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未完成、ぼくら。  作者: 天野 地人
イケメンは爆発しろ!
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第19話 月宮先生 

 私は、思わず眉根を寄せた。月宮と言えば、蒼司の苗字だ。


 まさかあいつが学校まで乗り込んでくるはずはない。だが、月宮という苗字は珍しく、特に俵山みたいな田舎では滅多に耳にすることの無い名だった。


 どういう事なのだろう。私が混乱に陥っている間にも、教室の扉が開く。


 そうして姿を現したのは―――


「こんにちは。月宮蒼司と言います。水瀬先生が休職される間、皆さんの授業を担当することになりました。よろしくお願いします」


 次の瞬間、美術室はどっと沸き上がった。特に女子の、「きゃああ!」という黄色い歓声が、ことさら大きく聞こえてくる。


「え、ウソ!? ちょっと、すっごいカッコよくない!?」

「カッコイイ! めっちゃイケメンじゃん!!」

「こんなイケメン、生で見たことないんですけど……!」


 そんな中、私はただ一人、石像のように固まっていた。


(そ……蒼司!? なっ……なななな、何でだ!? 何であいつがこんなところに!?)


「はーい、みんな静かにー! 今日は引き継ぎも兼ねて、私と月宮先生の二人で授業をします。みんな、分からない事があったら、じゃんじゃん月宮先生に質問してね」


 水瀬先生が、手を叩きながら言ったが、それは完全に逆効果だった。「月宮先生の二人で」、の(くだり)から、再び教室は大きく沸き返った。やはり、どうやら主に女子が、きゃあきゃあと騒いでいるようだ。


(悪夢だ……! 帰りたい……今すぐ家に帰りたい!!)


 私は素早く俯くと、できるだけ蒼司と目が合わないよう努めた。それが私にできる精一杯だったのだ。私の異変に気づいた悠衣が、横からこそっと声をかけてくる。


「りっちゃん、どうしたの? 顔色悪いよ。もしかして、気分悪い?」


「いや、そうじゃない。私の事は気にしないでくれ。私はいま、悪夢が過ぎ去るのをただじっと待っているんだ……!」


「あ、悪夢? ……って、何のこと?」


「ぬがあぁぁぁ! 今すぐ別の世界線へ飛んでしまいたい……! 水瀬先生が休職しない、こことは違う別の世界線の彼方へ、消え去ってしまいたいぃぃ……!!」


「りっちゃん……? 何を言ってるか意味不明なんだけど……本当に大丈夫……?」


 私はガシガシと頭を掻き毟った。隣の席に座っている悠衣は、若干、引き気味だったし、授業中にぎょっとさせて申し訳ないとも思ったが、でもどうしようもなかった。


 何故、どうして一体こんな事に。頭を抱えるが、授業は既に始まってしまっていて、一介の生徒に過ぎない私には、どうしようもない。


(朝、家を出る時に蒼司が『またね』と言っていたが、この事だったのか……!!)


 いっそのこと、仮病でも使って保健室へ逃亡するか。そんな考えが脳裏をよぎるが、ここで逃げだすのも何だか悔しい。


 美術の授業は、一週間に一度しかないし、そもそも先に虹ヶ丘へ入学したのは私の方だ。そこへ、蒼司が後から乗り込んできたんだ。


 私は何も悪くないのに、美術の授業だってそれなりに楽しみだったのに、どうしてこそこそと逃げ出さなければならない?


「えー、それじゃ今日は、色彩の基本を勉強します。中学校で一通りのことは習ってる筈だから、その復習ね。まず、色には三つの属性があります。みんな、覚えてる? ……そう、色相と明度、そして彩度ですね」 


 水瀬先生の講義は説明しながら、教室の前にある黒板へ用語を書き出していった。補色色相環とかマンセル色相環など、聞き覚えのある言葉が並んでいる。


 みなはそれをノートに書き写し、私もその作業に取り掛かった。幸い、その間、蒼司は教室の隅で立っていたので、私はできるだけ蒼司が視界の中に入らないようにすることが出来た。


 だが、周囲の女子たちはチラチラと熱い視線を蒼司の方へ送っているようだ。


 その光景を見ていると、舞夏の言葉をひしひしと実感させられてしまう。そう、確かにある意味で『イケメンは正義』なのだと。


 悠衣も板書を書き写しながら、ひそひそと声をかけてくる。


「ねえねえ、りっちゃん。みんな、月宮先生の方を見てるね」

「フン……あんなもん、じろじろ見たって何の得にもならないだろうにな!」

「仕方ないよ。月宮先生、確かにかっこいいもん」


「まさか、悠衣までああいうのが好きなのか!?」

 ぎょっとして問い詰めると、悠衣は慌てて両手を振った。


「そ、そういうわけじゃないよ! あたしは……中学生の時、変な噂を立てられて嫌な思いをしたから……そういうの、今はいいかな」


「……!」


(そうか……そうだよな。悠衣にとって一番嫌なのは、好きでもない男との噂を、級友(クラスメート)に流されることのはずだ)


 実際、悠衣は男鹿や入江との距離にも、いつも神経を使っている。時に男鹿に対し、きつい態度で接することもあるが、それは周囲の視線を警戒しての事だ。そんな悠衣が、イケメン相手だからと言って、軽々しくはしゃいだりするわけがない。今のは、完全に私の失言だった。


「ごめん、悠衣。私、ちょっと無神経だった」

 心から反省して謝ると、悠衣は再び慌てた様子を見せた。

「あっ……ち、違うの! あたしこそ、ごめん。変に気を使わせちゃったね」

「そんなことない。私の方こそ、変だった。すまなかったな」


 すると、悠衣は安心したように微笑んだ。私が元に戻って、ほっとしている様子だ。それを見て、私は決意する。


 そうだ。蒼司なんかのために、青春を滅茶苦茶にされてたまるか。あいつがどこで何をしようと、私は私だ。私の学校生活は、私の手で守り抜くのだ。


 そんなこんなで、チャイムが鳴り、前半の授業時間は終わった。美術の授業は二時間にわたって行われるから、休憩時間を挟んで、今度は後半の授業だ。


 休憩時間に入るや否や、蒼司は歓声を上げる女子生徒たちに囲まれた。女子たちは蒼司に興味津々らしく、立て続けに質問攻めにしている。


 蒼司はというと、無駄に慣れた様子で、彼女たちの質問に答えていた。


「月宮先生! 先生は何歳なんですか?」

「僕? 今年で二十八になるよ」

「えー、若~い!」

「若いって……君たちの方がずっと若いじゃない」

「だって、うちの高校の先生って、殆どが四十代以上なんだもん」

「月宮先生みたいなカッコイイ先生なんて、他にはいないよね~?」

「はは、ありがと。お世辞でも嬉しいよ」

「えー、全然お世辞じゃないのにー!」


「先生、彼女いるの?」

「あ、あたしもそれ、知りたーい!」

「彼女はいないよ。……今はね」

「何それ、意味深~!」

「それじゃ、あたしが先生の彼女になるー!」

「いいよ。君が高校を卒業した時、僕の事を覚えていてくれたらの話だけど」

「先生みたいなイケメンのこと、忘れるわけないよ~!」


 蒼司は大勢の女子に囲まれ、キャッキャウフフと楽しそうだ。私と悠衣は、窓際の席に座ってそれを眺めた。


「月宮先生、大人気だねー」

「私はがっかりだ。せっかく、美術の授業を楽しみにしていたのに」


「まあ、月宮先生を取り囲んでいるあの子たちも、ちょっとどうかとは思うけど……りっちゃんも月宮先生のこと、そこまで嫌わなくていいんじゃない? 普通にいい人そうだよ」


 悠衣は、私と蒼司の関係など知る由もない。だから何故、私が蒼司をそこまで嫌うのかが分からないのだろう。


 私は、どう説明したものかと迷った。悠衣に隠し事はしたくないが、蒼司が私の家に居座っている事は何となく知られたくない。だから、言葉を選びながら説明する。


「何ていうか……うまくは説明出来ないが、苦手なんだ。ああいうタイプ」


「そっか……。りっちゃん、男性は顔じゃないって言ってたもんね。女の子がみな、イケメンが好きとは限らないかも。むしろ、苦手な人がいてもおかしくないよね」


「あ……ありがとう、悠衣! 理解してくれて、ありがとう!!」


 私は思わず瞳を潤ませ、悠衣の両手をガシッと握った。そう、誰もが無条件でイケメンが好きなわけではないのだ。イケメンであれば、性格的な欠点は全て許せるなんて、そんな事はあり得ないのだ。


 そういう人も中にはいる、というだけなのに、それが全人類の総意であるかのように語られては困る。


 すると悠衣は、涙目になって身を乗り出す私に、苦笑した。


「もう、大袈裟だよ~。でも、ちょっと思ったんだけど、水瀬先生って確か美術部の顧問も兼任してたよね? 水瀬先生が休職したら、どの先生が美術部の顧問になるんだろ?」


「それって……もしかしなくても……!?」


「そうだよね……多分、今のところ、月宮先生が顧問になる可能性が一番高いよね……」


「ぬおおおおぉぉぉぉぉぉ……!!」


 私は頭を抱えた。美術の授業だけでなく、放課後の部活まで蒼司に滅茶苦茶にされるだなんて。考えただけでげんなりしてくる。一瞬、退部という二文字まで頭を掠めた。


 ――悔しい。私だって、悠衣ほどではないにしろ、それなのに美術部の活動を楽しみにしていたのに。


 私の学校生活は、私の手で守り抜くと決意したばかりだったが、その決意は早くもグラグラと揺れていた。


 休憩時間が終わり、授業が再開されると、それぞれ各自、マンセル色相環を画用紙に作成することになった。画用紙に鉛筆でずらりと円形に配列されたニ十個の長方形を作画し、その中に、アクリル絵の具でそれぞれ少しずつ違った色を塗っていく。


 黄色から始め、赤、紫、青へとグラデーションをつけて変化させていき、一周して再び黄色に戻るようにする――といった具合だ。


 始めてみると、作画がけっこう難しい。ニ十個の桝がきれいに円形になるよう、計算をしなければならず、定規と睨めっこだ。


 ここでも蒼司は、女子生徒に大人気だった。


「月宮先生、これであってますか?」

「せんせーい、あたしのも見てください!」

「月宮先生、あたしのも!」

「みんな落ち着いて。順番に見ていくからね」


 蒼司が移動するたびに、女子生徒の歓声が聞こえてくる。水瀬先生がその度に注意をするが、完全に焼け石に水だ。一方、私はそれに構わず、悠衣と作業に没頭した。


「ねえ、りっちゃん。下書き済んだ?」 

「ああ、何とかな。悠衣は?」

「あたしも終わったよー。これから着色か。けっこう手強いね、マンセル色相環」

「そうだな。じっと見つめてると、何だか目がチカチカしてくるしな」


 でも、こうして作業をしていると、少しは気がまぎれる。幸いなことに、蒼司は女子生徒から大人気であるため、大層、忙しいので、今のところ私と接触することも無い。


(うむ、このまま授業が終わってくれればいい……!)


 しかし、そうは問屋が卸さなかった。とうとう蒼司が私たちに声をかけてきたのだ。


「どう? 作業は進んでる?」


 それに答えたのは、悠衣だった。悠衣は私が蒼司を苦手としていることが分かっているから、敢えて進んで答えてくれたのだろう。


「あ、はい。これから着色に入るところです。これ、どうですか?」


「ああ、丁寧に描けてるね。いいと思うよ。ええと……結城さんは?」


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