5.寝物語-3
「人生なんて切ないもの」だと、一体誰が言ったことを聞いた覚えがあったか。
生まれ落ちた瞬間からカウントダウンが始まる。
限られた人生。定められた運命。
命はどうあっても延ばすことなんてできないのかもしれないけれど、運命ならば、抗ってみれば少しは方向を変えられるのかもしれないと頭の片隅で思った―。
「父上。もしや私に命乞いをなさいますか?」
12王子は父王の喉元に短剣を突きつけたまま冷たい言葉を放った。
王は声を発することなくそこにいたが、短剣が己の喉を突かない程度に小さく頷いた。
途端王子はため息をつく。
「情けないものですね。それでも一国の王ですか。かつて私が尊敬申し上げた父上ですか」
王子は短剣を持たぬもう片方の手で王を突き飛ばした。
王は赤い海に溺れるがごとく顔から前のめりに床に突っ伏した。
その様子を、王子はとても鋭い目で見下げていた。
王は、すぐさま顔を上げてグイ、と顔を強引に拭った。
王子の頭に、ふと幼き頃の映像が蘇った。
自分は正妃の子であったけれどもすでに上には跡継ぎとなるべき兄がいた。
母の膝に抱かれては将来は兄をたすけて国を一層繁栄させるのですよと子守唄のように言い聞かされ、父の腕に抱かれてはいつどんな時であっても一番に民のことを考えるようにと物語を読み聞かされるように言い聞かされた。
聡明で美しい母。優しい中にも尊厳ある父。
跡継ぎになれないことなど一度も悲観したことはなかった。
この両親の子であることが何よりも嬉しかったのだ。
しかし、今は何だ。
自分の後ろに転がっているのは姿を変えた母。
自分の前にいるのは我が子に恐れをなして何もできずにいる父。
いつからこうなってしまったのか。
両親の元を離れ、国を離れても自分は自分であったのに。
いつかこの国のために力をつくしたいと願っていたのに。
幸せになることは難しいのに、不幸になることはとても簡単だと実感した、今。
「父上。一つ、条件を出しましょう」
「な、なんだ…?」
王は12王子にすがるように膝を引きずりながら彼に近寄った。
その度に赤い海が波立つ。
ツンと鼻をつく匂いに、王子は酔っているような感覚を覚えながら短剣を再び父に向ける。
「まずはこの城に仕えている者たちすべてをここに呼んで下さい。今すぐです」
王は一瞬どうしたものかと思ったが、結局は従うしかなかった。
息子を一人犠牲にしてまで明日には他国に攻め込もうとしていた一国の王が、実の子に家族を皆殺しにされた上、こうして自分さえも危機にさらされているなど家臣たちに知られたくはなかったけれども、王の目に映る12王子はすでに尋常ではなかった。
さきほど正妃に仕えていた侍女たちの変わり果てた姿も見かけた王は、息子の言う通り、眠りについていた者たち、警備についていた者たち、すべてを正妃の部屋に召集した。
勿論、この惨状を見た家臣たちから悲鳴が上がったのは言うまでもない。
「12王子。そなたの申す通りにした」
「ええ。上出来です。いつも玉座に座っているだけの父上にしては早かったですね」
12王子はニッコリと笑って王に近づき、そして通り過ぎた。
自分を挟んで父を背中に、12王子は怯えている家臣たちを前にして短剣を振り回してみせた。
「悪かったな、こんな夜中に騒いで」
「12王子、こ、この有様は…」
「まあじきに分かる。それよりも、皆が仕えている王はまだ生きているわけだが、やはり自分に何があっても王を守りたいと思うものなのか?」
12王子の言葉に、家臣たちはざわめきを漏らす。
だが、皆口々に「はい」と頷いた。
「そうか…。父上、よかったですね。皆の忠誠心は本物のようです」
12王子は後ろを振り返る。
王はうつろな目で視線を動かしながら返事をした。
「ならばそれを確かめたところで、さきほどの話の続きですが…」
12王子は短剣を空高く掲げて、叫んだ。
「父上、皆に命乞いをして下さい。自分の命を救うため、皆の命を差し出せ、と」
途端女性たちの叫び声が上がった。
すぐさま腰の刀に手をかけた武官もいたけれど、すぐに気付いた12王子に刀は振り払われた。
「皆に私は斬れぬ。よく考えてみろ。私に殺された兄上の武術はいかほどだったかを」
12王子は家臣たちに背を向けて再び父王の横を通り過ぎ、側にあったベッドに腰掛けた。
彼の前に横たわっているのは小さな王女たち。
「さあ。どうしますか?」
王子は今にも噴出しそうなほどに笑いをこらえている。
王はチラリとたくさんの家臣たちを見渡したが、目を堅く閉じ、大きく首を振った。
「できぬ…わしにはできぬ」
「ほお…なぜですか?皆の命と引き換えに助けて差し上げようと言うのですよ?」
「わし一人の命と皆の命…天秤にかけられるものではない…」
「ならばなぜ?どうして!私の命は簡単に棄てられるのか!!」
突如12王子は大声を上げた。
王は目を見開いて息子を見る。
「この状況で、自分の命さえ危ういというのに他人を気遣うことができるのであれば、なぜ私の命はいとも簡単に斬り捨てるのか!私の命とこの者たちの命、同じではないのか!」
12王子はベッドから降りて再び父王に短剣を突きつけた。
「いいでしょう。立派なお言葉です。それでご満足と仰るなら、せめてもの情け、子自らが父の命を刈り取りましょう」
「お止め下さい、12王子」
ざわめく家臣たちの中から一人の声が響き渡った。
それは、今夜王と共に明日の計画について話をしていた第一家臣だった。
「お止め下さい…12王子…」
第一家臣は、手に小刀を持っていた。
「それで私と戦い、父を救うか」
「いいえ。私は…あなた様をもお救い申し上げたいのです」
そしてそのまま、己の腹をかき斬った。
「12王子…たった一人のお父上まで…手にかけてはなりませぬぞ…」
この家臣が絶命した頃、他の者たちも涙を流しながら次々に命を絶った。
12王子に短剣を突きつけられたままの王は、黙ってその様子を見ているしかなかった。
真っ赤な海に浮かぶたくさんの者たち。
混ざり流れる透明な雫はやがてに赤に埋もれ、その形を失う。
王がしきりに流すそれも海の一部となる。
無表情なままで家臣たちの命の火が消える様を見ている我が子に、王はすでに何も言う気力はなかった。
最後の一人が海の一部となった頃、12王子はすでに動きを忘れた父王に、手に持っていた短剣を渡した。
「楽になりたいでしょう?望みを叶えて差し上げましょう」
王はゆっくりとそれを受け取り、己の首を貫いた。
この城から完全に『生』が失われたのを確認した12王子はベッドに腰掛けた。
まるで向かいあうように倒れている父と母。
父に仕えるがごとく倒れているたくさんの家臣たち。
ふと思い立って窓を開けると、勢いよく風が入り込んできた。
王子は戦争というものを知らないけれど、きっと負けた国はこのようになるのだとなんとなく思った。
本当ならばこうして殺されるのは自分であった。
しかし自分は今生きている。
これも、定められた運命に抗ったと言えるのだろうか。
王子は月明かりに浮かぶ城下をぼんやりと見つめていた。




