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オズと私と4つのキスの魔法  作者: 夏田すいか
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誰よりも勇気のある彼と

「最後は僕だね」


 そう歩み寄ってきたのは白い燕尾服に身を包んだ太陽だった。

 ライオンの時と変わらない金色の髪が彼が動く度に照明に反射してきらきらと輝いている。

やはり人間に戻った太陽は声の通り若く、詩衣と同い年くらいの見た目をしていた。

しかし、歳が近くてもやはり王とわかったせいだろうか。

先ほどの麦と白銀以上に詩衣は緊張した。


「おう……」


 そう言おうとした詩衣の唇を太陽が人差し指で優しく塞ぐ。


「僕も二人と一緒。見た目は変わっても泣き虫で臆病なライオンのままなんだから。『太陽』って呼んで」

「……た、太陽」

「うん!」


 詩衣の呼び掛けに太陽は満面の笑みでうなずく。


「わっ! ちょっと太陽……」


 詩衣は慌てた。

太陽が突然詩衣の目の前に跪いたのだ。


「お姫様、私と一緒に踊ってくれますか?」


 太陽はまるで絵本に出てくる本物のお姫様に接するように詩衣に恭しく手を差し出した。


「……はい」


 詩衣は自分に向かって伸ばされた太陽の手をゆっくりと握る……。




 音楽に身を任せながら詩衣と太陽は踊り始めた。

 流れている音楽は麦の時と同じようにどちらかと言うとゆったりとした曲調だったがしかし、今度はかわいらしさではなく、気品ある大人らしさを感じさせる曲だ。

麦の丁寧な指導と白銀のスパルタ訓練のおかげで詩衣の踊りは短時間の間にだいぶ見られるようになっていた。


「……ありがとう。ドロシー」


 しばらく二人無言のまま踊っていると、急に太陽が静かな声で言った。


「な、何!? いきなりお礼を言うなんて! 私、何もしてないわ! 私の方がみんなに色々……」

「いや、君は僕に……僕達に色々なことをしてくれた」


 そんな詩衣の発言をゆっくりと首を横に振ることで遮ぎりながら、太陽がはっきりと言う。


「君は僕達にかけがえのないものをたくさん与えてくれたんだ。ドロシー……僕は今までずっと色々な物から逃げてきた。僕はドロシーが知っている通りの弱虫だから。父上の跡を継ぐのも怖くて、戦の指揮をとるなんてもっともっと怖くて……。だって、僕の命令一つでたくさんの人が死んじゃうかもしれないんだよ? ……怖くて、怖くて、僕は耳を塞ぎ、目を閉じた。その結果、たくさんの人が死ぬことになっても……。その臆病は魔法をかけられてライオンになっても変わらなかった。せっかく力があってもそれを生かそうとはしなかったんだ……。その力強い体を丸め、爪を隠し、その力を捨てたいとさえ思ったよ……。君に会って初めてだ。大切な人を守れる力があることに感謝したのは」


 そこで太陽は言葉を切り、一度地面に目を伏せた。

そして、再度何かを決心したように力強く顔を上げると、詩衣の瞳をまっすぐに見つめて、きっぱりとした口調で断言する。


「……僕は王位を継ぐよ。大切な人を守りたいから」

「太陽……」

「そりゃあ、あいかわらず怖いよ。僕は臆病な弱虫のままなんだから。でも……大切な人逹を守る力があるのに使わないで、その人逹を失う方がもっと怖い……。そんな風に思えるようになったのも君のおかげさ。君がこんな弱虫で臆病な僕を『かっこいい』って言ってくれたから、君が大切なものを教えてくれたから、僕は王位を継ごうと思えたんだ。本当にありがとう。ドロシー。……こんな弱虫な僕だけどきっと立派な王様になってみせるよ」


 そう言うと太陽は踊るスピードをゆっくりと落とし、止まりながら詩衣に向かって微笑む。

その笑顔は太陽らしいどこか情けない気弱そうな笑顔だったが、その瞳には今までにない力強さが宿っていた。


「そうだ。お前は立派な王様になるんだ。いくらお前が泣き虫でへたれでも俺逹が支えてやる」


 そんな太陽の肩にいつの間にか背後に立っていた白銀がポンと軽く手を置く。


「そうです。私逹が支えます。政治は一人でやるものではないのですから」


 そう言うと今度反対の太陽の肩に麦の手が優しく添えられる。


「白銀……。麦……」

「忘れないで! ちゃんと私逹もいるわよ!」


 太陽の前にルルとグリンダも歩み寄った。


「悪い魔女逹の悪政のせいで荒れてしまった東西の地域の整備は私逹に任せなさい。魔法であっという間に直してみせるわ」


 ルルが気の強そうな不敵な笑みを浮かべてそう言う。


「妹が迷惑をかけてすみませんでした。妹の不始末を正すのは姉の仕事。任せて下さい」


 グリンダも深々と太陽に頭を下げながらそう言った。

その表情はまだ少し悲しげだったが、何かを振り切ったような、前を向いた顔をしていた。


「ルル……。グリンダ……」

「太陽。あなたは一人じゃないわ。私も遠くで見守っている。大丈夫。あなたならできるわ」


 詩衣が太陽の両手を力強く握った。


「……ドロシー」


 詩衣のその瞳を見つめたまま、太陽が呟いた。


「……ドロシー。……帰るんだね」

「……うん」


 詩衣はその太陽の問いに静かにうなずく。


「本当は正直……帰るのが怖い。あなた達と離れるのも寂しいし……。……でも、あなた達と旅をして、あなた達に必要としてもらえて、こんな私にも必要としてくれていた人が……この先必要としてくれる人がいるんじゃないかって思えたの。だから、私は元の世界に帰るわ。辛いかもしれないけど、元の世界で頑張ってみる」

「……引き留めても無駄みたいですね……」


 詩衣の瞳を見て麦も切なげに言う。


「ごめん。麦。でも、私……」

「……おい。へたれキング。『あれ』を渡すのだろう?」


 そんな詩衣の言葉を遮り、白銀が太陽に何かを促した。


「へたれキングって……へたれの王様みたいでやめてほしいな。まぁ、間違いではないけどさ。みんな悪いけどちょっとついてきてくれないかな」

「えっ? 何?」

「いいから、いいから。ちょっと来て」


 詩衣は状況が掴めず混乱したが、促されるままダンスホールを出て別室へと移動する。

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