ルルとの別れ
「大丈夫。そんな顔しないで。……もう! あなたも自殺したがっていたわりには根性なしね! いや、根性がないから自殺したがったのかしら……? まぁ、どちらでもいいわ! とにかく! エメラルドの都までの道のりはあなたが思っているほど、そんな難しい物ではないのよ。ほらっ! 見て! あの青い柵に囲まれている黄色いレンガの道が見えるでしょ? あれを辿っていけばいいの! あの道を辿っているうちは安心。エメラルドの都まで一直線に続いているから迷わないし、間違えて西の国に近づいてしまうこともないわ。あなたはあの道を外れることなくただまっすぐ歩いていくだけでいいのよ!」
花畑の中をすうっとどこまでも走る黄色いレンガの道を指さしながら、ルルが詩衣に向かって言った。
「……でも、狙われているんでしょ? 危ないのには変わりがないじゃない」
詩衣がぶっきらぼうに言う。
――彼女はさっきからぶす~っとふてくされたままなのだ。
「そうだけど! でもさっきから言っている通り、あの黄色い道を辿っているうちは基本的に安全なんだって! そんなのマンチキンの子供にだってできるわよ! いつまでも意気地がないわね!」
ルルが少しじれたような声をだして怒鳴った。
しかし、詩衣は態度を改めない。
「だって、その西の魔女はあなただって勝てるかどうかなんでしょう?……そんなの怖いじゃない」
ルルの顔から視線を外したまま詩衣が言う。
「はぁ~あぁ~」
ルルが呆れたようなため息をついた。
「もう! いつまでも往生際が悪いわね! だって、あなたここに住むのも、私と一緒に北の国に行くのもいやなんでしょう? そのくせ勇気がなくて死ねないとか言うし。ならエメラルドの都に行くしかないじゃない! 他に私にどうしろって言うのよ!」
「…………」
しかし、詩衣は答えない。
ふて腐れたままそっぽを向いている。
そんな詩衣の態度にルルはまた「はぁ~」と深いため息をつきながらも、今度は少し声のトーンを落として言った。
「……正直に言えば、あなたを文明国に戻してあげるのが一番いい方法だとは思っているのよ。あなたがたとえ元の世界に未練がなくて、戻りたくなかったとしても、それが本来あるべき姿なのだから。でも……悔しいけど私にはそれだけの力がない。さっきも言ったのにあなたは気にしていなかったみたいだけれど、私がその件に関してあなたにしてあげられるのは策を授けてあげることだけ。その策っていうのの一つがエメラルドの都に行くことなの。あそこにはこのオズの国を治める王様がいるわ。王様……って言っても現在は色々あってほぼ形だけになってしまっているから、東西南北の国の自治権のほとんどはそれぞれの国の魔女にあるんだけどね……。でも、形だけと言っても未だに富や知識なんかが集中しているのはあの都だから、きっとあなたを文明国まで帰してくれるはずだわ」
「別に帰りたくなんか……」
詩衣が小さな声で言う。
それを聞いてルルは、はにかむように笑った。
「そうよ。別に帰らなくてもいいのよ。あなたはあなたの好きなようにしたらいい。あなたは私達の恩人なのだから。私は……私達はただただあなたの幸せだけを望んでいるわ。だから、あなたが幸せになるならどんな結果になろうともいい。……あなたの心の赴くままに行動してね」
――最後の一言はまるで流れ星に祈る時のような、そんな切ない響きを持っていた。
「ルルさん……」
ルルにつられ、詩衣もつい真剣な声を出す。
しかし、そんな詩衣をルルは軽く笑う。
「もう! そんな顔をしないでよ! 特に深い意味はないんだから! ただあなたがあんまりぶーたれた顔をしているから言ってみただけ! てか、さん付けって何? 水くさいなぁ~。最後に呼んでよ! 『ルル』って! ほら!」
「ル、ルル……?」
詩衣はルルに促され、ためらいがちにその名前を呼んだ。
その途端ルルはうれしそうに、まるで満開の花のように美しく笑う。
「うん! やっぱそっちの方が全然いい! 大丈夫! あなたは……ドロシーはきっとエメラルドの都まで辿り着けるわ! そして、必ず王様に会って、やりたいことを見つけられる! 私が保証するから! これは私からの餞別よ!」
そう言うとルルはグイッと詩衣に近づくと、その額に柔らかくキスをした。
「な、何を……!?」
詩衣が突然の出来事に顔を赤くして驚く。
ルルはそんな詩衣の周りをくるくると飛び回りながら、楽しそうに言った。
「こういう時は『奪っちゃった☆』って言うべきなのかな? まぁ、もしファーストキスだとしても、唇じゃなくて、おでこだからセーフよね。私のキスは魔女のキス。後で見てみて。キスした所に私の唇の跡がうっすらと残っているから。それはお守り。北の魔女にキスされた者だと知って手を出す奴なんて、滅多にいないはずだから。きっとあなたを守ってくれるわ。もし他に何か足りない物があったら東の国にいるうちはマンチキン達がどうにかしてくれるはずだから遠慮せずに言って。東の魔女をあなたが倒してくれたことはもう東の国中に伝わっているはずだから、彼らは喜んで歓迎してくれるわ。もし、辛くなったらここに帰ってきたり、私のいる北の国に来てもいいし……こんな事しかできなくてごめんね。でも、あなたの事、遠くにいてもずっと応援しているから。だから、頑張って!」
――それは精一杯の好意。
さすがのいじっぱりな詩衣も素直に受け取るしかなかった。
「……ありがとう。ル、ルル……。結果はどうなるかわからないけど私、頑張ってみるわ。何もしたいことがないんだもの。とりあえずエメラルドの都までは行ってみる。まだ、家に帰るかどうかはわからないけど……。とにかく! キ、キスとか……他にも色々とありがとう!」
詩衣は照れ隠しに三つ編みを手でいじりながらも精一杯、心を込めてお礼を言った。
精一杯には精一杯で……そんな心と心のやりとりを詩衣は生まれて初めてした気がした……。