3 まさかの展開
文化祭も終わって、今日から普通の授業。
さあ、今日からまた川っちゃんと戯れるぞー! と気合を入れて。
「川っちゃん、おはよう」
「……はよ」
斜め前の席にいる川っちゃんに挨拶。
ん? なんか川っちゃんのテンションが低い。どうしたんだろう?
「川っちゃん、なんかテンション低いね、どうしたの?」
「……別に」
えー? 別にって感じじゃないでしょ、それ。
文化祭で何かあったのかなぁ? やっぱり、後夜祭で川っちゃんの意中(だったらいいなと妄想)の堀田くんと踊れなかったから落ち込んでる……とか?
「堀田くんと何かあった?」
「……なんで、そこで堀田?」
思いのほか低い声になってる川っちゃん。……あれ? なんか分かんないけど、思いっきり『お姫様』のご機嫌が悪い。どうしよう、こんな川っちゃん、見たことない。
これは、アレね! 『お姫様』の侍女たるもの、姫を憂い顔にさせるものを排除せねば!!
そう思うのに、何をどうしたらいいか、思いつかない!!! 全然、これっぽっちも! あなたの憂いをなくすべき侍女を自負する私なのに! ヤバい! 川っちゃん、不甲斐ない侍女でごめんなさい! と心の中で全力で平謝り。
……とりあえず話題を変えよう。
「とっ、ところで、後夜祭って誰かと踊った?」
「……踊ってない」
あ、マズった。もっとテンション下がってる。
そっ、そうよねっ! 堀田くんと踊れなかった後夜祭なんて話題にしちゃダメだったんだわ! えっと、他の話題、話題……。
「そういえば、堀田くんって電車通学だったんだね! 文化祭の後、暗くなったからって駅まで送ってもらっちゃった!」
「ふーん。……よかったじゃん。堀田、木原さんのこと可愛いって言ってたし」
え? なんで?
なんで「紗枝ッチ」じゃなくて「木原さん」って呼び方になってるの?
「昨日の代休、暇だったからチョコレートブラウニー焼いたんだ! 食べるでしょ?」
「要らない。堀田にあげれば?」
なんで? 川っちゃんがよそよそしい。他人行儀だし、前に美味しいって言ってくれたブラウニーも拒否られて。
ずっと文化祭で忙しくて、目が血走った怖い顔になってて、ろくに話もできなかったから? 今日からまたたくさん話せるって、楽しみにしてたのに……。
「川っちゃん……」
「馴れ馴れしく呼ばないでくれる? 木原さん」
……あぁ、なんか、嫌われたんだ、私。理由はよく分かんないけど。
考えてみれば、今まで川津くんが私と仲良くしてくれてたのが奇跡みたいなものだったのかもしれない。
そうよ。ただでさえ地味な私なのに、文化祭準備で忙しくて怖い顔して走り回って、キレイで可愛い『お姫様』に相応しくない見た目になってたはずで。忙しさにかまけて『お姫様』を放ったらかしで、『お姫様』の憂いを排除することもできない役立たずで。
川津くんは、今までの私との関係を見なおしたのかも。
それで今、呼び方を変えて、あきらかに、線を引かれた。
「ごめんなさい……川津、くん」
どうしよう。オトモダチ計画、ポシャっちゃった……。いや、そんなことより、そういう不純な動機で川津くんに近づいた私にバチが当たったんだね、きっと。
不純な動機を持つ私は、後ろめたい気持ちがある。そんな私は、川津くんのそばにいる資格はない。
もう、川津くんに、話しかけられない。
☆ ☆ ☆
あーあ、嫌われちゃったなー。
あんまり川津くんの視界に入らないようにしないと。だって、姫の憂い顔は見たくないもん。地味で脇役風情な私のせいで、主役級の姫が憂い顔になるとか、ダメでしょ。嫌われたんなら、私の顔も見たくないだろうし。姫にはいつでも笑ってて欲しいから。
あと、川津くんと堀田くんのお弁当タイムはお邪魔しないようにしないとね! そういうのも、もしかしたら地味に苛ついてたのかもしれないなぁ。とにかく私の何が悪かったのか分かんないから、考えつくことは全部やっておこう。それがきっと、川津くんを利用して妄想を実現しようとした不純な私の償いなんだわ。
うん。がんばる。
それからというもの、私は川津くんと顔を合わせなくて済むよう、気をつけるようになった。
朝は1本早い電車に乗って、川津くんが来るずっと前に教室に入り、カバンから教科書やノートを出して机にしまう。その後は始業チャイムギリギリまでトイレで時間を潰した。
休み時間も、川津くんの視界に入らないで済むように、すぐに廊下に出た。
お昼は部室でもある美術準備室に行って、ドアの窓から見えない位置に隠れて、お弁当をこっそり食べた。人に見つかって「なんでこんなとこで」とか聞かれたらヤだし。川津くんと堀田くんの仲良しお弁当タイムはお邪魔はしませんよー。
けど清掃班だけは名簿順でどうしようもなかったから、忙しく黙々と作業をして、顔を見せなくて済むように気をつけた。これが一番気を遣う時間。
放課後、堀田くんが川津くんを迎えに来ても、私は教室から逃げて出していて、堀田くんから声をかけられないように気をつけた。私が川津くんの保護者を気取るとか、今から考えたら恥ずかしい限りだったわぁ……。暗黒の黒歴史だな、これは。
授業中に、そっと斜め後ろの席から川津くんを眺める。授業以外の時間は、川津くんの視界に入らないように教室から退避してるから、ちゃんと顔を見られないのが寂しいけど、仕方ない。
川津くんもプリントを後ろに回すとき、私の方を見ないようにしてるって、最近気がついた。
でも、そっと眺めるのくらいは許してもらえるよね? キレイで可愛い、私の理想のお姫様。自分の何がいけなかったのか、心当たりのあることは全部直すから、だから、ごめんね。
グルグルと堂々巡りの思考の渦。
不毛な時間。
川津くんとの、楽しかった、戻らない時間を思う。
☆ ☆ ☆
そのまま冬休みに突入し、何もないまま3学期。
川津くんの視界に入らないようにする、相変わらずな生活。
でもこの頃、たまに川津くんが物言いたげにこっちを見てる気がする。一回、バッチリ目が合ったことも確かにあった。でも川津くんから何かを言われるって思ったら、怖くて胸がキューッとした。
あの冷たい声がよみがえる。
『馴れ馴れしく呼ばないでくれる?木原さん』
思い出せば、今でも冷水を浴びせられたような気持ちになる、あの声、あの言葉。
アレがまた……? と思ったら涙が出そうになって、慌ててトイレに逃げ込んだ。女子トイレなら川津くんも追って来られないだろう。
しかし、2年生になってから川津くん一色の生活してて女子の友達作ってなかったから、誰かに相談とか愚痴るとか、そんなこともできなくて。今さらどっかのグループに入れるわけでもなく。一人で過ごすことが増えたと気づく。えぇ、今更ながらに気づきましたとも。女友達の一人もいないってことに。なんたって、川津くんと『同性のオトモダチ』的な気持ちでいたからなぁ……。まぁ、いいか。このまま女子トイレの主として君臨しても。
そう、川津くんを避けて女子トイレに入り浸っていたら、『女子トイレの主』というなんだかなぁな称号を手に入れてしまったのだ。
だから、女子同士の嫌がらせとか、そういう現場に居合わせることが増えてしまって。トイレってそういう現場になりやすいし。でも私が何もしなくても、私の顔を見て相手の方が「マズいっ」って顔して去っていってしまうようになった。なんか、幽霊でも見たような顔っていうのかな? 私って、そんなに怖い顔してるんだろうか……。
そんなこんなで、2年生教室近くの女子トイレで悪いことをするとトイレの主様から祟られるとかなんとか、そんな噂があると部活の後輩から聞いた。……おかしいな。
唯一の救いは、部活の時間。
描きたい絵を描き散らかして、後輩たちとおしゃべりして。
2年生は幽霊部員が多くて、それで私が部長になったんだよね。
「最近、紗枝さん、やつれてません?」
「……そう?」
うーん、確かに食欲は前よりないかも。
朝ご飯はけっこう食べられるけど、お昼と夕ご飯になると食欲が落ちてるから。お弁当も前ほどの量は要らなくなって、残しちゃうことが増えた。最近、小さいお弁当箱に変えた。
「そうですよ~。夜、ちゃんと眠れてますか?」
「大丈夫。気がつくと朝だから」
眠れないな~と思ってても、いつの間にか眠ってるみたいで、気がついたら朝だし。ただ、3時半とか4時とか、すっごい早朝なだけで。
そんなに早起き出来ちゃうんなら、牛舎の手伝いとか新聞配達でもした方が有意義かも……なんて考えたりするけど。
少し睡眠不足で頭がぼんやりしてるせいか、毎日1日が早くて助かる。『お姫様』から逃げてる時間が短く感じられて。
「あー、早く3年生になりたい」
毎日が早いから、きっと3学期なんてすぐに終わる。
「3年生になったらすぐ受験になっちゃうじゃないですか! 紗枝さんが引退なんて考えられないです。もう少しゆっくりでいいですよ」
と突っ込む後輩。
「だって早くクラス替えして欲しいんだもん」
それは掛け値なしの本音。1学期と比べて学校が楽しくないから、そう思っても仕方ないよね。
「ところで、バレンタインはどうするんですか?」
「部活でチョコの交換会しよっか!」
「イイですね! 楽しそう」
あんまり高くないのを人数分用意して、持って帰るのが大変だから嵩張るのはダメってルールを作って、それで当日にみんなで交換会しようって話をして。その日はそれで解散になった。
チラッと川津くんのことが頭を掠めたけど、それには気が付かなかった振りをした。
☆ ☆ ☆
バレンタイン当日。
いつものようにこっそりお弁当を食べてたら、堀田くんに見つかった。
なんで?
「木原さん、久しぶり。ちょっといい?」
確かに川津くんを避けてる私には、川津くんと仲の良い彼とも久しぶりだ。
「え? あんまり、よくない……けど」
それより、なんで堀田くんがここに? 川津くんとラブラブなお弁当タイムじゃないの?
「まぁ、そう言わずに。ちょっとそこまで、お付き合いしてよ」
ニヤリと笑う堀田くん。え、えー? なんかイヤな予感しかしないんだけど……。
思い切り渋ったのに、そんな私を堀田くんは強引に連れて行く。どこまで行くのかと思ったら、人気のない体育館裏。えー? なんか果たし合いとか申し込まれちゃう??? なんて想像してたら、そこにいた人影を見て、体が硬直した。
待って待って待って! なんで、どうして!?
パニックに陥る私。でも、それは頭の中だけで、声も出ないし、体も動かない。
久しぶりに見る川津くんの顔。
嫌われてるって分かってるのに、なんで会わせるの。これから川津くんに何を言われるのかと思ったら、怖くて怖くて動けなくなった。
「じゃ、ごゆっくり」
堀田くんが離脱する。
待って! 置いて行かないで!
大音量で叫ぶ心の声は届かなくて。
私は川津くんと2人きりになった。
「久しぶり」
川津くんは、ちょっと困ったような顔をして、そう言った。
「ちゃんと食べて、寝てる?」
どうかな? 前よりは少ないけど三食食べてるし、時間は短いけど眠ってはいるから、小さく頷いた。声はまだ出せそうにない。
「俺、仲直りしたくて……。もう、嫌われちゃってるかもだけど」
え? 川津くんが私を嫌ってるんじゃなくて?
「文化祭のとき、俺、すっごい誤解してたみたいで、ひどい態度とったから」
誤解? なんかあったっけ?
「今日、バレンタインだから、俺、チョコレートブラウニー焼いてみたんだ。紗枝ッチのには遠くおよばないかもしれないけど。でも、良かったら、受け取ってくれる?」
あ、また「紗枝ッチ」って呼んでくれるんだ。なんか分かんないけど、誤解とかは解けたの?
頭の中で情報が錯綜して、いろいろ飽和状態で、何も言葉を発せない。でも、なんか言わないと……。
川津くん、すっごく困った顔。
「また、『川っちゃん』て呼んでもいいの……?」
とりあえず、仲直りの印に、タッパーを受け取る。
「うん。……でも今度は、できれば、名前で呼んで?」
それって……。なんか、よくない流れだって予感しかしないんですが。
「木原紗枝さん、好きです。よかったら、俺とつき合ってください」