どこよりも お高くたきぎ 買いますよ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
う〜ん、電気というのは、いいものだねえ、こーちゃん。
ちょっとまえに、ガスの事故が、ここの近所であったじゃない。建物がこっぱみじんに吹き飛んじゃった奴。それからガスコンロを使うのが怖くってさあ、電気コンロに替えたってわけ。
どうせ一人暮らしで、味にこだわりないし。使うのは、たいていこんな真夜中だから、プラン的にもお得お得。こうしてこたつに入りながら、鍋をつまむのにも、うってつけというわけよ。
暖をとるのも電気ストーブ、電気カーペット。ふは〜、極楽極楽。昔はこんなぜいたく、一庶民の立場じゃ、まず無理だったろう。現代日本に、感謝だね。
けれどもこれって、見方を変えたら、ひどく歪んだ生き方じゃない? 寒い時に寒いといわず、暑い時には暑いといわないようにする環境整備。
与えられた自然の恵みを、人間は自分で都合よくねじ曲げるんだからね。こりゃ、現代になって自然が怒り、環境問題として、逆襲してくるわけだよ。
手間暇かけてこさえたプレゼント。良かれと思って渡したら、実はぞんざいに、邪魔もののように扱われているなんて分かったら……腹に据えかねるだろ、こーちゃんも?
ちょうど真夜中で、外も冷え込んでいるところ。一つ、「暖」についてのエピソードを聞いてみないかい?
むかしむかしのこと。神様がまだ、より人の近くにいた時代。
その冬はいつもよりも早く、そして落っこちるように、突然やってきた。
昨日まで、もみじがりを楽しむことができていたはずの森の中は、一夜にして霜に覆われ、赤や黄色の紅葉たちは、慌ただしく白化粧をほどこされた。
冬眠への蓄えどころか、身支度もできていなかった動物たちは、ねぐらを求めて争い、そこを人間の猟師にとらえられ、明日への糧となり果てる。
そしてこれは、暖をとるものの需要が、爆発的に増す時期の訪れを告げるものでもあったんだ。
人々は自分の家で消費する分の確保のため。また、特に貧しい家では、自分たちで使う分に加えて、売ることで、少しでも生活の足しにできればと、こぞって山の中に入ったらしいんだ。
こーちゃんも知っていると思うけど、たきぎには二種類ある。
木の幹を割って使う「まき」と、枝を焚きつけに使う「そだ」だ。
かまどの火種を絶やすことは、主婦の恥とされていた時分、どの家でもかなりの需要があった。簡単に山に入れないような家庭では、商人に頼ることもあったとか。
たきぎを売ろうと、まきや、そだを背負った人でごった返す町の中、威勢のいい呼び込みをしている、大きな店があった。
「どこよりも、お高くたきぎ、買いますよ」
看板娘を初め、店先に立っているものたちが、そう叫んでいるんだ。
どれどれと、通りがかる人が、試しに店の中で商談して、腰を抜かしそうになった。
相場もへったくれもない。他のところに比べて、三倍以上も高い値段での買い取りを提示されたんだ。たきぎを売ったことがある者なら、必ず聞き返すほどだったらしい。
だが、その店は買った。評判は評判を呼び、この機を逃してなるものか、と多くの人が売りに来て、店は大量の金を吐き出した。
怒ったのが、他のたきぎを売っている店たち。これは商いの妨害だ、とばかりに店に乗り込んでくるんだが、店の一同はこう返す。
「どこよりも、お安くたきぎ、売りますよ」
ただし、一両日はお待ちください、と付け加えたが、予定の売値を見て、乗り込んだ側は腰を抜かした。
元が取れないばかりじゃない。大損だ。大出血だ。大赤字だ。
取引する量に、限りを設けるのは当然としても、高く買って、安く売るなど、もうけの「も」の字もありゃしない。
乱心か。道楽か。それとも地上に降り立った、お釈迦様か。
町中は店のうわさで持ちきりになった。
そして、たきぎを買い取るかたわら。
店の裏庭では、購入したたきぎを、主人も一緒になって、片っ端から選定していく。
形、太さの整った「そだ」が選ばれて、脇にのけられていき、最終的に主人の厳しい審査を経て、合格した数少ない枝が、主人自らの手で、通常のたきぎ小屋とは別にある、倉の中にしまわれていく。
冬の間、奇妙な営業は続いた。
数日は、たきぎ、特に「そだ」が目の飛び出るような値段で買われ、その一両日後には、その「そだ」たちが、目を疑うような値段で売られているのだから。
店は他の商売も行っていたが、その利益さえも、このたきぎ売買に費やしていたんだ。
「商売の本質は、金を儲けることではない。儲けた金で持って、世を、人を、より良い方向へ連れてゆくこと。皆が喜ぶ、明日のためよ」
常日頃、主人はそう話していたが、今回ばかりは、その信念が暴走しているようにしか思えなかったという。店勤めの者のほとんどは、金さえ支払われれば、他は気にしないものだったが、番頭など、店の中でも上の者には、真剣に事態を憂える者もあったのだとか。
そして寒さは衰えず、とうとう卯月を迎えても、雪が残ってしまうくらい、震える日々が続いたんだ。
ある日の店じまい。
店の心配をする番頭の一人が、選定された枝を持って、倉に入っていこうとする主人を呼び止めた。
これまで黙々と従ってきたが、すでに半年近く赤字を出し続けている。どうにか皆への給与支払いはできているものの、店のことをどう思っているのか、と歯に衣着せずに、物申した。
主人はその問いに対して、わずかに眉を持ち上げたが、やがて「知りたいならば、ついてきなさい。ただし、騒いだりしてはならぬ」と、手招きしながら、彼の姿は倉の中へと消えていく。
続いて入った番頭さんは、促されるまま、そばにあった提灯に火を入れて、思わず息を飲んだ。
倉の中の、冷えた空気のせいばかりではない。わずか十歩ほど先に、異様なものが置いてあったからだ。
「それ」は動いていた。
太い枝を胴体に、細い枝をまとう服のようにして、くっつけている。その手足も、たくさん寄り集まった枝たちで作られていたが、頭の部分だけは、握りこぶし三つ分ほどの、白く、閉じたつぼみが鎮座している。
倉の床に、長座の姿勢で座り込みながら、枝でできた両腕を、主人と番頭に向けて、ふらふらさせながら、伸ばしていた。
主人が伸ばした腕に、今日選んだばかりの枝を置く。「それ」は細い指で枝を握りしめると、腕を自分の身体に引き寄せて、枝をくっつけていく。
「春の落とし子だ」
番頭さんが、「これは何か」と問う寸前、主人が先回りした。
あの日。一夜を境に、秋から冬へと景色が変わった、その夜に。
この子は、店の庭へと落ちてきた。気づいたのは、たまたま庭に出ていた主人のみ。
頭のつぼみは、今と変わらないが、その胴も手足も、糸のように細かったらしい。
主人は、すぐに春の落とし子だと分かったらしい。主人の今は亡き曽祖父も、出会ったことを話していたからだ。
春の落とし子いる限り、春はずっと訪れぬ。身体ができるその日まで、子供は俗世に居続ける。だから落とし子見つけし、その時は、どこかに匿い、助けてやれ、と。
かつて曽祖父が見つけた時には、多くの人がこの落とし子の姿を恐れ、バラバラにしてしまったという。
結果、一年を通じて、凍える寒さが襲ったばかりか、豪雪によって命を落とした者が、多数出てしまったとのことだ。
そのため、主人は小屋に落とし子を隠し、金に糸目をつけずに枝を集め始めた。
落とし子の身体を作るにふさわしい枝を集めるため。一刻も早く、この地に春を招来するために。
そして、たきぎを安く売ったのは、貧しい者でも、この長くなるかもしれない冬を、乗り切れるようにするため。
「本当はただでも、と思ったが、皆の手前、それは許されまい」
主人が話をしている間、落とし子は最後の枝を胴体に貼り付けた。
すると、頭のつぼみが、ふわりと開いた。
コブシの花を思わせる、6枚の花弁。それは早春を感じるにふさわしい姿だった。
「いけるか?」という主人の声に、こくりとうなずいた落とし子。
すくっと、枝でできているとは思えぬほどに、力強く立ち上がり、主人と番頭さんの横を抜けて、倉の外へと歩み出る。
そして、頭部の花が空を見上げたかと思うと、大きく飛び上がった。その姿は、あっという間に、夜空へ溶け込んでいったんだ。
「確かに商売の『赤』は我々の心を暗くする」
主人がつぶやきながら、落とし子が立っていた地面の前にかがみこみ、番頭さんもそれに続く。
地面から小さな双葉が芽生えていた。
「だが、それによってもたらされる春の『赤』は、多くの人の心を明るくするだろう。それこそまさに、千金の価値にも勝るものなり」
二人の横を、風が吹き抜けていく。
それはこれまでの刺すような寒さではなく、大いなる腕に抱かれるような、暖かさに満ちたものだったんだ。
どっとはらい。