前奏 霧の城
一人の男が寂れた城を見つめている。
今宵は満月、しかし酷く立ち込めた霧が視覚を遮断する。
だが、そんな事は気にも止めずに男は城に向けて歩きだす。
右手には禍々しい装飾が施された剣。
しかし男の立ち振る舞いの所為であろうか、一種の神々しさをも感じる。
城門まであと少し。
男の顔色は伺えない。
ただ一つはっきりと感じるのは、深い決意を秘めた後ろ姿だという事。
「そこにいるんだろ?」
男の低く、それでいて艶のある声が森の中にしんしんと響き渡る。
その瞬間、霧の中から飛来する物体。
魔力によって速度が飛躍的に上昇した矢が三本。
並の人間であれば気がつく間もなく絶命するであろう三つの悪意。
しかし男は焦る素振りもなく、悪意を右手の剣にて叩き落とす。
「獲った。」
その刹那、男の後ろに現れる影から髪が長く弓矢を携えた女が現れる。
しかし男は体制を整え足払いをかける。
堪えられず地面に倒れこむ女。
男は言った。
「許してもらおうとは思わない。償える事じゃないから。ただ自分に残された物、それを渡すまでは死ねない。ごめん。」
男が剣を天に振りかざすと、辺りが激しい光に包まれる。
女はそのまま気を失った。
「リシリア、君はこの僕をどう思うかな?酷い奴だと罵るかな?」
女に魔法陣による守護結界を施し、男は再び城に向かって歩き出した。