4 妄想は妄想のまま
「木原紗枝さん、好きです。よかったら、俺とつき合ってください」
やっぱりか! そういう流れだと思った!!
「なんで!? どうしてそうなった!?」
「俺、本気だから!」
いや、でも、ありえないでしょ。『姫』が『侍女』に告白とか。ダメだって! 『姫』は『騎士』とつき合わないとー!!!
「えー!? いやいやいや、恐れ多いです! ありえないから!!!」
そう叫んだら、川津くんがムッとした表情になった。
「……やっぱり、紗枝ッチは、俺じゃなくて堀田がいいの?」
「なんで、そこで堀田くん?」
いや寧ろ私としては、川津くんは私より堀田くんの方が良いんじゃないかと思ってるわけですが。
「だって、堀田は俺より背が高いから、紗枝ッチと身長が釣り合うし。紗枝ッチ、堀田と楽しそうに喋ってたし……」
ちょっと待って! 身長が釣り合うのはアナタと堀田くんでしょ!? 私が楽しそうに喋ってたって、そこは私と喋ってた『堀田くんが楽しそうで嫉妬した』の間違いじゃないの???
「だから俺、文化祭の後夜祭のとき、紗枝ッチが堀田と歩いてるの見て、そうなんだって思ったら、カーッとなっちゃって……」
何? 誤解ってそういうこと?
「あれはたまたま堀田くんを見かけて。一緒に川津くんを探してたんだよ」
「そうなんだってな……。堀田からそう言われて、誤解だったんだって気がついて。でも、もうカーッとなって紗枝ッチにひどい態度とった後だったし、意地になってたのもあって、今まで謝れなくて。ごめんな」
「そっか、そうだったんだ……」
誤解が解けてうれしいけど、でも、だからって地味系な私と川津くんじゃ見た目が釣り合わないから、つき合うとか考えられない、というか、想像すらしたことないよ!
「で、返事が欲しいんだけど……」
やっぱり返事しないとダメですか? えー? だって、侍女は姫とは次元が違うから、つき合ったらダメだと思うのよ。下々の者は下々の者でおつき合いすればいいんであって、川津くんのお相手は私のような地味な女子じゃないよ、絶対に! でも姫は侍女を希望してる……。なんでー?
グルグルと頭の中で考えている私をジッと見つめて待つ『姫』。
早く何か返事しなきゃ……!
「……お、オトモダチから、お願いします」
オトモダチなら、まだ許される気がするの。
私の返事を聞くと、川津くんはホッとしたような顔をして、ちょっぴり微笑んだ。
やっぱり姫の笑顔は癒やされるなぁ。
教室に戻ると、廊下で堀田くんが待ち構えていた。私と川津くんが一緒にいるのを見て、ニヤッと笑って何も言わずに自分の教室へ戻っていった。
あー、なんか誤解された気がする。私たち、つき合うことにはなってないんだよ~!
☆ ☆ ☆
翌日から、また川津くんとお弁当を食べることになった。当然のように堀田くんもいる。
「2人が一緒だと、やっぱりいいなー」
「へ?」
いや、つき合ってはいないのよ、私たち。
「俺じゃ、カワツの言ってること理解できなかったし」
「……料理の話?」
「うん、そう」
まぁ、それはねぇ。料理する人じゃないと分かんないことって多いし。
「木原さん成分が補充できなくて、カワツは弱っていくし」
なんだキハラサンセイブンって? 私は食べ物じゃないぞ―!
「俺は紗枝ッチがどんどんやつれていくから、すっごい心配だった……」
「え? そんなにひどかったかな?」
「木原さん、自覚なかったんだ? 目の下の隈とか、頬のこけっぷりとか凄いよ。元に戻るの、少し時間かかりそうだね」
「俺は、いつか倒れるんじゃないかって……」
「きっと、木原さんはカワツ成分が足りなかったんだね」
やーめーてー! 川津くん成分とか、恥ずかしい~!!! よく言えるな、そんなこと。
「もしかして、堀田くんって、恥ずかしいことサラッと言える人??? タラシだったりする?」
「……コイツは無自覚タラシ。紗枝ッチはあんまり近づくな」
「ひどいなー。カワツが2人きりだと意識して話せなくなるから一緒にいてくれって言ったくせに」
そうなの? えっと、それって、2学期の初めには、私の事好きだって自覚してたとか、そういうこと、なのか……?
「もう2人でも大丈夫だから、引き取ってもらっていいぞ?」
「いやいやいや! 今は私の方が緊張しちゃいそうなんで、是非いていただきたい!」
だって、自分のことを好きだって言ってる人と2人きりとか、考えたら、ちょっと、かなり、とっても緊張するんですけど!? 基本、侍女と姫だから、つき合うとか、ないとは思ってるけどね。オトモダチから……なんだし。でも、好きだって言われたら、やっぱり意識はしちゃうわけで。
川津くんは複雑そうな顔をしたけど、
「意識されないよりは進歩かなぁ……」
なんて呟いてた。
ところで、川津くんが焼いてくれたチョコレートブラウニーは、私のとはまた一味違って、ちょっとオシャレな味だった。クルミの代わりにドライフルーツを入れてみたそうで、パウンドケーキっぽいというか、なんか大人な味になっていた。
「美味しかったよ! ありがとう」
とタッパーを返せば、
「ホワイトデー、期待してる」
なんて笑顔で言われて、ちょっとドキッとした。
男女逆転してる気がするけど、姫と侍女なら、そのくらいのイレギュラーは仕方ないのかもって思う。
姫の笑顔にあてられて真っ赤になってたら、返したタッパーに入れておいたキャロットケーキに気づかれた。
「あれ? もうホワイトデーのお返し?」
「いえいえ。それとは別で」
もちろん、ホワイトデーにはもっと違うものを用意させていただきますとも!
それより、告白されてから、なんか姫が私に対して甘いんですけど、どうしたらいいですか!? 表情とか言葉とか、なんかもう何かが垂れ流しのようで、心臓のドキドキがバクバクになったりするんですけど、死んじゃいそうなんですけど、本気でヤバいんですってば!!!
「ところで。いつになったら名前呼びしてくれるのかな?」
ぎゃー! 気づいてた! 姫、勘弁して下さい!! 恐れ多くて、姫のお名前はまだ呼べません!
「……まだ、オトモダチなんで」
まだ、つき合ってはいないんだからね!?
「いいじゃん、オトモダチだって、名前呼びで」
でもでも! 地味系女子にはハードルが高いんだもん。
「そもそも、私のどこがいいの?」
勇気を出して聞いてみた。こんな地味な女子のどこがいいのか。このナゾが解けないことには、納得して先へ進めそうもない。
「最初に、祖母ちゃん直伝の玉こんにゃくの煮っころがしを『美味しそう』って言ってくれたでしょ? そんなこと言ってくれた女子は初めてだったし。あと、料理の話ができること。こんなに話の合うヤツは初めてなんだ。それと、笑うと目が細くなって、にゃんこみたいで可愛いなって思うし。それから、紗枝ッチの作るチョコレートブラウニーは、祖母ちゃんが作ってくれた蒸しパンみたいに懐かしい味がして、ホッとする。なんかとにかく、俺にとっては特別なんだよ、紗枝ッチは」
ぎゃー! ぎゃー! ぎゃー! 赤面と動悸が止まらないんですけど! 川津くんって、堀田くんのこと言えないよ! 絶対タラシだってば!!
「で? 名前呼び、してくれないの?」
真っ赤になって悶えてたら、顔を覗きこまれた。キレイな顔が微笑んでる。
「ヨシ、アキ……くん」
「ん?」
息も絶え絶えに、やっとの思いで名前を呼べば、よくできましたとばかりの満面の笑みを浮かべて返事をする姫。
でも、気がついちゃった。姫は最近、前よりちょっと男っぽくなった。もうすぐ『姫』なんて、呼んでられなくなる(心の中でしか呼んでないけど)。身長もいつの間にか私を追い越していて、堀田くんに追いつく勢いだ。
ヤバいんじゃない、これ? きっと私ったら、そのうち絆されて、流されちゃう気がする。
おかしいなぁ……。私の当初の計画はどこへ行っちゃったのよー。
まぁ、いっか。女子が苦手な男の人が、私のことを特別って言ってくれた。そこははずしてないから、私の妄想した計画は、きっと成功なんだって思っておこう。
おわり