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未完成、ぼくら。  作者: 天野 地人
未完成な、わたしたち
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第2話 結城家の怪

 それから一週間ほど経ち、桜の花びらもめでたく完全に散り果て、青々とした新芽が枝を揺らし始めた頃。


 ようやく私を地獄の底に叩き落としてくれた、ひどい花粉症は収まった。


 そしてその頃には、私と姫崎さんは「りっちゃん」、「悠衣」と呼び合う仲になっていた。


 悠衣の登校は早い。別に部活の朝練とかあるわけじゃないみたいだけど、どうやら遠いとこから電車通いをしているらしく、いつも正確な時間に学校へ来る。


 対して私は、低血圧持ちの自転車通いだから、どんな惨状かはまあ、お察しだ。


 私はとにかく、朝が弱い。頭が働かない上に体も動かない、当然、自転車など漕げる状態じゃない。小学生の時からこんなだったから、一生治ることはないだろう。


 ともかくその日も、私はヘロヘロになりながら、教室に向かった。朝礼が終わった直後、悠衣が机の上で伸びてる私のところへやって来る。


「はよ~ん、りっちゃん。生きてるかーい?」


「うーっす……ギリで生きてるわ」

 私は机に伏せたまま、片手だけ挙げて、悠衣に答えた。


「今日も大変だったねえ。先生が来る三秒前だったじゃん? りっちゃんが教室に入ってきたの。鮮やかな滑り込みだったよー」


「そうだっけ……? 殆ど死んでたから気づかなかった……」


「低血圧なんだっけ? バス通、考えてみたら?」


「まあ、婆ちゃんとの交渉次第だな……バス通したいなんて言ったら、小遣いから差っ引かれる未来しか見えんが……」


「りっちゃんちって、しっかりしてるよね。あたしも電車通させてもらってるけどさ、結構、交通費かかるみたい。落ち着いたらバイトしよっかなーって思ってる」


「うちの高校、バイト禁止じゃなかったか?」


「まあ、基本はねー。でも、先輩の話とか聞くと、隠れてやってる人は結構、多いみたいだよ。早いうちにバイトとか慣れておけば、後々の人生で役に立ちそうだしさ」


「ふーん……まあ、そうかもなあ」


 正直に言うと、けっこう意外だった。悠衣が私の中にあった印象より、ずっと大人だったからだ。私より、よほどしっかりしていると思う。最初はキラキラ青春☆満喫系女子かと思ってたけど、どうやらそういうわけじゃないらしい。


(まあ、経験上、金銭感覚が杜撰な人間は、あまり信用できないからな。その点、悠衣は安心そうだな……)


 それと同時に、いい子なのだろうな、と思った。高校は親に行かせてもらって当然みたいな高校生も多いけど、悠衣はそうじゃない。きっと、仲の良い家族なんだろう。


 そんな事を考えていると、悠衣が時計を見上げて言った。


「あー、あと二分で一限目か~」 

「マジでか……一限目って何だっけ?」 

「古典だよ。ほーら、起きるのだ、りつのすけ! 古典は確か、小テストがあるんだよー。ほら、ほら!」

「う……うう……、我の眠りを妨げる者は誰だぁぁー……?」 

「あはは! りっちゃん、それじゃゾンビじゃーん!」


 それからすぐに、古典の担当教師、菅沼先生が教室に入って来た。因みに菅原先生は、五十代でひょろりと痩せており、おまけに眼鏡を着用しているせいか、まるで学者みたいな印象を与える先生だ。愛読書は古典の王道、源氏物語らしい。意外と、乙女な一面もあるのだ。


「おーい、授業始めるぞー。着席―!」

「先生、来ちゃった。……それじゃ、後でね」

「うっす」

 私はひらひらと手を振って、悠衣が自分の席に戻るのを見送った。


(あー、小テストか。メンドくせえ……)


 私が入学したこの高校――県立虹ヶ丘高校は、これと言って特徴の無い、普通の県立高校だ。偏差値は全国平均から考えてもごく普通、部活動もバレーや吹奏楽は少し強いみたいだけど、それでも特に全国大会の常連みたいな強豪ではないらしい。


 校則はそこそこ厳しく、そのせいか、奇抜な格好で自己主張したがる生徒などは殆ど見当たらなかった。


 制服は男女ともに紺色のブレザーという、これまた普通を極めたようなデザインだ。探せば似たような制服はそこら中にゴロゴロしてるだろう。


 スカートの長さも膝丈と決まっていて、それより長いのは勿論、短い生徒もあまり見ない。スカートを短くしたがるような生徒は、そもそも虹ヶ丘になんか来ないのだ。


 よく言えば質素堅実、悪く言えば地味で存在感が空気――虹ヶ丘高校はそういう学校だった。


 でもまあ、ここまでいろいろディスッたけど、虹ヶ丘高校は私にとっては居心地のいい学校だ。普通というのは必ずしも悪いことじゃない。だって、楽だからだ。


 別に短いスカートやファッションによる自己主張を否定してるわけじゃない。だけど、そういう奴らはほぼ間違いなく周りを巻き込む。あの子はダサい、あの子はオシャレ。まだそんな格好してるの? やめなよ、それ。遅れてるよ、と。


 何で私の格好ややり方まで、いちいちあんたらに指図されなきゃならないんだ。そっちはそっちで好きにしてくれ。こっちはこっちで、好きにやるから。


 どれだけそう説明しても、彼女らは耳を貸さない。多分、本人たちは善意のつもりなんだろうな。


 ともかく、そういったしつこい押し売り型インフルエンサーもいないので、虹ヶ丘高校の学校生活は今のところ快適だった。新しいこのクラス――Ⅰ‐Bの級友とも、概ね上手くやっていけそうだと思う。


 最初は花粉症でどうなる事かと思ったけど。


 低血圧で死にそうだったものの、どうにか一限目の古典を乗り越えた。そうしたら、また悠衣が私の席までやって来た。私は朝が弱いから、どうしても悠衣に足を運んでもらう形になりがちだ。まったくもって、申し訳ない。

 

 そう謝ったら、悠衣は「そんなこと、気にしてないよー」と言って笑った。


 ――うん、やっぱり悠衣はいい奴だ。もちろん、それに甘えちゃだめだと思うけど。


 それから午前の授業をどうにか全て乗り越え、昼休みに突入した。


 虹ヶ丘高校には学生食堂と売店がある。でも、それらを利用する時は、お金を小遣いから出さなきゃならない決まりだ。だから、大抵は弁当と水筒持参にしている。おかげでカバンがめっちゃ重くなるけど、仕方がない。悠衣も弁当派なので、二人で教室の一角を陣取り、昼飯にする。


「りっちゃん、だいぶ顔色、良くなったね~」

「ああ……どうにか復活したよ。古典の小テストの方は多分、壊滅的な出来だけど」

「大丈夫だって! 低血圧じゃないあたしも、壊滅的な出来だったから!」

「それ……駄目じゃん……」


「あはは……って、笑ってる場合じゃないか。高校ってさ、急に勉強が難しくなるよねー……。あたし、かなり勉強してこの虹ヶ丘に来たし、実際、模試の点数もギリギリだったし。勉強がついていけるか心配だよ~!」


「そういや、悠衣ってどこ住んでるんだ?」

「城戸町の方だよ。ちょっと奥に入ったとこだけど」

「城戸……? ちょっと遠くないか? 電車で六駅も向こうじゃん」

「そうなんだよ~。そこからバスも使うし、自転車も使うから、登下校にかかる時間はだいたい一時間ちょいかな。だから毎日、朝が大変なんだー」


(そうまでして、虹ヶ丘に来たかったって事か……?)


 前述の通り、ぶっちゃけ虹ヶ丘高校は、あらゆる面において普通を極めているような高校だ。似たような高校は周囲にいくらでもあるし、リスクを冒してまで通う価値はないような気もする。


 でも、人の価値観はそれぞれだ。時間をかけ電車通をしてでも、虹ヶ丘に来る、それが悠衣の選択だったのだろう。


「りっちゃんは、どこ住んでるの?」

「ウチんちは、俵山だよ。うちの高校からも見える」

「え、ほんと? どこ、どこ?」

「ほら、あそこの山のふもとに、家が一軒建ってるだろ。あれが我が家」


「え……何か大きくない? 建物がでかいし、何かいっぱい連なってるし……周りにある家と比べても、明らかにでかいよ。ここからでも、はっきり見えるんだけど! ひょっとして、りっちゃんちって、お金持ち……?」


 悠衣は、かの有名な《ムンクの『叫び』》みたいな顔して、私を見た。まあ、そういった反応には私も慣れっこになっている。家の話をしたら、殆どの人は悠衣と同じリアクションを返してくるからだ。


 でも残念ながら、うちがお金持ちというのは大いなる間違いだ。


「金はないよ。うちは三姉妹なんだけど、婆ちゃんとの四人暮らしだし。金があったのは爺ちゃん。爺ちゃんの一族は、もともと、俵山の地主だったんだって。虹ヶ丘の向こうに大きな幹線道路があるだろ。そこから向こうの土地、昔はぜーんぶ爺ちゃん一族のものだったんだって」


「ひ……広っ! 怖っ! りっちゃん、超お嬢様じゃん!」


「だから、違うんだって。土地の殆どはもう手放してるし、何つーか……いろいろあって、今うちに残ってるのは山の麓にある屋敷だけなんだよ」


「それだけでも、十分すごいよ~! うちは普通のサラリーマン家庭だから、家もごく普通の小さな一軒家だし」


 溜息をつく悠衣に対し、私はにひひひ、と不気味な笑いを浮かべた。


「まあ、凄いと言えば凄いかな。うちの家、出るから」

「へ……?」


「婆ちゃんが言うには、家そのものは明治とか大正の頃からあるんだってさ。部屋の中はリフォームしてるから、住んでてそれほど古さは感じないけど、でもうちの家、ずっと昔からあそこにあるみたい。なまじ歴史が古いから、いろいろな曰くが残ってるんだ。


 ……例えば、三代前の当主の代には、当主の愛人が家に乗り込んできて自ら首を掻き切り、大騒ぎになったとかな。因みに、愛人はその場で死んでしまったらしい。それ以来、彼女の命日には、女性の幽霊が出るようになった……そうだぞ。婆ちゃんが毎年、その日に供養してるから、私は見たことないけど」


「ひえぇぇ……!」


「曰くなら、他にもいろいろあるぞ。……聞くか?」

「いえ……いいです。遠慮しときます……」

「なーんだ、つまんないな~。もっと面白い話がいっぱいあるのに。うちの家、近所の人にもガチで怖がられてるくらいなんだぞ」


 震え上がる悠衣を見て、私はつい、ニヤニヤとしてしまう。ちょっと悪いかなという気もしないではないが、実際に私の家は全然、金持ちじゃないし、古いのも出るのも本当の話だから、嘘や偽りは一つも言っていない。


 因みに、私が家のことを話す時は、大抵、昔の結城家の繁栄ぶりから先ほどの幽霊話まで説明するのがワンセットだ。今やほとんど、持ちネタ化している。


 一方、悠衣は怖い話が苦手だったらしく、涙目になってしまっている。


「ひどい、りっちゃん! あたしの反応見て楽しんでるでしょ~!?」  


「悪い、悪い。脅かすつもりは無かったんだ。世の中にはこの話をしたら、結構、面白がってくれる人もいるから、つい悪ノリしてしまった」


「……あ、でも何か、納得しちゃったよ」

「何が?」


「りっちゃんって、何ていうかこう……どっしりしてるでしょ? 何事にも動じないし、モノノフっていうか……もはや『お館様』ってかんじ!」 


「お館様か。私はどうだか分からないけど、ばあちゃんは確かにそんな感じだな」

「りっちゃんのお婆ちゃんか。確かに、何か強キャラそう!」

「だから、悠衣の中で私は一体どういう位置づけなんだ……?」


 そう言って、私と悠衣は声をたてて笑った。悠衣との会話は他愛ないものばかりだと、自分でも思う。でも、それが気楽でいい。余計な気を使ったり、背伸びをしたりマウント取ったり。そんなの、息が詰まる。


 多分だけど、悠衣も私と一緒にいる時は、あまり無理とかしていないんじゃないかな? まあ、そうだったらいいなっていう願望も混じってるかもだけど。


 学校生活において、友達ってやっぱり重要だ。悠衣と一緒にいると、しみじみそう思う。


 断っておくと、私はボッチが『悪』とか『ダサい』って言う気は、さらさらない。大勢で群れていても、孤独な時は孤独だ。ただ、自分を偽ることなく、自然体で付き合えて、互いに尊重し合うことが出来る――そんな友達をつくるのはとても大事だと思う。


 ただ、口で言うのは簡単だけど、実際にそういった関係を作るのは本当に大変だ。そういった意味では、悠衣と出会えたことは幸運だったと、私は思う。


 できれば、悠衣にとっての私との出会いも、喜ばしいものだといいんだけど。



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