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オズと私と4つのキスの魔法  作者: 夏田すいか
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エメラルドの都の真実

「改めまして私はこの南の国を治める南の魔女のグリンダです。ここは南の国の私の城ですわ」

「い、いただきます。ほっ。私は堂炉詩衣。この犬はトト。かかしは麦。ブリキは白銀。ライオンは太陽です。よろしくお願いします。あ、あの! さっそくですが、私達はなぜここにつれてこられたのですか? エメラルドの都で見た化け物は? 王様はなぜ人形に?」


 詩衣は出されたお茶を一口飲んで喉を潤すと、さっきと同じ質問をもう一度した。


「あなた達をここに呼んだのはさっきも申し上げた通り、あのままでは皆様に命の危機があったからです。実はずっと前から私はエメラルドの都を探っていました。その過程でエメラルドの都に訪れたあなた達を発見し、私が治める南の国へと保護させていただいたのです」


 グリンダが自分の前にも出した紅茶を飲みながら説明する。


「探っていたってなんで? あの都に何が隠されているというのですか?」

「……このオズの国が東西南北の四つの国、そして王が住むエメラルドの都から成り立っているということはドロシー様も知っていますわよね? そして、その王がこの国の主権者だということも……しかし、現在の自治権のほとんどは私達、魔女に任されていて名ばかりの王だということも……ドロシー様は知っていますよね?」

「はい。ここまでの道のりの間に数人の人達から聞きました。でも、それに何の関係が……?」


 詩衣はグリンダの言いたいことがわからずきょとんと瞬きをした。

 そんな詩衣にグリンダは美しい笑顔を浮かべたまま話を続ける。


「……『魔女』という言葉は本来、魔法を使う女性という意味ではなく、それぞれの四つの国の自治権を持つ者の称号として使われていました。もちろん私達は魔法も使いますけれどね。昔から魔法を使う素質は男性より女性の方が多く現れたそうです。だから、魔法の素質を必須とする四つの国を治める者の称号は魔女。したがって、古のオズの国を今の王の始祖とともにまとめたオズの魔法使いも女性で強い魔力を持つのにも関わらず、魔法使いと呼ばれているのです。まぁ、最近は元来の意味を覚えている人は少なくなってしまっていますけどね。……私達魔女は代々東西南北それぞれの大地と魔法によって契約することで各地を統べてきました」

「大地と契約!? 相手は生き物じゃないのにどうやってするのですか?」


 詩衣の平凡な想像力では大地と契約するどころか、会話をする方法さえ思いつかない。

 詩衣は頭に思い描くことさえもできない儀式に思わず驚きの声をあげる。


「ふふふ。何も不思議なことはありません。この大地も私達と同様に生きているのですよ。私達魔女のように一部の者にしかその声を聞くことはできませんけどね。私達魔女はこの土地の繁栄に一生を捧げることを誓うことによって彼ら――と言って正しいのかはわかりませんが――と契約します。彼らは契約した魔女の祈りに応じ国民に恩恵を与えてくれるのです。このオズの国は一見豊かな国に見えますが、実は国の周囲は激しい砂嵐が吹き荒れる砂漠に囲まれています。そんな過酷な環境の中この国がこれだけ緑富んだ環境を維持できているのは私達魔女が大地と契約し、その恵みを受け取っているからに他なりません」

「へぇ~。魔女ってすごく大切なお役目なんですね。偉い人とは思っていましたけど、正直そんなにこの国にとって重要な存在とは思ってなかったです。特に最初に会った魔女があのルルだっただけに……」


 詩衣は自分が初めて接触した魔女である(身体的接触では実はおしりでつぶした東の魔女が一番初めなのだが)あの唯我独尊という言葉をそのまま具現化したような人物のルルを思い出し、遠い目をした。


「ふふ。北の魔女様ともお知り合いなのですね。魔女のキスは親愛の証……滅多にしてもらえるものではありません。ルル様はドロシー様のことが気に入られたのですわね。特に加護の魔法に優れたルル様のキスはきっとドロシー様を守って下さることでしょう」


 グリンダが詩衣の額にあるキスの跡を見て一度微笑むと、また話をもとに戻して続ける。


「大地と私逹魔女の契約は王とオズの魔法使いの活躍によってオズの国という一つの国の形になっても変わらず、魔女から次の魔女へと代々受け継がれ、現在まで続けられていました。『あの時』まではこんな風に東西南北が昔のように分かつことなく、四つの国の主権も王の元へとあったのです。そう。西の魔女が倒れるまでは……」

「……西の魔女が倒れる? それって変じゃないですか? だって、西の魔女なら今も西の国を治めているんですよね? しかも、自分の好き勝手に。悪い魔女って有名じゃないですか。実際に私も西の魔女が東の魔女がいなくなった東の国を狙って、東の国に住む人々を襲うところを見ましたよ」

「……確かに、今も西の魔女はいます。しかし、それは正しい西の魔女の形ではないのです。彼女は侵略者。『魔女の掟』を破ってどこからか攻め入り、西の国を自分のものにしてしまったのです」

「今の西の魔女が侵略者!? てか、その魔女の掟って何なんですか? ルルも言っていましたけど……」


 魔女の掟――それはルルも使っていた言葉だ。

 確かこの魔女の掟のせいで悪い東の魔女を放置する結果になったと言っていたような……詩衣はルルとの会話を必死に思い出しながら訊ねる。


「……魔女の掟とは私達の先祖がオズの国という国ができる過程でかつての争いの日々が二度と訪れないように結んだ魔女の不可侵条約のことです。私達はお互いにお互いの国を襲わないように条約を結んでいるのです。しかも私達魔女の条約はただの条約ではありません。命を懸けた血の契約なのです。内容は簡単です。東西南北の各国が他国に攻め入ることを禁止する。違反した者には罰則として、もれなく『死』が訪れます」

「じゃ! じゃあ! 今の西の魔女は何で命を落としていないのですか? 侵略者ってことは西の国の人じゃないんですよね? 前の西の魔女に攻撃を仕掛けた時点で魔女の掟が適用されるはずでしょ? しかも、現在の西の魔女は他国である東の国を襲っているわ! これだけ好き勝手やっているのになぜ魔女の掟による罰が発動しないんです? 掟はもう効果を失っているのですか?」

「いいえ」


 詩衣のその問いにグリンダは首をゆっくりと横に振る。


「魔女の掟はまだ生き続けています。現に本来の西の魔女を倒して西の国の大地との契約を奪い、ウィンキー達を支配し始めた現在の西の魔女を止めようと、 東の魔女が遠距離からの呪術を試みてみたのですが、結果は失敗。魔女の掟が発動し、西の魔女に届く前に呪いが自らに跳ね返り、あえなく亡くなってしまいました。正義感の強い、魔力、性格ともに素晴らしい方だったのに……」

「えっ? ち、ち、ちょっと! ま、待って下さい! 東の魔女が死んだって、じ、じゃあ! 私がおしりでつぶしたあのおばさんは? も、もしかしてお化け!?」


 ホラーが苦手な詩衣は顔を青くして叫んだ。

 もう何もついているわけではないのに自分のおしりをぺしぺしと払うしぐさをする。


「ふふ。違いますわ。亡くなったのはドロシー様が……おしりでつぶしたあの東の魔女の先代。ドロシー様が倒して下さったのはその後継ですわ。……彼女のことは完全にこちらの落ち度です。東の魔女を失い混乱を極めた東の国をどうにかしようと私とルル様がことを急ぎ過ぎました。表面上のみを見、人柄をよく見極めることをしないで、当時東の国で一番魔力の強い人物に、東の国の大地との契約を許してしまったのです。彼女は東の魔女になった途端、その本性を表し、棚からぼたもちで得た地位を利用して西の魔女に負けず劣らずの悪政を東の国の人々にしいたのです。後継の東の魔女は大地と契約し、魔力、肉体ともに強化されても私やルル様よりずっとずっと力が弱かったのですが、魔女の掟とドロシー様が今お履きになっている赤い靴のせいで私達は何も手を出すことができませんでした。ドロシー様が東の魔女を倒して下さらなかったら、東の国は今も自由を奪われたままでしたわ」

「えっ? ルルも言っていたけれど、やっぱりこの靴ってそんなにすごい物何ですか!? 魔法の靴とは教えてもらっていたけれど……」


 旅を始めてから寝る時以外四六時中身につけていてすっかり忘れていたが、この靴は元は東の魔女が履いていた魔法の靴だったのだ。

 詩衣はそのことを思い出し、自分の足を彩る真っ赤な赤い靴をまじまじと見た。


「はい。その靴は色からわかる通り私のずっとずっと前の南の魔女が東の魔女へと友情の証に送った東の国の秘宝ですわ。当時の南の魔女の魔力の全てを使って作られており、とても強大な魔力を秘めています。その靴のため西の魔女も東の魔女が倒れるまでは東の国を侵略するができなかったのです。ドロシー様も今までお履きになっていて感じませんでしたか?」


 グリンダに言われ詩衣が今までの旅を振り返ってみると、太陽の鼻っ面にかかと落としをお見舞いしたことから始まり、一番最近ではマンキチンの町での温泉発掘まで、とても常識では考えられない現象を確かにこの靴はたくさん起こしてきた。


「毎回必死でよく考える暇がなかったけど……確かにこの靴にはたくさん助けてもらいました。あれらは全部この靴の魔法の力だったんですね。でも、秘宝ってことは、東の国にとってとても大切な物ってことですよね? 私何かが使っていて平気なのですか?」


 詩衣は自分の履いている靴が急に畏れ多い物に思えて、なるべく自分と接しないよう靴の中でつま先立ちしながら訊ねる。


「ふふ。悪い東の魔女を倒したドロシー様がその靴を履くことに異議を唱える者は誰もいませんわ。何より靴もあなたを気に入っていますし。それに……『これからの旅』にはきっとその靴の力が必要となりますわ」

「これからの旅……? これからってエメラルドの都に行った私達にはもう行く予定の場所はどこもないのですけれど……」

「……ここからが本題ですわ」


 グリンダが今までどんな真面目な話をしていても絶えず浮かべていた笑顔を一切引っ込め、真剣な顔をして言った。


「これまでの話で現在の西の魔女がこのオズの国にとっていかに脅威となっているかおわかりいただけたかと思います。そして、新たに語らせていただく事実として実はドロシー様達がエメラルドの都で見た化け物は西の魔女の手下なのです。そう。……エメラルドの都は今、西の魔女に占拠されてしまっているのです!」

「えぇっ!?」


 グリンダの驚愕の告白に詩衣の大声が室内に響く。


「に、西の魔女がエメラルドの都を占拠ってそれって本当!? うそ! だって、今はエメラルドの都と西の国は冷戦状態だったんじゃないの? 本当だったらものすごくまずい状況じゃない!」


 確かマンチキンの旦那さんの話では一度は支配される寸前までいったが、そこからは西の魔女の更なる進軍はなかったとのことだ。

 詩衣はグリンダからもたされた新たな事実のあまりの衝撃に思わず敬語を忘れて彼女に詰め寄る。


「残念ながら事実なのです。その口振りからするとドロシー様は先代の王が西の魔女との争いで命を落とし、現在はその息子の年若い王子が王位に就いていることは既にご存知なのですよね? ……現在の王と共に新たに就任した優秀な大臣と元帥のおかげで、先王が亡くなってからも何とかしばらくは持ちこたえてくれていたのですが――実は結局は堪えきれず、エメラルドの都は西の魔女の手に落ちてしまっていたのです。他国の民にはまだこのことは知られていません。きっと西の魔女は私やルル様にその事実を知られ、邪魔されたくなかったのでしょう。一度争いを止めたふりをし、表面上は冷戦状態に見せかけた上で秘密裏に手を回し、私達を欺いたのです。私とルル様がエメラルドの都の異変に気づいた時には――今の手遅れな状態です。ドロシー様もご覧になったでしょう? 今、都の人々は皆偽りの笑顔を浮かべた西の魔女の操り人形です。みんな西の魔女の魔法で洗脳されてしまっているのです」

「あの全然目が笑ってないわざとらしい笑顔はそのせいだったのね! ま、まさか……! 王様も!?」


 詩衣は恐ろしい可能性に気づき、口を押さえる。


「……はい。現在オズの国の王座には王ではなく人形が座っています。本物の王はどこに行ったのか……行方がわからなくなってしまっているのです。無事でいて下されば良いのですが……」

「そんな! 王様まで! これで東の国まで奪われちゃったら、ここの南の国とルルの北の国以外のオズの国すべてが西の魔女に支配されているってことになっちゃうじゃない! それであなた達は平気なの? そこまでわかっているならどうして西の魔女を倒そうとしないのよ?」


 詩衣の怒りを含んだ問いにグリンダは悲しそうに首を横に振る。


「……仕方がないのです。先程から説明させていただいている通り、西の魔女は手を出せても、私やルル様は魔女の掟のせいで一切彼女に攻撃することができません。これでもし下手に攻撃を加え、これ以上魔女が減ったらそれこそ西の魔女の思うつぼです。オズの国のすべてが今度こそ本当に彼女の手中に収まってしまいます。……本当はこんな時のためにエメラルドの都にはこの国で唯一の軍隊が設置されているのですけどね。あそこは魔女の掟の範囲外。だからこそ、唯一東西南北の各国で争いがあった時に軍を出し、その争いを収める役割を担っていたのですが、西の魔女に征服されてしまった今では……」

「そんなぁ! それってもう打つ手がないってことじゃない! 何とかできないの?」


 西の魔女に対してなす術のない現状に詩衣は悲痛な声を出す。

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