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「神速にも程があるわよ」

「以上が事の顛末てんまつだ。魔王、討ってきた」


 そんなわけで。

 故国エリクシルに戻った私は、我が国の指導者たる華王様に事の顛末を報告していた。

 執務室の椅子に腰掛けた華王様は、ティーカップを置いて大きくため息を吐きなさった。


「……破門」


 その一言に、部屋に控えるメイドたちがざわついた。


「魔王討伐はまだ早いと言ったはずよ」

「ちんたら待つのは性に合わない。兵は神速を尊ぶと言うだろう」

「神速にも程があるわよ。よくもまあ、その年で成し遂げたものね……」


 破門は冗談よ、と華王様はひらひらと手を振る。

 私は冗談だと分かっているが、こう言っておかないとゴシップ好きなメイドたちが本気にするのだ。


「自分の運命に向かい合うのに、年は関係ないだろう」

「心強い言葉をどうもありがとう。でもね、あなたには関係あるの」

「なぜに」

「だってあなた、まだ8歳じゃないの」


 ド正論であった。


「8歳の女の子じゃないの」


 しかも二度言われた。


 ノア・スカーレット。癒龍国エリクシルの勇者。

 ブロンドの髪をたなびかせ、仁義の二文字が刻まれた白衣に袖を通す、癒龍ウロボロスに魅入られた少女。それが私だ。

 齢は今年で8になる。


「……自分の運命に向かい合うのに、年は関係ないだろう」

「それはさっき聞いたわ」

「世界を救うのに遅いはあっても早いは無いさ」

「やかましいわ、この幼女」


 うぐ、と口を閉じた。

 勇者たるこの私を幼女扱いした華王様は、優雅にティーカップを傾ける。


 外見だけなら20代後半にも見える華王様だが、優美な所作からは積み重ねてきた数十年の年月を感じる。

 この年齢詐称の紅茶王め。私は内心毒づいた。


「だって、救いたかったんだもん……」

「まだ言うなら今日のおやつは抜きよ」

「ごめんなさい」

「もうしませんは?」

「またやります」

「素直でよろしい」


 立ち上がった華王様は、コツンと私の額を叩く。

 8歳児にとっておやつは世界の半分を意味している。失うわけにはいかなかった。


 ちょいちょい、と華王様の手を払うジェスチャー。部屋に控えていたメイドたちが、一糸乱れぬ動きで退室を始める。


「人払い? どうしてだ?」

「人前だとあなたも甘えられないでしょう? おいで、ノア」

「おいでじゃねえよ」


 両手を広げて待ち構える華王様に首を振る。

 やめてくれ、もうそんな年じゃない。


「あら残念。ほんの数年前まではこうすると甘えてくれたのに」

「いつの時代の話だ」

「そうねえ、あれは2年前だったかしら。弱冠6歳で勇者の宿命を背負った幼子が、未熟な決意を胸に一生懸命背を伸ばしていた頃かしらね」

「わかった、わかった。私の負けだ」


 そんな話をしながら、華王様は隠蔽の魔術を、私は幻聴の魔術を展開した。

 部屋の外で聞き耳を立てているメイドたちからは、私たちが昔話に花を咲かせているように聞こえることだろう。

 彼女たち、優秀は優秀なんだけどゴシップが好きが過ぎる。華王様も大変だと思う。


「なあ。おやつってキーワード、やめないか?」

「良いじゃないの。可愛らしくて私は好きよ」


 おやつというキーワードはこれから大事な話をする合図だったりする。

 華王様は一部の臣下に対してそんな言葉遊びをするのだ。


「クッキーならあるわ。食べる?」

「甘いのか?」

「ちょっと苦いのもあるわよ」

「食べる」


 とは言え、大事な話にお茶会はつきものだった。

 部屋に備え付のポットを魔術で暖め、紅茶を淹れる。今日の茶葉はダージリンのセカンドフラッシュ。華やかな香りがふわりと広がった。


「――ノア。件の魔王、本当に消滅したと思う?」


 お茶会の席も整ったところで、華王様は切り出した。


「勇者としての直感は、世界からあの魔王が消えたと言っている。事実、至近距離で世界樹の聖緑ユグドラシル・ドライヴを受けたんだ。生き残れる道理は無い」


 そう、理屈の上では間違いない。間違いなく死んでいるはずだ。

 だが、と私は続ける。根拠は無い。ただの勘だ。


「死んでないだろうな」

「同感ね。いくらなんでも不自然よ、楽観視は危険だわ」

「細かいことは分からないが、何かしらの手段で世界から身を隠したとみるべきだろう」

「付け加えるなら、そんなことをする輩はロクなこと考えてないわね」


 勇者と魔王は互いを強固に認識できる。

 それを誤魔化し、自らの死を隠蔽したのならば、それは大した奇術だった。

 どんな手段を使ったかは分からないが、想定は悪く持つべきだろう。


「引き続き警戒しておくわ。とは言え、結局はあなた頼りになってしまうのだけれども」

「何かあった時のために備えておいてくれ。勇者センサーが反応したら連絡する」


 結局は何が起こっても良いように備え続ける。

 当たり前ではあるけれど、出来ることとはそれだけだった。


「それでも、魔王を表立って行動できなくさせたのは喜ぶべきね。勇者と魔王の決戦が宿命付けられているのは、これからまだ8年後。この時期は暗躍する魔王による暗黒時代が築かれると目されていたけれど……。私たちは今しばらく安寧を享受できるでしょう」


 曰く、世界が爛熟し安寧に世が包まれた時、現れたる魔王が大いなる混沌をもたらす。

 曰く、16の誕生日に旅立つ勇者がそれを討ち、一つの時代を終わらせる。


 神話の時代から語り継がれてきた伝承は、私たち神々に選ばれた勇者が生まれ、魔王の手による混沌の波紋が広がり始めたことで、現実のものとなっていた。


「まったく、もう。勇者なら伝承守りなさいよ。暗黒時代が始まる前に魔王討ったら駄目じゃない」

「なんだなんだ、言いたいことがありそうじゃないか」

「言いたいことなら言ったわよ。なんでそんなに危ないことするの。あなたはまだ8歳じゃない」


 まだ言うか……。

 いいじゃんいいじゃん、8歳でも倒せたんだから。


「ねえ、あなたが勇者なのは分かるけど、もうちょっとゆっくりしてもいいのよ?」

「ゆっくり茶飲んでるが」

「混ぜっ返さないの。何度も言ってきたけれど、いくらなんでも生き急ぎすぎ」


 華王様のお説教スイッチがお入りなさられた。

 こうなったら長いんだよなー、と思いつつ、私はクッキーをかじる。


「あなたが救華の門を叩いた日が懐かしいわ。そうね、あれは3年前だったかしら」


 あの日のことは私も覚えている。

 癒龍ウロボロスに魅入られて勇者となった私は、エリクシルが誇る世界最大の人道機関『救華』を頼った。

 当時まだ5歳だった私を受け入れたのが、救華を率いてエリクシルを治めるこの御方、華王様だ。


「特例で癒術士ヒーラー養成学校に入学したのも束の間、本来なら6年間のカリキュラムを僅か1年で踏破して、大人顔負けの癒術士になっちゃうんですもの。それからも凄まじい勢いで実力と実績を積み重ねて、最高位の癒術士である特級癒術士ビショップに上り詰めたのが1年前。しかもそれが全部、勇者修行の一環だと言うのだから驚きよね……」

「片手間でやってたわけじゃないぞ。私は勇者だが、癒術士としても一流でありたい」

「よっぽど人を助けるのが好きなのね。そんなことしてたら、いつか聖人になっちゃうわよ」


 肩をすくめる。人助けだなんて、そんな大したものじゃない。

 私はただ、やりたいようにやっているだけだ。


「華王命令、もう少しゆっくりしなさい。さもなきゃ早死にするわよ」

「そこまで言うなら仕方ない。華王様、少し休暇をもらえるか?」

「まあ、あなたはそう言うわよね。無茶を続けるならせめて体を……へ?」


 聞き逃してらっしゃっていた。

 ティーカップを傾けて、華王様の耳が正常に動作するのをしばし待つ。


「え、今、休暇が欲しいって聞こえたけど。本当? ノア、あなたが言ったの?」

「言ったが。ダメか?」

「もちろん構わないけど……。そもそもあなた、息の抜き方知ってるの?」


 華王様の言葉に私は苦笑で返した。

 まったく、華王様は私をなんだと思ってるんだ。


「知らん」

「でしょうね」

「でも、やりたいことはある」

「聞きましょう」


 紅茶を飲み干し、立ち上がる。

 休憩は終わりだ。もう十分のんびりした、そろそろ動こう。


「魔王も討ったことだ。この国はしばらく安泰だろ?」

「ええ、大丈夫よ。だからあなたは安心してゆっくりなさい」

「だから旅に出ることにした」


 一手、動かす。

 実のところ近場の魔王を討ったのはこのためだ。私が自由に動ける、わずかな空白を生み出すために。


「旅って、あなた何する気なの?」

「決まってんだろ。世界に混沌をもたらす魔王は、あいつだけじゃない」

「……ノア、あなた、まさか」

「今も世界にゃ困ってる人がいんだろ? だったら、待たせちゃ悪いだろうよ」


 兵は神速を尊ぶし、ちんたら待つのは性に合わない。

 世にはびこる魔王はあいつ以外にもまだまだいる。

 だったら、私がやることは一つだ。


「ちょっと世界救ってくるわ」


 そう言い放つと、華王様は深く、深ーくため息をついた。

4月の章・了

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