2 妄想の暴走
何事も無く終わった夏休み。いや、私は……ってだけで、もしかしたら川っちゃんは私と違って何かあったかもしれないよね!
2学期も相変わらず、川っちゃんで一色な私。
最近、川っちゃんと仲良しな男子がいて、妄想が暴走しまくっている。もう萌え萌えニヤニヤが止まらない。
堀田くんというその彼は、川っちゃんと同じハンドボール部で隣のクラス。いつも放課後になると「部活に行くぞ」って川っちゃんを迎えに来る。これは1学期からだったんだけど、2学期になったら一緒にお弁当を食べるようになった。あきらかに1学期より仲良しな姿に、夏休み中になんかあったんじゃないかって疑惑も浮上しちゃうってものよね!
あ、でも、お昼ご飯は2人の邪魔にならないようにした方がいいのかな? なんて思ってたら
「俺の方が2人の料理談義にお邪魔しちゃってるだけだから……」
と遠慮がちな堀田くん。
「俺のことは味見係とでも思ってよ」
なんて言うので、ちょっとチャレンジしてアレンジしてみたレシピの犠牲者になってもらうようになった。もちろん犠牲にするだけでは申し訳ないので、デザートのお菓子を賄賂として献上しております。
お陰で、なんか堀田くんとも気軽にお話するようになっちゃって。彼らが部活に行くときも、
「あ、木原さん、カワツ借りてくよー」
「うちの川っちゃんがいつもお世話になって……。よろしくお願いしますね~」
「任せといて~。カワツは俺が責任をもってガードするから」
「いい人がいてくれて、私も安心だわぁ~」
なんて、ふざけてみたり。なんとなく川っちゃんの保護者を気取っちゃう私。
「……なんなんだよ、それ」
それを見る川っちゃんは呆れ気味だ。
「じゃ、また明日」
「うん、またねー」
ひらひらと手を振って、ちょっと苦虫を噛み潰したような顔で教室を出て行く川っちゃんと堀田くんを見送る私。
堀田くんの方が背が高くてガッチリしてて、顔も強面までいかないけど男っぽくて。女顔で細身の川っちゃんといい取り合わせよね。2人のいけない様子を妄想して、思わず目がハートになっちゃうわ! 鼻血も出血大サービス! ってほど興奮よコレ。
こうやって、どんどん川っちゃんのお陰でゲイかも知れない知り合いが増えてったら、その中の一人くらい、私とお近づきになって、「アンタになら……」ってことになるんじゃないかな。なるといいな。いや、きっとなる。なるったらなる! なるに決まってる!!
そんな心の声が心からはみ出ちゃってたみたいで、気がついたら教室に残ってた数人が引きつった笑みを浮かべていた。……反省。
☆ ☆ ☆
さて、2学期のメインイベントといえば文化祭。
うちの高校では、文化祭の後夜祭でフォークダンスを恋人同士で踊ると、ずーっと仲良しでいられるってベタな伝説がある。
昔はキャンプファイヤー的な大きい焚き火の周りで踊ったらしいけど、今は焚き火後の片付けの大変さとか環境問題的なアレで焚き火はなし。その代わり校庭の真ん中に櫓を組んで、大きなライトで周りを照らすのだ。……去年見たとき、思わず「盆踊りかっ!」って突っ込んじゃったよ。
今年は是非とも川っちゃんと堀田くんでペアになって踊って欲しい。堂々と男同士で踊るのは抵抗あるだろうから、こっそり校庭の片隅でも可。そんで永遠の愛を誓って欲しい。……と妄想。
いや、この妄想が現実になるようにお手伝いしたい!
とは言え、私は美術部の部長で、文化祭前は準備に追われてしまって。川っちゃんと堀田くん仲良し計画なんて発動できるはずもなく。
とりあえず、文化部の部長会の仕事をする。文芸部の原稿を検査。ときどき18禁まがいのアブナイのがあるので、文化部の部長みんなで手分けして検査するのだ。人数ギリギリの文化部が多いから、助け合いが重要なの。
その他に自分の作品も仕上げて展示の計画を作って、家庭科部の作品を見せてもらいつつ手売り予定のお菓子を試食し、科学部の展示物やら当日に見せる実験なんかをチェックした。
3年生の先輩方から文化部の部長会の長っていう偉いんだかなんだか分からない立場を押し付けられているので、この時ばかりは忙しいのである。生徒会から「文化部ダメじゃね?」なんてことを言われて予算を減らされないように、ココががんばりどころだ! とプレッシャーかけられてるし。
怒涛のような仕事をこなし、川っちゃんと戯れる暇もないまま文化祭の当日になり、ちょっとしたトラブルの連絡を受けては解決に走り回り、気がついたらいつの間にか後夜祭になっていた。
文化部の片付け状況を見て回って、恙無く終わったことを確認。全部が終わったとき、気がついたら後夜祭も残り時間半分って頃。
視界の端に堀田くんを発見!
「堀田くん、お疲れー。後夜祭はー?」
「んあ? 木原さん、お疲れー。……俺、相手いないし」
「んじゃ、一緒に会場まで行こう」
「はぁ? カワツは?」
ん? やっぱり堀田くんも川っちゃんと踊りたいのかな?
「一緒に探そっ」
ニマニマしながら堀田くんの袖口をつかむ。堀田くんは苦笑しながら大人しくついてきた。
……けど。
おかしいなぁ。いくら探しても川っちゃんが見つからない。
「カワツ、いないなー」
「いないね~。もう後夜祭終わっちゃうのに」
「帰ったかな」
えー!? 堀田くんと踊らないで帰ったの!? ダメじゃん川っちゃん! せっかくの仲良し計画の総仕上げが……! いや、文化祭の忙しさに何の計画も発動してないけど。
「仕方ないね。帰ろっか、堀田くん」
「……残念だったな」
「うん、まぁ、また来年があるさー」
そうだよね、堀田くんだって川っちゃんと踊れなくて残念だったよね! けど来年もあるさ! 来年のラストチャンスに賭けよう。
「荷物取ってきなよ。暗いし、送るから」
「え? じゃあ、駅までお願いします」
ちょっと女子扱いされちゃった! なんか嬉しい。
駅までの道、堀田くんと2人で川っちゃんの話に花を咲かせる。
「カワツと木原さんが料理の話してると、なんか女の子同士で仲良く語らってる雰囲気だよね」
なんて堀田くんがクスクス笑いながら言う。
「カワツに言うと『女子扱いすんな!』って怒られるから言わないけど」
「えー? 仲良し女子に見える~?」
それは嬉しい。川っちゃんと仲の良いオトモダチになるっていう私の野望の第一段階が順調に進んでるってことだよね!
「雰囲気がね、そういう感じ。でも、カワツがあんなに気を許してる女子、初めて見たよ」
「うちは弟が2人もいて、私の方が男っぽくてガサツだから、川っちゃんも気安いのかもよ?」
「カワツは姉さんが4人もいるしね」
そう言って、またクスクス笑う堀田くん。
隣りを歩くその横顔を見上げつつ、今は川っちゃんの身長が私と同じくらいだから、きっと堀田くんとなら理想の身長差よね~なんて考える。
話してて気づいたけど、堀田くんも電車通学だったらしい。でも方角が違うからか、電車の時間が全然違ってて駅で会ったことがなかった。川っちゃんは徒歩通学できる場所に住んでるそうで、堀田くんは部活の遠征で朝早い集合のときとか、前の晩から川っちゃん家に泊めてもらったこともあるんだって! ……鼻血が出そうな妄想をしちゃうとこだったよ、危ない危ない。
「2年になってから、よく練習試合を見に来てたでしょ。差し入れ持って」
あ~、はいはい、確かに見に行ってましたよ。でも、他にも見に来てる人いたと思ったけど、私ってそんなに目立ってたかな? 目立たないように気をつけてたのに。最初はね、川っちゃんのリクエストのチョコレートブラウニーをお持ちしただけだったんだけど。そのうち、一生懸命な川っちゃんの姿に目が離せなくなって。なんか、練習試合があるって聞けば、行くようになっちゃってたのよね。
「女子が見に来てると、いいとこ見せようってメンバーも張り切っちゃうから。カワツも珍しく張り切るし。……あ、女子がカワツを見に来てキャーキャー騒ぎ出すと、カワツはテンション下がるんだよ。でも木原さんは静かに見守ってる感じでさ。木原さんって、他の女子と一味違うよね」
あ、変わってるって言いたいんですね、わかります。でもそれって、私みたいな地味な女子でも、いないよりマシってことですか?
いやしかし見守るとかそんな、あれは、川っちゃんと誰のカップリングが素敵か……なんて妄想してて、声出して応援するとか騒ぐとか、そういう次元にいなかっただけなのよね~。堀田くんが一番お似合いだと再認識しちゃったよ、お姉さんは。
「ハンドボールって、バスケとかサッカーとかと比べるとやっぱりマイナーなスポーツだから、最初はカワツの見た目に釣られた女子もすぐ飽きちゃって来なくなるんだよね。木原さんはそんなことなくて、飽きもせずにずっと来てくれたけど、文化祭近くはさすがに暇がなかったみたいだね」
「うん。すんごい忙しかったー」
お昼もおにぎりをパパパッと口に詰め込むだけで、あとは文化祭準備に走り回ってたし。一緒にお弁当食べる暇もなかったもんなぁ。
「ホント、ここ数日は目が血走ってて、怖い顔になってたよ」
「うそ! そんなに怖い顔してた?」
「してた」
ニヤニヤ笑う堀田くん。えー、ヤバい。ただでさえ地味な女子なのに、その上怖い顔とか、キレイで可愛い川っちゃんのおそばにいられないレベルになってたんじゃん!
たぶん、そんな顔見られてたんなら、川っちゃんから引かれてると思うわ―。あー、私の仲良しオトモダチ計画が~ぁ。
「だってさー、本当ならこの文化祭までは3年生が部長のはずなのに、うちの部は3年生がいなくて、去年から私が部長になっちゃってて……。ホント、他の文化部の部長さんたちって3年生だし、それに混じると私が良いように使われるわけよ。先輩には逆らえないし。大変だったわ~」
「その割には生き生きしてたよね」
「まぁ、好きで文化部にいるわけだし。生徒会執行部の連中を見返してやるって思えば、なんか燃えるのよねぇ。忙しすぎて、川っちゃんと戯れる時間がなかったのは誤算だったけど」
「カワツも寂しそうだったよ」
「そうなの? 川っちゃんは大事なオトモダチだし、明後日からまた友情を深めなくちゃ!」
そう言ったら、堀田くんがちょっと驚いた顔をして、それからものすごく残念そうな顔をした。……なんだろう?
「あ! オトモダチって言っても、私の感覚としては川っちゃんはキレイな『お姫様』だから、私なんかがオトモダチとか恐れ多いんだけどね。地味な私はお姫様の侍女役として、お姫様が憂い顔にならないように気を配るのが最優先事項です」
本当は、お姫様に相応しい騎士役を見つけてくっつけたいってのが一番だけど。
「木原さんは、好きな奴とか気になる人とかいないの?」
「え? いないよ~。今は川っちゃんのオトモダチ兼『侍女役』で精一杯だもん」
「……一応、人間関係ではカワツが最優先ってことでいいのかな?」
「ん? えー、あー……そういうこと、に、なっちゃう、の、かなぁ……。でも、私じゃ川っちゃんの恋愛対象になり得ないから、そういうのじゃないけどね」
川っちゃんのようなキレイで可愛い人には、私のような地味な子じゃ釣り合わないもん。川っちゃんの隣には、もっと見目麗しい人が相応しいよ、絶対。
とか考えこんでたら、隣りで堀田くんがおでこに手を当てて眉間にシワをよせていた。……なんだろう?
そんな話をしてたら駅に着いたので、堀田くんに送ってもらったお礼を言って別れた。
さぁ、明日は文化祭の代休。明後日から、また川っちゃんと仲良くするぞー!