒼司が帰って来た。そして、母屋の玄関から顔を覗かせる。大方、車のキーを返しに来たのだろう。私が玄関に向かうと、蒼司はケーキボックスを差し出した。


「今日はいろいろ、ありがとう。これ、みんなで食べて」


 蒼司が差しだしたのは、洋菓子店・《ラフランボワーズ》のケーキだった。駅前の商店街に連なっている洋菓子店で、俵山で一番の人気店だ。


 《ラフランボワーズ》のケーキは、値段はちょっと張るけど、見た目が可愛く味も上品なので、贈答用に好まれている。因みに一番の人気商品は、意外なことにアップルケーキらしい。見た目は地味だけど、確かに絶品だ。


 ケーキボックスは雨天を考慮してか、ビニールで包装されている。私はそれを受け取りつつ、居間にいるばあちゃんには聞こえないように、小声で尋ねた。


「……朝田さんとはうまくいったのか?」

「一応、言われた通りに説得してみたよ。彼女が納得したかどうかは分からないけどね。でもまあ、僕にはあれ以上、できることも無いし。あとは朝田さんの気持ち次第かな」

「そうか……」


「……それじゃ、晴夏ちゃんや舞夏ちゃんにもよろしく」

「ちゃんと体を温めろよ!」


 雨の降りしきる中を行き来したせいか、蒼司の全身はひどく濡れている。風邪でも引いたら、大変だ。蒼司に対していろいろわだかまりを抱いているのは事実だが、病気になればいいだなんて思っているわけではない。


 私が声をかけると、蒼司は笑顔を見せ、それから離れの方へと走っていった。私はそれを見送ってから、玄関の戸を閉め施錠すると、蒼司から貰ったお洒落なデザインのケーキボックスを手に提げ、居間へと戻る。


 私たち三姉妹は、みな甘いものに目が無い。晴夏と舞夏はケーキボックスを目ざとく見つけ、目を輝かせた。


「あ、それ《ラフランボワーズ》のケーキじゃん!」

「もしかして、蒼司くんから?」

「うん。皆で食べてって」

「やったあ! さすが蒼ちゃん、分かってるぅ!」


「ねえ、ばあちゃん。今から食べちゃ駄目かな?」

 晴夏がそう尋ねるが、ばあちゃんはケーキボックスをちろりと見やって、冷静に返すのだった。

「明日にした方がいいんじゃないかい? こんな時間にケーキなんて食べたら太るよ」

「ううっ……! た、確かにそうかも……!」


「ねえ、箱を開けてみるだけならいいでしょ? 開けてみようよ!」


 舞夏と晴夏は《ラフランボワーズ》のケーキに夢中だ。うちに置いてある菓子と言えば、煎餅やかりんとう、ニッキ玉といった昔ながらのものばかりで、ケーキなんて滅多に買わない。だから余計に、嬉しくてたまらないのだ。


 一方、ばあちゃんは茶をすすりながら、ポソリと小声で呟いた。


「……まあ、今回は大目に見るけどね。次はないよ」

「……」


 私は思わず首を竦めた。


 さすが、ばあちゃん。やっぱり何もかもお見通しだ。




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