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「それ以外は覚悟しろ」

 教会の内に引き返すと、「さーむーいー」なんて言いながら桜は早々に暖炉へと駆け込んでいった。

 やっぱり自分だって寒いんじゃないか。そんなに試したかったのか、まったく。


「吹雪は斬れましたか?」


 傍らに立つビスクがにこやかに問う。私はそれに肩をすくめた。


「見ての通りだよ」

「吹雪に情けをかけるとは、お優しいのですね」

「そういうことにしといてくれ」


 実際斬ろうと思えば斬れたかもしれない。そればっかりはやってみるまで分からない。

 だが、魔法というものは安易に試すには危険すぎる。万が一あれが魔法だったのなら、発動には慎重にならざるを得ない。


「それよりも病人の治療をしたい。案内してくれるか?」

「こちらに」


 ビスクに案内され、教会の別室へと移動する。

 即席の寝床を与えられ、毛布を被って横になる人々。まだ小さな子どもから老人まで、多くの人が吹雪で体調を崩していた。


「…………」


 見回す中、一人の少女が目にとまる。

 ひょっとしたら、彼女は助けられないかもしれない。


「この吹雪で体調を崩した人々はここに集めております。私も多少は癒術の心得がありますので、応急処置は行いました」

「上出来だ。後は引き受けよう」


 左手で十字短剣ロザリオダガーを抜き、右手で指を鳴らす。

 展開するのは浄化の癒術。室内に漂う雑菌を消毒し、無菌状態を作り出した。


「癒術士様……。この老いぼれは捨て置きください……」

「この命、ここまで繋いでこれただけでも長上……」

「我が人生に一片の悔い無し……!」

「蒼天すでに死す……」

「所詮この世は弱肉強食よ……」

「あー。お前ら元気組だから後回しだ。大人しく寝てろ」


 老人組は存外元気だった。片手間に指を鳴らし、血流を整える癒術を十把一絡げにかける。

 それよりも、だ。


「意識はあるか?」


 病床に伏せる少女に声をかける。

 顔は赤く、息は荒い。この寒さだというのに汗を流し、震えながら毛布に埋まる。

 もとより体が弱いのだろう。線の細い少女だった。


 弱々しく頷く少女に生気は無い。

 この子は、きっと今日を越えられないだろう。そう感じた。


「いじゅつし……さま……?」

「すぐに治す。じっとしてろ」


 体を起こそうとする少女を抑え、額に手を当てる。

 これは本気でやらないといけない。外から癒術をかけるだけではどうにもならない。


 手のひらを通じて私と少女と魔力回路を接続し、血に沿って体内を巡る魔力の流れを調べる。

 魔力の流れが淀む部分には穢れが溜まる。平常ならば問題にもならないが、体の免疫力が低下した時にそれは牙をむく。


「少し変な感触がするが、我慢してくれ」


 返事は待たず、接続した魔力回路から私の魔力を流す。魔力コントロールのちょっとした応用だ。

 少女の体に流れる魔力回路そのものを魔術式に見立て、流れを正常化する癒術。一歩間違えれば魔力回路をズタズタにしかねないこの施術は、プロの癒術士ヒーラーでなければ使用を禁じられている。


「ひうっ……」

「もう少しだ、頑張れ」


 もう一つ、術式を重ねる。

 体内の魔力回路を辿り、私の魔力を骨髄へと接続する。そこに直接、免疫力を増強する癒術を発動した。


 他人の体内という狭い領域で、何一つ崩さないよう慎重に変化をもたらす高等癒術だ。

 並の癒術士ヒーラーでは持て余す繊細な術式。最低でも上級癒術士プリーストでなければ、目当ての場所へとたどり着くことすらできないだろう。


「やっ……ひゃっ……」

「すぐ終わる」


 ――だが、これだけではまだ足りない。そう判断し、次の術式を重ねた。

 発動するのはさっきと同じく、免疫を増強する癒術。だが、それは少女が持つ魔力を使い、少女の魔力回路そのものに刻み込まれた。


 ただ魔力が流れるだけで恒常的に健康になるシステムを、他人の魔力を使って人体という無駄の無い空間に作り出す。

 それは例えるなら、数千メートル離れた先にある数センチ四方の四角形に絵を描くような、そんな精密作業。

 極細の芸術と呼ばれるこの術式は、特級癒術士ビショップにのみ許される。


「んっ……くうっ……」

「――終わったぞ。頑張ったな」


 少女と接続していた魔力回路を切断し、手を離す。

 額に流れる汗を拭く。これだけ集中すると、さすがに疲労は隠せなかった。


「具合はどうだ?」

「すごい……。楽に、なりました」

「そうか、良かった。体におかしいところがあったらすぐに呼んでくれ」


 免疫を増強する術式は稀に拒絶反応を起こすことがある。万が一そうなった場合は体内に刻み込んだ術式を削り取らないといけない。この辺のことは後で親御さんに説明しておこう。

 体の負担も大きいだろう。頭をなでて寝かしつけると、少女はすぐに目を閉じた。


「さて、と……」


 ぶっちゃけこの子以外はぱっと見でヤバそうなのはいない。

 一応指を鳴らし、癒術を展開してまとめて診察する。オーケー、大体どいつも軽い風邪だな。


「外傷があるやつは後で個別に診てやる。それ以外は覚悟しろ」


 覚悟しろ、という不穏な言葉に患者たちは首をかしげる。意味はすぐに分かるだろう。

 荒っぽくて悪いな。実は私、繊細な術式よりもこっちの方が得意なんだ。


 十字短剣を空に掲げ、切っ先に魔力をかき集める。構築するのは、癒やしの波動を拡散して問答無用で体力を増強する戦闘癒術・・・・


拡散波・癒式ブラスト・キュア!」


 刀身から放たれた癒の波動が患者を焼く。

 並大抵の症状を纏めて即座に緩和できる癒術だ。使い勝手が良く重宝しているが、一方患者からの受けはあまり良くなかった。


 まるで攻撃されているかのように感じるらしい。そりゃそうだろう。だってこれ、攻撃魔術をベースに開発された癒術だし。


「のわあああああああああああっ!!」

「おやめくだされ! おやめくだされ!」

「慈悲ーっ! お慈悲をーっ!」

「慈悲ならくれてやってるじゃないか。体に良いんだぞ、これ」


 阿鼻叫喚に陥る声は無視した。

 これでも人道的に改良したんだぞ。昔なんて傷口に指突っ込んで、癒術を体内に向けて強引に流し込んでたらしいし。

 大体の症状を焼き払った後には、血色良く倒れる患者だけが残っていた。

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