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【三分で読める】痛みシリーズ

ポジティブな彼女。ネガティブな私。

作者: 架け橋 なな

「後悔してる暇なんて、あると思ってるの?」



 遠い遠い記憶の中で、(れい)ちゃんが、不敵に笑った。





◇◇◇◇◇◇◇




 私のクラスには、きらきら女子が居る。名は香神 零(かがみ れい)という。茶色い長髪の美少女、生徒会長、テニス部部長、成績トップ。おまけに性格もいいときてる。


 対して私は、黒髪ポニーテールの眼鏡っ子。キング・オブ・モブ。成績、中の下。無口で根暗。存在はたぶん空気と等しい。



 高三の春。交わるはずがない二人が、交わった。


 なぜか。


 それは私が、高校の廊下で、彼女と思い切りぶつかったからだ。



「ごめん!大丈夫?」


 謝られたけど、眼鏡がふっとんでよく見えない。でも焦った声から心配してくれてるのが、ちゃんと伝わった。



「こちらこそ、ごめんなさい!あれ?どこ行った?」


 私は牛乳びんの底みたいな眼鏡を、手探りで探す。


 零はそれを手に握らせてくれた。


「ごめん。あたしのせいで壊れちゃった。弁償するね」



 零はこんな、スクールカースト最下層の私にまで優しい。天使、いや女神か!?



 私は真っ赤になって眼鏡をはめた。


「ありがとう!」


「眼鏡のフレーム、ものすごく歪んでるよ」


「あ」


「ふふ!橋本さんって面白いね!」


 零の笑顔が弾けて、私も照れながら笑った。



 それからは彼女と、自然に話すようになった。


 私と零が一緒に居ると、クラスの皆はすごく嫌な顔をした。私は申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、


「友達と一緒に居て何が悪いの?」


 と彼女が言うので、皆は黙るしかなかった。



 零は私と違って前向きだ。いつも先を見据えて懸命に頑張ってる。


 ネガティブの塊のような私は、その姿が眩しくて仕方なかった。





──「どうして零ちゃんはそんなにポジティブなの?」



出会ってから三ヶ月ほど経った、ある日の夕方。


 誰も居ない教室で、私は何気なく聞いた。



「後悔してる暇なんて、ないから」


「そんなに忙しいの?」


 彼女は答えに困ったのか、珍しく顔を曇らせた。



奈々(なな)ちゃん、信じられないと思うし、言ったら笑っちゃうかもよ?」


「そんな!笑わないよ?」



 零ちゃんは、何か悩んでるのかもしれない、と思った。私なんかで良かったら相談に乗りたいとも。


 だけど予想外の爆弾が、私の頭にずどんと落ちてきた。



「あたし、もうすぐ死ぬんだ」



 意味が分からなくて、思考が真っ白になる。私の間抜けな顔を見て、零ちゃんは悲しそうに長いまつげを伏せた。


「ほら、やっぱり。信じてくれないでしょ?」


「死ぬって……どういうこと?」


「あたし、見えるの。人が死ぬ、最期の瞬間。初めは半信半疑だった。でも、おじいちゃん、おばあちゃんが亡くなる時。あたしはその場面を夢で何度も見てた。次は、あたしの番」


「分かってるなら、避けられないの?」


「詳しい状況まで見えないの。制服で倒れてるところくらいかな」



 そこまで言って零ちゃんは、大きな瞳で私をじっと見た。


「ていうか、奈々ちゃんはあたしの言うこと、信じてくれるんだ?」


「当たり前でしょ!友達だもん!」



 鼻息荒く言うと、零ちゃんは目をぱちくりしてから、くしゃっと笑った。


「奈々ちゃんのそういうとこ、好きだよ」



 彼女はリュックを背負いながら、楽しそうに提案した。


「ねぇ!帰りにどこか寄ろうよ!ケーキとか食べに行かない?」


「いいね!私チーズケーキが食べたい!」


 本当はすごく動揺してたけど、零ちゃんが笑っていたから、それはとりあえず隠しておいた。




 私たちは高校を出た。


 それから数メートル先の停留所で、バスを待った。夕方だからか人が多い。私たちは列の後ろの方に並んだ。




 わいわいとお喋りをしていた、その時だ。


 全身黒で固めたマスク姿の男が、突然ナイフを持って襲いかかってきた。



「危ない、奈々ちゃん!」


 零ちゃんが叫び、覆い被さる。私は彼女の下敷きになって地面に倒れた。頭を打って、意識が一瞬、飛ぶ。



 気が付くと、大勢の人の逃げ惑う足音がした。


 悲鳴がこだましている。私の手に、ぬるりとした生温かい液体が触れた。



「零ちゃん!」


 我に返って、彼女の下から這い出る。


 彼女は背中を刺されていた。



 いやだいやだいやだ。どうしてこんな。何で零ちゃんが。



 私は零ちゃんをぎゅっと抱き締めた。


「死なないで!零ちゃん!お願い!」



 零ちゃんはぜえぜえ息を切らして、笑った。



「そっか。あたしの最期は奈々ちゃんを守るためにあったのか」


 妙に腑に落ちた声。いやだ。こんな形で零ちゃんが死ぬなんて。そんなのいやだ!



「奈々ちゃん。ありがとう。私の分までよろしくね」


 その言葉を最後に、事切れる彼女。


 私はわけが分からなくなって、泣き叫んだ。




 どうしてこんなことになったの?


 どうして零ちゃんが死ななければいけなかったの?


 どうして簡単に人の命を奪うの?



 どうして?どうして──?




 その後、犯人は自殺した。バス停で待つ人たちや、道行く人たちを、好き勝手に切りつけて。


 あいつは他人のだけでなく、自分の命さえ、軽く扱った。



 私は許せなかった。犯人も自分も。



 何であの時、彼女を庇えなかったのか。


 何で死んだのが、私じゃなかったのか。


 明るい彼女が死んで、何で私みたいな人間が生き残るのか。



 責めるばかりの毎日が続いた。苦しい日々が永遠に感じた。




 時が経つ。何年も何年も過ぎて、日常は塗りかわっていく。





 すっかり大人になった私は、笑うことにした。閉じ籠るのを止めて、太陽に胸を張ることにした。



 零ちゃんは託したのだ。真っ直ぐ前を向いて、短い命を散らして。


 私に渾身のバトンを渡したのだ。




【一生懸命に生きなきゃ、だめだよ】




 私だって、いつどうなるか分からない。死は生といつも隣り合わせだ。



 だから後ろを向きそうな時、思い出す。零ちゃんの向日葵のような笑顔と、ひたむきさを。




「後悔してる暇なんて、あると思ってるの?」



 自問した私は、今日も一人。


 限りある命を燃やし尽くそうと、精一杯、前を向いた。


作者より


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。ご意見、ご感想などいただけると嬉しいです。


よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あうあうあう……、本当に涙無しには読めない ˚‧º·(´ฅωฅ`)‧º·˚ 奈々ちゃんが前を向くまでに、何年もかかる所がリアルですね。 人間、そう簡単に立ち直れるもんじゃない。ゆっくり…
[良い点] 涙なしには読めません! >何で死んだのが、私じゃなかったのか。 >明るい彼女が死んで、何で私みたいな人間が生き残るのか。 親しい人を失くすと、こんな思いにとらわれる。すごくわかります。…
[一言] ななさん書く幅広いですね、すご(*'▽') 冒頭の意味が最後に分かるというのは、やはりいいですね。そういうテクを使いたいものです。主人公が今後前を向いて歩けるといいですね。
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