エリクシルからの手紙
親愛なるノア・スカーレットへ
お元気でいらっしゃいますか、勇者様。
朝もやの中で国を立った、あなたの行く末に光あれと、微力ながら祈りを捧げました。あなたの向かった方向に、分厚い雲と猛烈な吹雪を観測したのは、それから数分後のことでした。
あなたを取り巻く運命はもはや手遅れです。私は祈ることを諦めました。
そんなわけで諦めて手を動かした次第です。間に合うかは分かりませんが、こちらで掴んだ情報を御影に持たせます。事態の渦中で楽しく踊っているであろう、あなたの何かの参考になれば。
こちらで調べた限りでは、件の吹雪からは神獣種の魔力を検出しました。おそらくは、凍狼フェンリルが関わっていることでしょう。
神獣種は強大な力こそ持ちますが、本来ならば厭世的な種族です。このような形で災害を起こした例は無かったとは言いませんが、決して多くはありません。
そしてそれらの事件には、どこかで人の悪意が絡んでいました。
ノア、悪意です。悪意を探しなさい。そこに事件の裏があります。
吹雪が止んだタイミングで、そちらに騎士団と癒術士を派遣します。あなたが居れば滅多なことにはならないでしょうが、念のために。
分かっているとは思いますが、犠牲は一人も許しません。救華の名にかけて、全員必ず生きて事態を終わらせなさい。
例外はありません。必ず、です。
もっとも、この手紙があなたの手に渡る頃には何もかも解決しているのかもしれませんね。
御影は極めて優秀なエージェントなのですが、どうにも娯楽を優先するきらいがあります。きっとこの手紙を渡すことも忘れて、ギリギリのタイミングで思い出したように渡すことでしょう。
少しばかり遅かったとしても、許してあげてくださいね。
さて、お仕事の話もこれくらいにしておきましょうか。
先月、旅に出ると仰ったあなたをついつい引き止めてしまいました。その件について、少々強引な手を使ってしまったことをお詫びします。
気持ちは固いようですね。思えばあなたは昔から、こうと決めたら何が何でも貫き通す少女でした。
それはあなたの良いところであり、良いところでもあります。悪いところとは思っておりません。
あなたには覚悟があり、力がある。力ある人は多かれど、覚悟を併せ持つ人はそう多くない。
誇ってください。あなたは、紛れもなく勇者ですよ。
いつか、私にもあなたの覚悟を聞かせてくださいね。
ひょっとするとあなたは、癒龍ウロボロス様に選ばれたことを好ましく思っていないのかもしれません。そうだとしても、私はあなたを変わらず受け入れます。
いってらっしゃい、ノア。
いつかまた元気な姿を見せてください。
しばしの別れに言葉は尽きませんが、御影の出発準備も整ったので筆を置くとしましょう。
あなたの息災を、癒龍国エリクシルより願っております。
華王 ミラ・エーデルワイスより




