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「やっぱりそういうパターンかぁ」

 許可はもちろん下りなかった。

 それどころか、華王様はあらゆる権限を行使して私を国内に留め置こうとした。


「大人って汚い……」


 そんなわけで一月後。朝早く、私は一人国を飛び出したのだった。

 8歳の幼子を止めるためだけに国家レベルで取りかかるなんて大人げないにも程がある。

 しまいにゃ懸賞金までかけられてたぞ。なんだなんだ、一体私が何したって言うんだ。ちょっと世界救おうとしただけじゃないか。


 まあ、それくらいじゃ止まらないんだけどね。


「ん。良い天気」


 山中の街道を歩きながら早朝の木漏れ日を見上げる。

 少し肌寒いくらいの空気が心地よくて、追われる身であることも忘れて背を伸ばした。


「……なんだ?」


 そんな時、木漏れ日から垣間見える空に、何かが瞬いたような気がした。

 あれは……。


「流星、か」


 少し、懐かしさを覚える。

 ウロボロスに魅入られて勇者となったあの夜も、こんな風に星が降っていた。


 日が昇り始めたにも関わらず、強く輝く流星は尾を引いて、やがて空の彼方に消えていく。

 そんな様子を見送りながら、歩を進めた。

 否。進めようとしたら、何かを踏んづけた。


「むぐっ」


 地面よりは少し柔らかいぐねっとした感触。それと、くぐもった悲鳴も。

 ちょうど人間を踏んづけたらこんな具合になるだろう。


「いーたーいー……」


 恨めしそうな泣き言が足下から聞こえてくる。

 見下ろす。

 人を踏んでいた。


「すまん、大丈夫か?」

「しんどみが深い……」

「意識はあるか。立てるか?」


 倒れていたのは、15か16歳ほどの少女だった。

 体力を消耗しているのか元気はないが、ひとまずケガはなさそうだ。


「外傷は無し、と。痛いところはあるか? 体調は?」

「えーと、強いて言うならおなかすいた?」

「空腹か。緊急事態だな」

「わかってくれるの? 大変だよねぇ」


 まるで大変な様子も感じさせず、少女はにへらと笑った。

 癒術も使って手早く診察を済ませる。外傷はなし、衰弱気味。脳内の問診票に一文を書き加え、片付ける。


 大事ではない。治療は必要なさそうだ。お腹空いたって言ってるし、何か食べさせておこう。

 空間魔術を行使し、次元のポケットに突っ込んでおいた袋からパンとチーズを引っ張り出す。


「え……え? それ、今どこから取り出したの?」


 いいから食え、と押しつけた。

 空間魔術は中級魔術に分類される。私の年で使えるというのは中々珍しいだろう。

 頭の上に疑問符をいっぱい浮かべながらも、少女は「イタダキマス」と耳慣れない言葉を呟いた。食べることにしたらしい。


「……もちもちが足りないかも」

「保存食だから、どうしてもな。街で食う焼きたてのパンのようにはいかんさ」

「あ、でも、おいしいよ?」

「無理はしなくていい。水も飲むか?」


 ビスケットのように堅いパンを少女はガリガリとかじる。悪名高き黒パンだ。チーズの方に手が伸びがちなのも、致し方ないだろう。

 革袋に入った水を飲むと、少女はようやく立ち上がった。


「ごちそうさま。ありがとう」

「ああ」


 救華戒律。汝が隣人に施す事、これを躊躇うなかれ。

 綺麗事の塊のような戒律だが、この戒律は救命癒術の最前線で定められた。

 理屈は置いてまず助けろ。考えてから動いてるようじゃ救えなくなる命がある。この戒律には、そんな意味が込められている。


 で。助けたので、考えることにした。


「お前誰だ?」

「ところで、どちらさま?」


 質問が交差する。疑問を持っていたのはお互い様だった。

 私より二回りは大きい少女を見上げる。彼女は、なんというか、見慣れない装いをしていた。


「お先にどうぞ」


 少女はにへらと笑う。質問のターンを譲ってくれるようだ。

 そう言ってくれるなら、質問させてもらおう。


「名は?」

「天斬寺桜。よろしくね」

「……ああ。ノア・スカーレットだ」


 テンザンジサクラ。テンザンジ・サクラ。耳慣れない響きの名だった。

 少なくともこの辺りの人間ではない。異国の人間だろう。


「桜って呼んでね、ノアちゃん」

「ああ、わかった……。ノアちゃん? 私のことか?」

「うん。ノアちゃん。ダメかな?」


 浮かんだ疑問と推論をリストアップしていると、異国の少女はふわふわしたことを言っていた。

 ちゃん付けで呼ばれるのは久々だな……。そんな感想が浮かび、苦笑する。


「桜、どこから来た? この辺りの服装では無さそうだが」

「どこって、えーと……」


 桜は回答に窮した後、質問を返す。


「そもそもここ、どこ?」

「癒国近くの街道だ。癒龍国エリクシル。分かるか?」

「えーっと……。これってもしかして、そういうやつかなぁ」


 うんうん、と桜は頷く。何か得心したらしい。

 それからようやく答えを返した。


「日本だよ。日本の静岡県から来たの。富士山がある県って言えばわかりやすいかな? じゃぱんとか、じぱんぐとか、そんな感じのじゃぱにーず」

「ニホン……。聞いたことないな」

「だよねだよね。やっぱりそういうパターンかぁ」


 私にはよく分からないが、桜は何か符号したらしい。

 あちゃー、やっちまったぜ、と。ちょっとだけ困った様子を見せていた。


「次の質問。なんで倒れてた?」

「わかんないや。気がついたらここにいたの」

「迷子か?」

「ある意味では?」


 桜は変わらず困ったように笑う。

 ある意味では迷子らしい。よくわからない。


「その紺色の服はなんだ? 見慣れない服装だが」

「セーラー服だよ。登校中だったの」

「……背中に担いでるそれは?」

「竹刀袋。剣道部なんだ。これから朝練なんだけど、これはちょっと行けないかなぁ」

「…………黒髪、綺麗だな」

「ありがとー。ひょっとして、この辺だと黒髪は珍しいの?」


 まあな、と苦笑で返す。事実黒髪は珍しい。

 質問をすればするほど分からないことが増える。彼女の素性はまるで見えてこなかった。


「へい、ジャパニーズセーラー黒髪ガール」

「属性を並列された!」

「……お前、何者なんだ?」


 私の質問に、桜は困ったようににへらと笑う。


「転移者だよ、多分ね」


 天斬寺桜。

 転移者を自称する異邦人。

 この時の私はまだ、この出会いの意味すら知らなかった。

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