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本当の実力者 ~おっさん達の井戸端人物評価会議

 「いやぁ、まさか山井のやつがプロジェクトを成功させるとはな。あの年代の中じゃ、一番駄目だっただろう?」

 そう言ったのは、中田という年輩の男性だった。肩書きは部長。彼はシステムの運用部署に所属している。それに上村という男がこう返す。

 「いやいや、元々あいつは素質はあったと思うぞ? 単にスロースターターだったってだけじゃないのか?」

 上村は同部署の課長で中田は上司に当たる訳だが、それでも中田に対して気後れした様子は見せない。彼らは同期で気心が知れた間柄なのだ。それを聞くと、下北という男は数度頷いた。彼は開発部署の部長をしている。やはり、同期だ。

 「ああ、俺もそう思っている。山井と海原と野戸。この三人、実力は大体同じくらいだよ。入った当初からそんな感じだった。海原と野戸が先に業績を上げたのは、単に運が良かったからじゃないか?」

 

 この三人のおっさん達は、いずれも社内でそれなりの地位にいる。中堅の実力者として一目を置かれているのだ。その時、彼らは会議が終わった後、ブースで雑談をしていた。ここ最近でリーダーとして働き始めた山井、海原、野戸という三人の男性社員を、彼らは勝手気ままに評価していたのだ。

 

 「海原がまずは業績を上げた訳だが、あいつは、ほら、心臓に毛が生えているようなところがあるから、伸びる時は伸びるんだよ。ただ、その反面、慎重さが足りないから、失敗する時は失敗するんだな」

 中田がそう言う。ここ最近、海原という男性社員は目立った働きをしていなかったのだ。それを聞いて上村は笑う。

 「ああ、確かにな。業績を伸ばしていた時に、あいつが飲み屋で調子に乗っていたのを覚えているよ。あの時俺は、こいつは絶対にいつか失敗すると思っていたがね」

 下北がそれに「何言ってるんだ」とそう返す。

 「お前、飲み会であいつの事を褒めまくってたじゃないか。あいつが調子に乗って失敗したってのなら、お前だって悪いよ。が、あいつが調子に乗ったお蔭で、野戸に火が付いたってのはあるな。良い意味で、競争心を煽れたと思う」

 その言葉に上村が頷いた。

 「ああ、野戸が業績を上げたのはあれから直ぐだったもんな。ここ最近は、ちょっと低調だが、まぁ、こんなもんだろう。で、野戸が低調になったと思ったら、今度は山井がやってくれたわけだ。こう考えると、なんか、あいつら三人で交代で業績を上げているように思えるな」

 それを聞きながら、中田はある資料を眺めていた。それは、今回、山井がリーダーとなって成功させたプロジェクトの参加メンバーの一覧だった。

 「あれ? この子の名前、前も見た事があるな」

 そして、ふとそんな事を呟く。

 「誰だよ?」と、下北。

 「ほら、この子だよ。この鈴谷って子。確か、まだ若い女性社員だ」

 そう中田が返すと、上村が言った。

 「ああ、覚えているよ。この前、野戸が成功させたプロジェクトにも参加していたな」

 すると「あれ?」と、下北が言う。ペシペシと平手で自分の頭を叩きながら続ける。

 「ちょっと待て。その鈴谷って、海原が成功させたプロジェクトにも参加していなかったか?」

 それを聞くと、中田が直ぐにノートパソコンで当時の記録を調べ始めた。

 「ああ、いるな。確かに参加している……」

 そう言い終えると同時に、彼ら三人は顔を見合わせた。つまり、この鈴谷という女性社員は成功したプロジェクトの全てに参加しているという事になる。

 下北が尋ねた。

 「その鈴谷って女性社員は、どんな事をやっているんだ?」

 中田が答える。

 「主に雑用だな。資料をまとめたり、色々と補佐をしているらしい。便利屋って感じだ。だから、ちょこちょこと色々な所に顔を出しているんだが」

 それを聞くと、上村が言った。

 「なんだ。なら、偶然じゃないか? それくらいの事なら起こるもんだぜ」

 そう言い終えた後で彼は近くを歩いている女性社員の一人をつかまえた。

 「ああ、ちょっとそこの君、いいかな?」

 「なんでしょう?」

 「鈴谷って女性社員がどんなか知っているかな? 働きっぷりとか」

 「鈴谷さんですか? 知っていますよ。凄く確りした人で、とても助かっています。痒い所に手が届く資料のまとめ方をして、適切なアイデアを出してくれたり、皆のミスをカバーしてくれたり。この職場に入って、プログラム言語も直ぐに覚えちゃったみたいですよ……

 でも、残念ながら、そろそろ退職する事になるみたいなんです。なんでも結婚して子供が産まれそうなんだとか。本人は残りたいらしいんですけど、うちは出産後に残る人は少ないし……」

 上村はその女性社員の説明に顔を引きつらせた。女性社員は一礼すると、何処かへと去っていく。中田が口を開いた。

 「調べてみたよ。その鈴谷って女性社員は、中途採用だな。以前は“Bテック”って会社に勤めていたみたいだ」

 それを聞いて下北が言う。

 「Bテック? 覚えているぞ。確か、ちょっと前に伸びて来た中小企業だろう? ここ最近は話を聞かないが……」

 そう言いながら、彼はどうやらデジャブを覚えたらしかった。そのタイミングで、中田が言う。

 「Bテックが業績を上げていた時期は、ちょうど鈴谷って子がそこで働いていた頃だな。そして、その子がうちに入って来てしばらくしてから、あまり伸びなくなった……」

 それを聞くと、三人は何も言わずに再び顔を見合わせた。上村は席を立つと、人事担当者の席に向かって歩いて行く。歩きながら言った。

 

 「おい! 鈴谷って女性社員が辞めるのをなんとかして止めるんだ! 出産でも育児でもいくらでも休暇を与えて構わんから! 絶対に辞めさせるな!」

一緒に働いていて、地位は低いけど、優秀だなって思う人いますよね。

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