エリクシルへの手紙
華王様へ
遅すぎた。
あまりにも遅すぎた。私が華王様からの手紙を読んだのは、事態を収拾して村を去る直前だった。
何もかも御影が悪い。あの野郎、渡すのが遅すぎるんだ。これだけの遅れを「少しばかり」と受容する華王様の懐深さには感服する。
とは言え、御影には随分と助けられた。あいつが来なければ事態の解決も危うかったほどだ。怒るに怒れない。
無論御影には感謝している。しているが、どうにも釈然としない。ああもう、御影ってやつはいつもこうだ……。
まあいい、愚痴は置いておこう。ひとまず今回の事件を報告する。
結論から言う。此度の猛吹雪は、呪具により正気を失った凍狼フェンリルが引き起こした大規模な魔術災害だった。
経緯としては以下になる。
呪具を突き刺された凍狼フェンリルが正気を失い、吹雪の術式を大規模展開。近隣に存在していたヘルケ村が、突如の豪雪に身動きが取れなくなる。
災害発生早期、ヘルケ村の村守・ビスクは村人を教会に集めた。この決断が功を奏し、村の施設に損害は発生したものの、人的被害は最後までゼロであった。
その後近隣を通りすがった、ノア・スカーレット及び天斬寺桜(彼女については後述する)が村に訪れる。村守ビスクと状況を共有した後、吹雪が止むまで籠城することを決定。
数日後、強まる吹雪に籠城を断念。吹雪を止めることを決断する。
当時得ていた情報から魔術災害であることを推定していたが、元凶までは掴めなかった。その点についての会議の折、御影が現れて元凶の位置を報告した。
その後、私と桜で元凶たる凍狼フェンリルの下へ赴く。正気を失っていた凍狼と交戦し、これを打破。
凍狼に突き刺さっていた呪具を砕いたことで正気を取り戻し、事態は収束を迎えた。
以上だ。
さて、今日はもう一つ報告することがある。
先程も名を挙げた、天斬寺桜と名乗る少女のことだ。
エリクシル近隣の山道に倒れていたところを偶然拾ったのだが、話してみるとこれが只者ではない。
この辺りでは中々見ない黒髪と、全く見ない紺の服を着ていた。言葉の節々から良識を感じさせるが、“この世界”の常識に欠ける。
神獣の存在も、勇者と魔王の伝承も、魔術があることすらも知らない。
なんでも彼女、異世界から来たと言う。それも偶発的に。
こことは異なる発展を遂げた世界。ニホンという国で生まれ育った少女。世界をまたいだ移動手段。
そんなことがあるとは初耳だが、華王様は何か知らないだろうか。
彼女は故郷に帰ることよりこの世界に興味津々なようだったが、できるならちゃんと帰してあげたいと考えている。
なにか、知っていることがあれば教えてほしい。
……また、これを報告するのは迷ったが、念のため。
彼女は高い戦闘能力を持ち、魔法を使える。これが意味することは分かるだろう。
彼女は勇者かも知れない。
当分は私に同行し、共に旅をすることにしたらしい。
彼女の正体については謎が多いが、悪いやつではなさそうだ。根拠がなくて申し訳ないが、私はそう感じた。
旅の中で彼女の正体を見定めよう。この件については追って報告する。
文が堅苦しくなってしまってすまない。こういうのはどうにも苦手だ。
先月受け取った「少々強引な手」とやらには随分楽しませてもらったが、こうして送り出してもらえたことには感謝している。
いつかまた、エリクシルに戻ってくる。その時はゆっくりと話をしよう。
それと、ウロボロスに魅入られたことは素直に受け止めている。この力が無ければ私の人生は大きく変わっていただろう。
勇者ではなく、ただの少女として。今ごろは癒術士を志す八歳の少女だったかもしれない。
意味のない空論だ。
私は神に魅入られた。
安心してくれ、華王様。私は勇者としての責務を果たす。
長くなってしまったが、ここまでとしよう。
それではまた。健康と、息災と、幸運を祈って。
いってきます。
ノア・スカーレット




