旅の仲間
「……あ、あのぉ……ちょっと視線が痛いんですけど……」
詩衣は大勢の小さいおじさん、おばさん……(以下またまた略)に囲まれていた。
目の前にはたくさんのごちそう。
ビルの屋上から飛び降り、オズの国に来てから何も食べていなかった詩衣には大変ありがたい物だったが、それにしても視線が痛すぎる。
「気にしていただけるのは大変うれしいのですが……正直……逆に食べづらい……」
「勇者様だ」
「あの方が東の魔女を倒して下さったんだ」
しかし、人々は詩衣から視線をそらすどころか、動物園のパンダってきっとこんな気持ちなのではないだろうかと思わせるぐらい彼女の一挙手一投足に注目してくる。
どうやらこの集会は、悪い東の魔女から解放してくれた詩衣のため、正確に言えばその解放の喜びを祝うために開かれたパーティだったのだ。
悪い魔女の奴隷から解放されて喜んでいたところに、ちょうどそのきっかけとなった詩衣が訪れたため(東の国中が詩衣が東の魔女倒したということを知っているというルルの話は本当らしい。どのような伝わり方をしているのかはわからないが、一目で詩衣が東の魔女を倒した者だということがバレてしまった)、詩衣は急遽主役として半強制的にそのパーティへと出席することになったのだ。
詩衣の前には、よくわからないままにたくさんの料理が並べられ、彼女を一目見ようと大勢の人達が集まってきた。
料理は皆、洋服や建物同様真っ青で、最初、食べるまでは少し抵抗があったが、勇気を出して一口食べてみると、味は絶品だった。
胃の中が空同然だった詩衣にはその見た目を気にしている余裕なく、かきこみたい欲求に襲われたのだが、いかんせん人々の視線が気になる。
「あのぉ……できれば私などは気にせず、ダンスに戻っていただければありがたいのですが……。その方がこちらも気兼ねせずに食べられるし……」
しかし、詩衣の切実な願望はマンチキン達には伝わらなかったようだ。
「そんな! そんな! お気になさらずに! あなたは私達の恩人なんだ! ダンスなんていつでも踊れます! それより少しでも恩人の恩に報いらなければ! さぁ! さぁ! 遠慮なさらずに! 他に何か食べたい物などありませんか? どんどんと持ってきますよ!」とトンチンカンな受け答えをする。
詩衣は『だめだぁ~』と諦めて、マンチキン達をあまり気にしない方向で食事をすることにした。
「あなたはきっと偉大な魔法使いに違いない」
何だかんだ言っても、とりあえず食べるだけ食べて満腹になった詩衣にマンチキンのおじさん――たぶんこの家の主と思われる男の人が言った。
「えっ! どうして? こんな平凡な私のどこを見てそんな風に思えるの!?」
詩衣は驚いて聞き返した。
あたりまえであるが、そんなことを言われたのは生まれて初めての出来事である。
「なぜなら、あなたは魔法の靴を履いておられるし、悪い東の魔女もやっつけて下さった。おまけに、あなたの服には白がはいっています。白は魔女や魔法使いだけが身に纏える色ですからね」
確かに詩衣が今着ている制服には白がはいっている。
「だから、魔法使いってそんな安易な……。これは制服! 学校指定なの! 私が通っている中学の女子はみんなこれを着ているわ! それに青も入っているし! それだけで魔法使いならうちの学校の生徒はみんな魔法使いよ!」
そう言って詩衣はマンチキンの男に見えるよう、着ているセーラー服の襟とスカートの端を引っ張ってみせた。
「ほぉ~おぉ~」
しかし、マンチキンの男はその詩衣の様子を見て、何かに感心したように、ひたすら深くうなずいている。
「……何よ?」
詩衣が気味悪そうに聞き返すと、男は心底感動したように言った。
「私達に気を使って、その服を着て下さるとは! 青はマンチキンの色、白は魔法使いの色。これで、あなたが私達の味方の魔法使いだということがわかります!」
「だめだこりゃ……」
これには詩衣も何も言う気がなくなってしまった。
「はぁ~あ」
主人のマンチキンが延々とする自慢話に聞き飽きて、詩衣があくびをしながらダンスを眺めていると、詩衣の座っている足下でもぞもぞと何かが動く気配がした。
「きゃあ!」
詩衣は驚いて立ち上がる。
「わん!」
すると、そこにいたのは黒い長い毛を持つ小さな犬だった。
つぶれた小さな鼻にキラキラと光る愛くるしい真っ黒な瞳、美人(美犬?)と言うわけではないが、愛嬌のある、かわいらしい顔をしている。
「うわぁ~! 犬だ! かわいぃ~! この世界に来てから初めてまともな生物を見る気がするわ! 男の子かぁ~! 鼻ぺちゃなところがまた愛嬌があっていいね! かわいい~! なんて名前なのですか?」
詩衣がとても口に出しては言えない部分を見て犬の性別を確認しながら、興奮した様子で訊ねる。
犬をなでまわしている詩衣を見ながら男が答えた。
「驚かしてすみませんね。そいつは迷い犬なんです。一応『トト』とは呼んでいますが、本当の名前は知りません。どこから来たかもわからないんです。ちょうど一ヶ月前くらいからふらりとこの辺りに現れて。一度餌をやったのがまずかったのでしょうか、こうやって勝手にうちの庭にやってきては餌をねだって。そして、餌をやるとまたどこかに去っていくのですよ。どこに住みついているのやら。それに……変なんですよ。そいつ私達と同じ言葉は使わず、『わん!』とか『きゃん!』とかしか言わないんです。そんな犬初めて見ました……」
「それが普通なの!」
どうやらオズの国では、小さいおじさん逹だけではなく、話す動物までいるらしい……。
絶対に遭いたくないものだなと思いながらも、詩衣はすぐさま突っ込んだ。
しかし、男は不思議そうに首をかしげたままだ。
「……普通ですか? 私はしゃべらない犬なんて初めて見ましたが……。魔法使いの方々にはそっちの方が一般的なんですかね? まぁ、いいです。夜が更けてきました。そろそろ寝る時間です。今夜は我が屋敷に泊まってくれるのですよね?」
男は詩衣がうなずくより先に、彼女を自分の屋敷へと案内しようとする。
「えっ……?」
詩衣は一瞬戸惑ったがしかし、どうせどこも泊まれるあてはない。
今夜はお邪魔させてもらうしかないようだ。
「じゃあ、トトちゃんだっけ? ばいばい。私、行かないと。君は君のお家に帰りな」
「うぅ~! わん!」
しかし、迷い犬改めトトはうなり、詩衣から離れようとしない。
詩衣が早足で走り、遠ざけようとしても、短い足で彼女を一生懸命追いかけ、くっついてくるのだ。
「どうしよ~う!」
詩衣はトトとの追いかけっこにへばりながら、途方に暮れた声をだした。
すると、屋敷の持ち主の男は笑って言う。
「はっはっは! 大変お懐かれになられたんですね。気難しい犬なのに。いいですよ。屋敷につれてきても。あなたさえよければ私は一向に構いません。そんなに懐いたんだ。旅のお供につれていったらどうです? しゃべらないので、話し相手にはならないが、少しはあなたの心を慰める手伝いにはなるでしょう」
「旅のお供……?」
詩衣がトトに訊ねるようにその言葉を繰り返す。すると……
「わん!」
トトはまるで「つれていって!」というように尻尾を左右に振りつつ元気に吠えた。
――これは同意の合図と見て良いだろう。
「よし! じゃあ、一緒に行こう! トト! エメラルドの都へ!」
――その晩、詩衣は男の屋敷の客用の部屋を借りて眠った。
男の許可を得てトトをベッドにつれて。
マンチキン用のそのベッドは詩衣には少し小さかったのだがしかし、トトを抱くと暖かくて、詩衣は夢も見ずにぐっすりと眠った。
こんなに気持ちよく眠ったのは久しぶりな気がした。