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オズと私と4つのキスの魔法  作者: 夏田すいか
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ドSな赤錆び

「あなたさぁ~。ちゃんと歩けないの? ちゃんと! さっきから転んでばかりじゃない。しかも、自分で立てないし」


 かかしと出会ってから歩いて一時間経ったぐらいから、田畑の間から今度は深い森へと進路を変更した黄色いレンガの道は急にひび割れ、ガタガタになってきたのだ。

 詩衣とトトはそのひび割れた部分を上手く避けて歩いたので問題はなかったのだが、かかしはそんなことを気にせず、ただ前へ前へと進んでいくので、しょっちゅうそのひび割れに足をつっこみ、盛大に転んでいた。

 しかも、じたばたと騒ぐだけで、自分では決して起き上がれないので、いちいち詩衣が手を貸して立たせてやらなければならなかった。


「だって、私、動くとはいえかかしなもので。頭の先から足の先まで藁一〇〇パーセント。脳味噌とかがないのですよね。だから、深く物事を考えることもできなくて……。でも、藁でできているからこそ、転んでも痛くないし、お腹が空いたり、疲れもしないので別に問題はないのですよ」

「起こす方は大変なんだけどね……」


 詩衣もそんな風に言われてしまっては、それ以上文句を言うことができず、黙ってかかしが転ぶ度に彼を起こしてやるしかなかった。


「つかれたぁ~!」


 そんなわけだから体力の消耗も早い。


「いつまで続くのよ! このでこぼこ道!」


 しかし、そんな詩衣の叫びとは裏腹に歩けば歩く程道は悪くなり、詩衣達はどんどんと人気のない森の奥へ奥へと進んで行く。


「何か不気味なんだけど……」


 ギャア! ギャア! とどこからか聞こえる獣の鳴き声に怯えながら、詩衣は気味悪そうに辺りを見渡した。

 トトも「ぐるるぅ~!」と低くうなったまま緊張した面もちでいる。

 しかし、一人だけ脳天気に普段通りなのはかかしだ。


「大丈夫ですよ。何も考えなければ怖くないです。ほら私のように頭をすっからかんに!」

「……本当、私もあんたになりたいわよ」


 詩衣は心底そう思った。


「本当ですか!? お嬢さん! なら、全身に藁を詰めればいいですよ! そうすればおそろいになれます! 試しに私のを少し詰めてみますか?」


 かかしは真面目に自分の腹部から藁を取り出そうとする。


「いや! それは勘弁!」

「どうぞ。どうぞ。お嬢さん! 遠慮なさらずに」


 詩衣がすぐさま断ったが、かかしはそう今にも藁を抜き取る構えだ。

 詩衣は慌てた。

 当たり前だが、藁詰めにされるなんて迷惑以外の何物でもない。


「いい! 本当に困る! 遠慮とかしてないから! ……てか、いつまでも『お嬢さん』って呼ぶのやめてくれる? 他人行儀だし、なんだか居心地が悪いわ」

「居心地が悪い……」


 かかしの動きが止まった。

 彼は一度に二つ以上のことを考えることができないのだ。

 詩衣はかかしと出会ったこの数時間でそのことを身をもって痛感していた。

 なので、わざと話をそらそうとこのような話題をふったのである。


「お嬢さん以外の呼び名ですか……」


 かかしは詩衣の予想通り、詩衣に藁を詰める事はすっかり忘れ、彼女の呼び名についてうんうんうなりながら、本気で悩み始めた。


「う~ん。なら、『お嬢様』とかどうです?」

「いや! なんか全然変わってないし! むしろ悪化してるから! ど~やっても私、お嬢様って柄じゃないでしょ? せっかくあだ名を考えるならもっと見たまんま、ちゃんと納得できるのを考えてよ!」

「見たまんま……? じゃあ『人間(♀)』とかですか? ちょっとめんどくさいですねぇ」

「直接的すぎるから!」


 詩衣は突っ込んだ。


「そりゃー見たまんまって言ったけど、それにしても直接的過ぎるから!」

「じゃあ、『ホモサピエンス(♀)』とか……?」

「いやいや! なんか余計遠のいたから! 余計めんどくさいから! もう! あなたにあだ名を考えてもらおうとした私がバカだったわ。……そーいえば私、あなたにちゃんと自己紹介してなかったわね。私の名前は堂炉詩衣。ひねらなくていいから普通に詩衣って呼んで」

「『ドロシー』さん……? いい名前ですね!」


 何を聞き間違えたのか、かかしがうれしそうに言う。


「堂炉詩衣だから! ど・う・ろ・し・い! 何聞いてるのよ!」

「だからドロシーさんでしょ?」


 かかしが心底不思議そうに首をかしげる。


「もう! 堂炉詩衣! 詩衣だって! ここの住人達はルルといいみんなこうなのかしら」

「わん! わん!」


 そんな詩衣の怒りを遮るように、トトが吠えた。


「どうしたの? トト? 何かいた? ……何もいないじゃない。驚かさないでよ。ん……? きゃあ!」


 詩衣の目の前に突如現れたのは赤い人型の物体だった。


「きゃつ! おばけ! ……ん?」


 しかし、それは固まっていて動かない。

 どうやら人でもお化けでもないようだ。


「……何これ? 錆びの塊? もう驚かさないでよ! トト! お化けかと思ったじゃない!」


 詩衣はそう言いながらその赤褐色の物体に触った。

 手にざらりとした感触がする。すると……


「……錆びの塊とは失敬な……」


 その赤錆びだらけの物体から声がした。


「何!?」


 詩衣は急いで、その物体から手を離す。

 その物体からは更に声がした。


「勝手に人の体に触るとはセクハラだぞ。お前は痴女か」


 名誉毀損で訴えたいレベルのとんでもない言いがかりである。

 しかし、今の詩衣には反論する余裕はない。


「きゃつ! 何⁉ この国では赤錆びまでしゃべるの? しゃべっちゃうの!?」


 この未知との遭遇に完全にテンパっている。

 一方、赤錆びと称されたものは不服そうだ。


「……違う。錆びじゃない。俺は『ブリキ』だ。ここに座っていたらいつの間にか錆びて、こんな姿になってしまったんだ」


 不機嫌そうな声で衝撃の告白をする。


「座ってたらって……いつから!? いつから座ってたらそんな事になるのよ!」

「知らん。気づいたらここにいて、何もすることがないからと座っていたらこうなった」


 詩衣の動揺とは裏腹に、自称ブリキは落ち着いたものである。

 他人事のようにそう言った。


「あんた、そんないい加減なことでいいわけ? 動けないってかなり重大なことじゃないの!?」

「別に必要は感じなかったからな。だから、特に不便はなかった」

「そんなんじゃだめでしょ!」


 あまりのブリキの他人事の様子に、詩衣は責めるような口調で突っ込んだ。

 すると、ブリキはまた不機嫌そうな声を出す。


「お前には関係ないだろ。……そんなに言うなら、そこにあるたわしでこすって、間節に油を差してくれないか? 俺の体と、あとそこにある斧も一緒にピカピカになるまでな」


 そう言って、ブリキは微かに視線だけを、彼の近くに置いてあるバスケットと、その側に置いてある彼の体よりも更に茶色がかった、小さな錆の塊に向ける。


「そんな近くにあるなら自分でやればいいじゃない! 人になんか頼まないでさ!」


 そのブリキの偉そうな態度にカチンときた詩衣は、少し強い口調で言った。

 しかし、ブリキは態度を改めない。


「自分でやれないから頼んでいるのだろ。さっきから言っているのにお前はバカなのか?」

「な、な、な、な……!」


 詩衣の声は怒りのあまり震える。


「何であんたなんかにバカ呼ばわりされなきゃいけないのよ! 自分こそ座ったままで錆びまみれになったバカ野郎のくせに! 不愉快だわ! トト! かかし! こんな奴ほっといてもう行こう! ……って、かかし?」


 今まで黙っていたかかしは何をしていたかというと――いつの間にかブリキに言われたたわしと油を持って詩衣の横にちょこんと座っていたのだ。


「何してるのよ!?」


 詩衣が驚いて問う。


「いや、二人が仲良くおしゃべりをなさっているから、少しでも邪魔にならないように座っていたのですけど……だめでしたか?」


 かかしは相変わらずトンチンカンな返事を返す。


「だめって……そういうことじゃなくて! まず、仲良くは一切ないから! そう見られたくもないし! ……とにかく! 私が訊いているのはあなたが手に持っている物! なんでいつの間にたわしと油を持ってきているのよ! まさかあなた! この俺様野郎の言うことを聞いてやるつもり!?」


 詩衣が怒鳴ると、かかしはにっこりとして――彼はいつも笑顔なのだが――言った。


「だって、動けないなんてかわいそうじゃないですか。今まで棒に縛りつけられ、自由がなかった私としては身につまされる話ですし。それに私ドロシーさんに助けてもらった時、本当にほんとぉ~にうれしかったのです。だから、ブリキさんも助けてあげたいのです!」

「……だから、ドロシーじゃないって」


 詩衣はそう言いながらも、かかしの言葉に動かされて(決してブリキの願いを聞き入れたわけではない)、渋々ながら自分もたわしを手に取る。


「うぅ~。なかなか取れない~。本人通りむかつく錆びだわ」

「余計なこと言ってないで手を動かせ」

「誰のためにこんなに苦労してると思うのよ! 本当にあんた、腹立つわね!」


 詩衣とブリキが度々小競り合いを起こしながらも洗い続けて一時間。

 トトが飽きてどこかにふらりと消える中、ブリキの体の錆びはすっかり取れ、やっとピカピカと銀色に光るブリキらしいボディーが現れた。


「ほら! 体も斧もきれいになった! 次は油を差さなきゃ! ……あれ?」


 詩衣はブリキの顔のある一部を見て首をかしげた。


「どうしました? ……あれ?」


 ブリキの方をのぞき込むとかかしも詩衣と同じように首をかしげる。

 当の本人のブリキはきれいになったもののまだ油を差していないので動けないし、動けたとしても自分の顔なので見ることができない。


「何をしている? もう汚れは落ちたのだろう? 早く油を差せ」


 自分だけ話題についていけず、ふてくされたような声を出した。


「あなたの目元にある黒い汚れがとれないのよ。小さいのだけれど何か気になって。まるで泣きぼくろみたい」


 しかし、詩衣はそんな不服そうなブリキの態度は完全に無視して、ブリキの左目の下の辺りを磨き続けた。


「それはいい」


 そんな詩衣をブリキが制す。


「なんで? 汚れたままじゃ気持ち悪いじゃない」

「いいったらいい」


 そのブリキの声は妙に頑なだった。


「……わ、わかったわ。じゃあ油を差すわよ!」


 詩衣はその迫力に反論することができず、その汚れを消すことは諦めることにした。

 ――油を差すのにまた数分。


「終わったぁ~!」


 詩衣とかかしはうれしそうに背中を伸ばした。

 ブリキも久しぶりに自由になった体をまるで準備運動をするようにガシャガシャと動かしている。


「何か言うことはないの?」


 そんなブリキに詩衣が三つ編みを触りながら言った。

 さりげなく言ったが(詩衣は言ったつもり)、もちろん彼女が求めている言葉は一つである。


「……何か言うことって……お前強く磨きすぎだ。傷ができている。たわしもろくに使えないのか」

「何よ! ふつーそこで文句を言う? 今の場面は私とかかしに感謝するところでしょ! これだけ苦労して磨いてやったんだから! あんたこそお礼もろくに言えないの!」

「まぁ、全身ブリキだから感謝する心ってか、心臓自体ないしな」


 ブリキは詩衣の剣幕はどこ吹く風でこんなことを言う。


「なんて奴! 今度こそ行こう! トト! かかし!」


 怒りが沸点に達した詩衣はその場からすぐさま引き上げようとした。


「わん!」


 トトもどこで遊んでいたのか草陰から現れ、同意というようにご機嫌で尻尾を振る。


「ちょっと待て。お前らこれからどこに行くんだ?」


 今にも歩きだそうとした詩衣にブリキが声をかける。

 自分は質問する立場なのにやはり偉そうである。


「……エメラルドの都へ。私も、かかしも、たぶんトトも、何もしたいことがないからしたいことを見つけに」

「……エメラルドの都だと……?」


 詩衣が口にしたその地名を繰り返し呟いたかと思うと、ブリキは手を額に当て、深く考え事をするように動きを止めた。


「な、何よ! 何なのよ!? せっかく錆びを落としてあげたのに、また、動かなくなるなんて! 油が足りなかったの? ねぇ? 答えなさいよ!」


 そう詩衣が慌てて問うが、ブリキは答えない。


「…………」


 黙ったまま、考えごとをするように遠くを見つめたままだ。


「ねぇ! ちょっと!」

「……俺もお前らについて行く」


 詰め寄る詩衣にブリキが唐突にそう呟いた。


「俺もやりたいことがないんでな。……それにエメラルドの都という名が気になる」

「はぁ!?」


 詩衣は思わず驚きの声を上げるが、ブリキは彼女のそんな怪訝な様子を気にせず、あたりまえのように斧とそして、彼が動くには欠かせない油を持ちながらかかしの背後へと並ぶ。


「何よ! 何勝手に並んじゃってるのよ! あんた、何様のつもり!」

「まぁまぁ。ドロシーさんいいじゃないですか。旅の仲間は多い方がいいですし」


 激怒する詩衣をかかしが宥めるがしかし、詩衣の怒りは収まらない。


「もちろん多い方がいいけど、こんな嫌な奴はいや! こんな不愉快な奴ならいない方がましよ! お断り!」

「別にお前に頼んだ覚えはない。そのかかしがいいって言うのだからいいんだろ? それとも、お前に全ての決定権があるのか? お前はそんなに偉いのか?」

「……っ! もう知らない! 勝手にしなさい!」

「あぁ。勝手にさせてもらう」


 何はともあれ、また詩衣達の旅に新たな旅のお供が増えることとなった。

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