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ローズ  作者: 紫藤なごみ
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4.寝物語-2

それはすべてが眠りにつく夜。

昼を好まぬ生き物たちが静かに行動を始める夜。

王は明日の計画を家臣たちと話し合いをすませ、己自身も眠りにつこうとしていた。

この興奮冷めやらない気持ちをどうにか落ち着かせようと今夜はどの妃の部屋を訪ねようか迷いあぐねていた。

若い妃の元へ行って一気に発散するか、それとも糟糠の妃の元へ行って語り合うか。

明かりもその強度を潜め、王の歩く道をひっそりと照らし出している。

思わず常に日の差さぬこの城の地下牢を思い出してしまうほど。


明日、一人子どもを失う。

たくさんいる子の中の一人であるから惜しくはないが、ふと、その子の母親のことが思い出された。

一番最初に娶った妻、正妃。

正妃とその子について今更語りたいとも思わなかったが、王の足はそちらへ歩むことを決める。


誰も共を連れず王は一人正妃の部屋へ。

正妃にはまだ小さな王女たちが数人いる。

可愛い娘たちを起こさないようにと気遣いながら王はその部屋をノックした。


だが、返事がない。


正妃自身から音沙汰がなくても、すぐさま正妃に仕える侍女たちが王を中へ導きいれるものなのだが、今夜に限っては一人も侍女が出てこない。

王は少々腹を立てつつも自分の手でドアノブをひねった。


部屋の中は真っ暗だった。

しかし開け放たれたカーテンの隙間から月明かりがうっすらと部屋に差し込んでいる。

その中で浮かび上がる一つの影。


「正妃、まだ起きておるか…?」


王は静かにその人影に近づきながら声をかけた。

が、途端何かにつまづく。

そして足元にはヌルリとした感触。

目の前にいる影は何も答えずにそこにいた。


「正妃…?」


王はそのつまづいたものを避けて人影に近づこうとした。

だがまた何かにつまづく。

今度はさきほどのそれよりも少々大きなもののようだ。

王は一体何だと思い、そのつまづいたものを覗き込んだ。


部屋の中は薄暗かった。

しかしまるで見計らったかのように明かりを強くした月は、それの正体をはっきりと王に示した。


王は悲鳴にならない声を上げた。

「せ、正妃…?!」

そう、王の足元に転がっているそれは、まぎれもない王の正妃。

しかしいつも優しく微笑んでいた面影はなく、変わり果てた姿でそこにいた。

王はその場に座り込んだ。

ベトリと手に触れたそれはまだ温かかった。

認めたくはないがそれは赤い色をしているのだろうとぼんやり考えながらさきほどつまづいたものをも確認する。

よく目をこらすとそこにあったのは一つではなかった。

王と正妃の間に生まれたまだ小さな王女たち。

王女たちも母である正妃同様見るも無残な姿で重なりあっていた。


王はしばし呆然として暗闇にぼんやり浮かび上がるそれらを見ていたけれども、

ふと我に返ったかのように先ほどの人影があったところに視線を向ける。

影はまだそこにあった。


「そなた何者だ…?どこぞの国のスパイか?刺客か?」

すると突然笑い声が部屋中に響いた。

「ア…ハハッ…。我が子の顔をお忘れになったのですか?父上」

影はゆっくりと王の側に寄った。

ようやく王は、影の正体を知った。


「12王子か…?そなた、ここで何をしておる。明日の早朝そなたはここを発つ予定であろう…?」

「ええ。ですからこうして母上と妹たちに会いに参ったのですが…」

「そ、そうだ。12王子。そなた、ここで何があったのか知らぬか?今わしの足元に」

「転がっていますね。母上と、妹たちであったモノが」


王は突然違和感に襲われた。

あまりにも12王子が冷静に言葉を発するゆえであろうか。

王は背中におかしな汗が伝い落ちるのを感じながら正妃の部屋を飛び出す。

そしてそれほど遠くない場所に点在する側室たちや子どもたちの部屋を一つ一つ走り回った。


だが、王の目に映ったものは、正妃の部屋で見たものとまさに同じ光景であった。


ある者は胸に剣と突きたてられたまま、ある者はいまだ鮮血を滴らせたままそこにいる。

一見しただけでは誰であるのか判別困難な者までいた。

ただ一つはっきりしたことは、王にとって家族と呼べる存在が、12王子を除いてすべて失われてしまったということだった。


王は呆然としたまま再び正妃の部屋に戻ってきた。

そしてゆっくりと部屋の明かりを灯す。

はっきりと浮かび上がった現実。

部屋中が真っ赤な海に沈んでいるかのよう。まるで地獄絵図。

そんな中、全身に、と言い切っていいほどに血を浴びている12王子が立っている。

己の手に染みついた誰のものとも思えぬ真っ赤なそれをぺロリと舐め上げた彼からは、異様なほどに死の匂いがした。


「12王子…そなたがやったのか?いや、そなたはそのようなことができるような子ではなかったはず…」


クスクス笑いながら12王子は父王に近づく。

王は顔を真っ白にしたままそこにいた。


「父上。父上の知る私は一体どのような息子ですか?」

父王と少し距離を置いて立ち止まった12王子。

その後ろには無残な姿の正妃と幼い王女たちの姿。

「そなたは…昔から優しい子であった。兄や姉たちを気遣い、弟や妹たちを慈しむ…」

「そうですね。私は、父上のようでありたいとずっと思ってきました」

ニヤリと笑った息子に、王はまた違和感を感じた。


「そなた、母や妹たちをこのような目にあわせた者を見ていないか?そなたも怪我をしているのではないか?」

「私は怪我などしていませんよ?これは…母上の血です」

「母のために曲者と戦ってくれたのか?」

王の違和感はどんどん増す。

その正体を掴むため王はポツポツと唯一残った家族に問い続ける。

淡々と自分の問いに答える12王子は姿こそ12王子ではあるが、

しかし今目の前にいる12王子がどうしても自分の知っている12王子とは別人に見えて仕方がないのだ。

すでに王はドクドクと次第に強さを増す己の鼓動に潰されそうになっている。

だがそんな父の様子を知ってか知らずか、12王子は突然高笑いを始めた。


「アハハ。父上、本気でそんなことをおっしゃっているのですか?…母上が一番手ごわかったのです。だから母上の血を一番多く被ってしまった」


王の違和感は極点に達し、その途端はっきりと答えが導き出された。

しかしそれに気付いた時、王の首には12王子が持っていた短剣が突きつけられていた。


「や、やめよ、12王子。優しかったそなたがなぜこのような凶行を。しかも母だけではなく、同腹の妹たちまで…」

「母上も了承済みだったそうですね。私をエサにすること」

「…!」

王の顔色がますます悪くなったのを、12王子は見逃さなかった。

「な、何のことだ?」

「心当たりがあるでしょう?私は今日限りの命だったのだと」

王はようやくあの計画が12王子本人に知れていたことに気付いた。

しかしそれよりも今まさに自分の首を貫こうとしている短剣を何とかしなければと色々思案していた。

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