温泉と混浴
「みんな笑ってる……。……ふへっ?」
さっきまでの殺伐した雰囲気とはうってかわって流れる和やかな空気に驚いていた詩衣が突然まぬけな声を上げる。
「ど、どうしたの? ド、ドロシー?」
「ま、また足が勝手に動き始めたの!」
詩衣が主張する通り、彼女の真っ赤な靴を履いた右足が高々と上がっていた。
スカートを必死に押さえる詩衣を見る限り、今回も彼女の意思で制御することはできないようだ。
「わわっ! ち、ちょっと待って! きゃあ!」
「ドロシーさん!?」
詩衣の制止も聞かず、彼女の足はそのまま地面へとずどん! と盛大なかかと落としを繰り出した。
「うわっ! じ、地面が割れていく!?」
やった張本人が一番驚く中、詩衣のかかと落としが炸裂した地面にはびりびりと大きな亀裂が走る。
「げっ! 水じゃねぇか!」
白銀が慌てて亀裂から距離を取った。
その地面の割れ目からはじわじわと透明な液体が染み出てきたのだ。
やがて地面の表面を湿らす程度だったその液体は高い水柱となり、勢いよく周囲の人々へと降り注ぐ。
「きゃあ! みんな大丈夫!?」
自らも全身をずぶ濡れにしながらも詩衣が仲間達に声をかける。
「濡れたけど大丈夫です!」
「ぬ、濡れるのはあんまり好きじゃないけど大丈夫!」
「俺は逃げた」
「わん! わん!」
全員の無事を確認した詩衣は濡れて張りついた前髪をかき上げながらあることに気がついた。
「もうびちゃびちゃ~。……てか、この水……温かい……。これは……温泉……!?」
そう。亀裂から突如湧き出た液体はもくもくと白い湯気をたてる温泉だったのだ。
詩衣が驚いている間にもお湯はどんどんと湧きだし、周囲を満たしていく。
噴き出すお湯の勢いが落ち着いてきた頃には大きな水たまりができていた。
「温過ぎず、熱過ぎないちょうどいい温度……。まるで即席の露天風呂ね。……そうだ! どうせこんなに濡れちゃったならお風呂に入らなきゃいけないんだし、みんなこの温泉に入っちゃわない? この際、混浴でもいいでしょ!」
ぴちゃぴちゃとお湯に手を浸していた詩衣が名案が思いついたとばかりに瞳を輝かせて言う。
「いいですね!」
「こんなことがあってしばらくの入浴は諦めていたんだ!」
「煤で汚れていたからうれしいわ!」
「入っちゃえ! 入っちゃえ!」
詩衣の言葉に町の人々も嬉々として同意する。
「よし! 男の人はあそこの建物の影、女の人はあそこのまだ辛うじて残っている建物の中で着替えましょ! 男女一緒なんだからエチケットでタオルは必須ね! そこら辺を漁れば人数分の何かしらの布ぐらい確保できるでしょ!」
詩衣はそう言うと、着替えの入った鞄を持って町人達といそいそと入浴の準備を始めた。




