暗い森を抜けて
「やったぁ~! やっと森を抜けたわ! 長かったぁ~! もう森は懲り懲り!」
詩衣がうれしそうに天へと手を伸ばす。
カリダとの戦いの後、詩衣達はまた森で一夜を過ごした。
あんなことがあった後なので、暗い森の中で寝るのは少し心細かったが、生身ではないため睡眠の必要がない麦と白銀が見張りについてくれたので、安心して眠ることができた。
太陽の、彼の言動とは正反対な、ゆったりとした鼓動を聞いているとまるで子守唄みたいで――森の中だというのに詩衣は、文明国にある自分の部屋で眠るより心安らいで眠れた気がした。
そんな風にぐっすりと眠り、体力を回復した詩衣達は精力的に歩いた。
黙々と歩き続けて数時間――昼過ぎには暗い森を抜け、そして、久しぶりに何も視界を遮る物がない、広々とした空を拝むことができたのだ。
しかも、森を抜けると、レンガの道はでこぼこした歩きづらい道から、平らで歩きやすい道へと戻っていき、四人と一匹は歩くスピードを格段に上げることもできた。
「う~ん! やっぱり道が平らだといいわね! さっきまででこぼこし過ぎてて歩けたものじゃなかったもの!」
詩衣がうれしそうにレンガの道を一歩一歩踏みしめながら、幸せを噛み締めるように言う。
「やっと森も抜けたし、本当いいことずくめね! ……これでこんなに空が曇っていなかったら言うことなしなんだけどなぁ。雨が降るのかしら?」
そう言って詩衣は、心配そうに薄暗いねずみ色の空を見上げた。
そう。森を抜けた後、彼女達の目の前に広がった空は、残念なことに浮かれる詩衣の気分に反して、どんよりと澱んだ灰色をしていたのだ。
「う、うん。あ、雨降るかも。ひ、ひげが重いから」
その詩衣の問いに太陽が自分のひげを触りながら、おずおずと答える。
「太陽、雨が降るかどうかわかるの⁉ てか、その基準がひげの重さって……」
詩衣が訝しげに訊ねた。
すると、太陽は自分の長いひげを指さして言う。
「あ、雨が降りそうだとひ、ひげが湿気で湿って重くなるんだ。そ、そういう時は大抵雨が降るよ」
「へぇ~! すごいじゃない! 太陽の新たな特技発見ね! ……でも、やだなぁ~。雨が降ったら、濡れちゃうじゃない。天パに湿気は大敵なのに……」
「……俺も濡れるのは避けたいな。錆びて体が動かなくなる」
三つ編みを弄りながら発した詩衣の嘆きに白銀もボソッと同調する。
「……へぇ~。あんたにしては珍しく素直じゃない。そんなんだから、雨が降るんじゃないの?」
「うるさい。お前と違ってこっちは繊細にできているんだからしょうがないだろ。良かったな。お前はがさつにできてて。雨が降ろうが、槍が降ろうが関係ないだろ」
珍しく弱音を吐いた白銀を詩衣はからかったが、あっという間に倍にして言い返された。
「く~っ! 相変わらず、かわいくないわね! あぁ言えばこう言うんだから!」
詩衣が悔しそうに歯噛みをする。
「ボキャブラリーが少なくて、ただ言い返せないだけだろ? 自分の語彙の少なさを人のせいにするな」
「き~っ! なんですってぇ!」
「まぁ、まぁ」
「ケ、ケンカはだめだよ!」
言い争いになりそうになる二人を、麦と太陽が止める。
「お、落ち着いて。お、落ち着いてぇ」
太陽に宥められながら、詩衣はまだ少し鼻息を荒くしつつ空を見上げた。
「白銀が錆びるのは本当にどうでもいい、というかむしろ、大・歓・迎だけど! ……でも、濡れるのは本当に勘弁したいわよね。い・く・ら! がさつな私でも風邪をひいちゃうもの。どこかに雨宿りできるいい場所はないのかしら……?」
「わん! わん!」
そう詩衣が心配そうに呟いた時、突然トトが何かに向かって吠え出す。
「どうしたの? トト?」
詩衣が驚いて、トトが吠えている方向を見るがしかし……
「何もないじゃない……?」
その方向には今、詩衣逹が歩いている黄色いレンガの道がまっすぐに続いているだけで、目ぼしいものは何も見えない。
「どうしたのよ? トト? 機嫌でも悪いの?」
そう言うと詩衣は、トトの頭をなでながら、落ち着かせようと、その小さな体をそっと抱き上げようとした。
「あっ! 待って下さい! ドロシーさん! 何か見えてきましたよ!」
しかし、それを途中で麦に止められる。
「えっ!? どうしたの? 麦! 何? 何が見えたの?」
興奮した様子の麦に詩衣が慌てて問いかけた。
「はい。微かですが、向こう側に村が見えます! ずっと広大な麦畑を見守り続けた私の目は確かですよ。たぶんあと一時間も歩けば着くと思います」
「本当!? 麦!」
その麦の言葉を聞いて詩衣が目を輝かせる。
「やった! 今夜は久しぶりに屋根のついた場所で眠れるのね! もう野宿はたくさん。そうとなったら、急がなくちゃ!」
詩衣がうれしそうにそう言いながら、歩を進めるスピードを更に早める。
「まったく。現金な奴だな……」
白銀が呟いたが、「早く! 早く!」と浮かれて歩き続ける詩衣には聞こえなかったようだ。




