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オズと私と4つのキスの魔法  作者: 夏田すいか
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本当の賢さ

「あぁ~! いいお湯!」


 詩衣は肩までお湯に浸かり、ゆったりと足を伸ばすと、そうオヤジ臭く息を漏らす。


「温泉なんて久しぶり! やっぱり疲れがとれるわね! それにしても、私がかかと落とししたところから温泉が出るなんて! ……そして、いくら温泉が出たからって、ほぼ野外で裸になって、知り合ったばかりの人達と男女関わらず一緒にお風呂に入るなんて。私、学校の旅行でみんなと一緒にお風呂に入るのさえもいやなタイプだったのにな……」


 変われば変わるものねと遠い目をして言うわりには、一緒に温泉に浸かる人々の顔を見渡す詩衣の顔は嬉しそうだ。


「ドロシーさん」


 そう温泉を楽しむ詩衣に近づいてきたのは、最初に東の魔女を倒した者のことを批難した男だ。


「は、はい!」


 詩衣は男の接近に胸のタオルを引き上げ、背筋を伸ばした。


「そんなに警戒しないで下さい。何もしませんから。ドロシーさん……いや、勇者様」


 緊張した声を出す詩衣に男が苦笑して言う。


「別に警戒なんて……てか、『勇者様』って! 私が東の魔女を倒したって気づいていたんですか!?」

「はい。最初から。マントで北の魔女様のキスの跡は隠せてもあの赤い靴を隠すことは無理ですからね。今なんてキスの跡もばっちり見えていますし」

「あはは……。それもそうね……」


 完全に隠すことができていたつもりの詩衣は、恥ずかしげに髪が乱れて剥き出しになったおでこを両手で押さえるしかない。

 そんな羞恥と温泉の両方のせいで頬を上気させている詩衣に男は穏やかな瞳をして言う。


「勇者様。先程は失礼なことを言い、本当に申し訳ございませんでした」

「や、やめて下さい! 私がわざとではないとはいえ、この国の事情を全然考えずに余計なことをしたのは本当のことなんですから!」


 詩衣が急に深々と頭を下げ始めた男に激しく動揺する。


「そんなことございません。勇者様が東の魔女を倒して下さらなければ、私達は今も虐げられたままだったのです。私は……私達は悪い魔女に長い間支配されたままでいるせいで、誰かに縛られることをあたりまえのことだと思うようになってしまっていました。本来あるべき自由をすっかり忘れてしまっていたのです。幸せは待つものではなく自分で探し求めるものなのに……。そんな簡単なことも忘れてしまっていたのです。かかしさんの何もないところから自ら作り出し、笑顔を生み出す姿勢を見てそのとても大切なことを思い出すことができました」


 男はそこまで言うとにっこりと満面の笑みを浮かべた。


「私達はもう大丈夫です。なんたってもう自由なのですから。どこにだって幸せを探しにいけます。手始めに私達はこのせっかく湧いた温泉を名物にして町を建て直していきたいと思います。せっかく東の魔女の支配から逃れることができたのです! 西の魔女なんかに負けていられません! なぁ! みんな!」

「あぁ! やってやる!」

「西の魔女なんかに負けるか!」

「ここを立派な観光地にしてやる!」


 そう男の呼び掛けに同意の声をあげる町人達の目は、さっきまでの座り込んでいた時とは全く違い、いきいきと輝いていた。


「ぼくも頑張る!」

「わたしもパパとママを手伝う!」


 子ども達までもが、決意の声を高らかと叫ぶ。




「やりましたね! ドロシーさん!」


 その人々の生命力溢れる光景を見ていた詩衣に湯には浸からず、白銀と一緒にお湯のかからない場所で待機していたはずの麦が声をかける。

 どうやらいつの間にか詩衣の背後の濡れないぎりぎりのところまで来ていたようだ。


「何言っているの! お手柄はあなたじゃない!」

「私ですか? 私は何もしていないし、できませんよ。私は頭の中もすっからかんのバカですから。ほら? 何も入ってないでしょ?」


 そう自分の頭を叩きながら麦がおどけて言う。

 確かにいくら強く叩いても麦の頭からはぽすぽすと何もつまっていない軽い音しかしない。


「ううん」


 しかし、詩衣は首をふるふると横に振る。


「麦はバカじゃないよ。確かに脳みそはないし、勉強はできないかもしれないけど、でも、一番大切なこと……他人を幸せにする方法がよーーくわかってるもの。ほら! あの人達を見て! あの人達の笑顔はみんな麦が作ったんだよ! これって勉強ができるよりももっともっとすごいことだよね! 麦は人を幸せにする天才なんだよ!」

「…………」


 彼に笑いかける詩衣を見て、麦は驚いたように目を丸くした。


「……人を幸せにする天才ですか……。それは確かに一番いい頭の使い方のようだ。そんなこと言われたのは生まれて初めてです。ありがとうございます。ドロシーさん」


 そう笑う麦の笑顔は、詩衣の体を温める温泉のようにぽかぽかと温かいものだった。

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