立ちふさがる激流
「それにしてもドロシーさんが異世界から来た方だったなんて知りませんでしたよ」
ひたすら西へ歩を進めながら麦が言った。
詩衣達はあの後一晩ゆっくりとグリンダの城で休養をとった後、南の国を出発したのだ。
「西の魔女は西の国のどこかにある城にいるはずです。太陽が沈む場所を目印に西へ西へと進んで下さい」
南の国と西の国の国境ぎりぎりまで詩衣達を見送りに来たグリンダが言った。
「こんな重荷をドロシー様達だけに背負わせることが本当は間違いだとわかっているのです。本当は他の誰でもないこの私が……私がどうにかしなければならないことであることも……。でも、今やあなた方しかこのオズの国を救える者は残されていないのです。どうかどうかあの子をよろしくお願いいたします……」
そう西の魔女を『あの子』と呼ぶグリンダの顔は今までの南の魔女の彼女とはどこか違っていた。
南の魔女としてのオズの国全ての人の幸せを願う彼女の姿はそこにはなく、誰か一人の人間のために心を痛めるただの人間の姿がそこにはあったのだ。
そんなグリンダに見守られながら、詩衣達は西の国へと足を踏み入れた。
「あれがグリンダさんの本当の姿だったのかもしれないわ……。あの悲しそうな顔……私の知っている誰かに似ているような……?」
「ドロシーさん?」
そう今も耳に残るグリンダの切ない響きの声と記憶の中の誰かの面影を重ね合わせていた詩衣は、気遣わしげな麦の呼び掛けで、意識を旅の仲間達へと戻す。
「ご、ごめん! ちょっと考え事をしてて……。それより、私がこの世界とは違うところから来たことを黙っていてごめんね。言い出すタイミングが見つからなくて……」
そして、彼らに向かって今まで自分がこの世界の住人ではない事実を黙っていたことを謝罪する。
「べ、別に謝ることはないよ! ど、どこから来てもドロシーはドロシーだもん!」
「わん! わん!」
「ほ、ほら! ト、トトもそうだって言ってる!」
詩衣の謝罪に太陽が首をぶんぶんと横に振ると言った。
「そうだな。どこの世界から来てもバカ女はバカ女だな」
「白銀さん。そういう時は太陽さんみたいに素直になった方がいいですよ? どこから来ても変わらずドロシーさんのことが大好きだって」
あいかわらずひねくれたことを言う白銀に麦がそう忠告する。
――麦の場合、顔が常に笑顔なのでこの発言を冗談で言っているのか、本気で言っているのかがよくわからない。
「あ、あほっ! 誰がそんなこと言うか! てか、やっぱりこんな時に限って名前を間違えないし!」
「ぼ、ぼ、僕もだ、だ、だ……大好きとかそこまでは言ってないよ!? ゆ、勇気がなくて言えないし……」
「ははは!」
そんないつも通りの三人と一匹に詩衣は思わず吹き出す。
「はは! あーっ! 笑った! ……ありがとう。トト。麦。白銀。太陽」
違う世界から来たという事実を知っても変わらずに接してくれる彼らの気づかいがありがたかった。
詩衣は仲間達の優しさに心の底から感謝しつつ、笑い過ぎて流れた涙を指でぬぐうと――急に何か決意を決めたような真剣な顔をする。
「……あのね。みんな……。私……。まだ他にもみんなに言ってなかったことが……」
「わん! わん!」
その時、いつの間にか詩衣達より先を歩いていたトトが急に吠え始めた。
「どうしたの! トト!?」
詩衣は何かを伝えようとしていた口をつぐむと急いでトトの後を追う。
「あっ! 大きな川!」
詩衣達の目の前に立ち塞がったのは大きな川。
旅の序盤で遭遇した崖よりもっと川岸と川岸が離れていて川幅が広い上に流れも早く、ゴウゴウと盛大な水しぶきを辺り一面に浴びせかけている。
何より問題なのがそのやっかいな川を渡る術が詩衣達にないことだ。
詩衣がいくら目を凝らせど、川の切れ目も橋さえも見えてこない。
「どうしよう? この川を渡らないことにはこれ以上西には行けないのに、橋が全く見えないわ。自力で渡ろうにもかなり川幅があって今回は太陽に跳んでもらうことも無理だし、流れも急だから泳ぐのも不可能そうだわ。それに正直、私そんなに泳ぐの得意じゃないからどうせ泳げないんだけど……」
「ぼ、僕も……」
そんな自分のプチコンプレックスを暴露して暗くなっている二人に、麦がいつもと変わらぬのんきな様子で言う。
「大丈夫。大丈夫。渡るのなんて簡単ですよ。シルバーさんにいつものようにそこら辺の木を切ってもらって、いかだを作ればいいのです。幸い南の魔女様にいただいた荷物の中にロープが入っています。それを使えばすぐですよ」
「おしい! けど、違う! シルバーじゃなく俺は白銀だ! てか、お前そんなきわどい間違い絶対わざとやっているだろ! さっきは間違えないで言えていたくせに! ……まぁいい。任せろ。それぐらい簡単にできる」
そう言うと白銀はさっそくいかだ作りのために手近な木へと斧を降り下ろした。
「私も手伝います」
「じゃあ、私も!」
「ぼ、ぼ、僕も!」
「わん! わん!」
こうして四人と一匹のいかだ作りが始まった。
……と、言っても主に白銀と麦だけでほとんどのことは足りていたのだが。
白銀が木を切り、麦がその丸太をロープで縛る――詩衣がやっていたのはその手伝いで、四足歩行の太陽とトトにいたっては応援だけだ。
「ね、ねぇ? ド、ドロシー。さ、さっき何をしゃべろうとしていたの? な、何か大事なことを言おうとしていたみたいなのに、さ、さ、さっき途中になっちゃってたから。ぼ、僕で良ければ今聞くよ?」
前足では細かい作業が無理なため、戦力外通告を出されて手持ちぶさたになっていた太陽が詩衣に歩み寄ると言った。
「……ううん。何でもないの。ありがとう。太陽」
詩衣は一瞬考えたのち、首をゆっくりと横に振った。
「ドロシー……」
詩衣にそう言われてしまえば太陽にこれ以上聞く手だてはない。
太陽は黙って詩衣の横でゆらゆらとしっぽを振った。




