前編
数年ぶりに見る彼女の姿は咲き誇る一輪の薔薇のように見えた。
跪かれ奉仕されるのが当然とするような傲慢さと、独りで立ち続けるのを当たり前とする毅然さ。
隣に年老いた男を夫として従え、それでも彼女はこの茶会の大輪の華として君臨していた。
呆然と彼女の名前を呟いた俺の声が届いたかどうかわからない。
振り向いた腹違いの妹は、親愛の情を示すわけでもなく、
懐かしさに頬を緩めるでもなく、
ただ無表情になった。
それから、貴族特有の格上が格下を見下ろすための高慢な作り笑顔になった。
俺は、子供時代とても貧しい暮らしをしていた。
それは当然で、母親は結婚せずに俺を産んだからだった。
母は今から考えれば親戚に絶縁されていたのだろう、女手一つで俺を育ててくれた。
彼女は優しくてとても芯の強い人だったが、体が弱かった。
俺はいつも早く大人になって母を支えたいと思っていた。
そんな苦しくても幸せな生活はあっけなく終わった。
母は風邪をこじらして、あっけなく逝ってしまったのだ。
葬儀は近隣の人たちが行ってくれた。
俺は涙も流さず、呆然としていたように思う。
そこに黒い男がやってきたのだ。
まだ幼かった俺は、そいつが死神に見えた。
全てがどうでもよかった俺は、言われるがままに男についていった。
到着したのは、絵本でも見たことのないような豪勢なお屋敷だった。
そこで、初めて実の父親と対面をした。
俺はそこで、知らなかったことを教えられた。
俺に貴族の血が流れているということ。
母親は妾という立場だったこと。
この家には、嫡子がいないこと。
正妻には子供は望めないこと。
そう押して最後に男は、この家の養子にならないかと言った。
行き場のなかった俺は黙ってうなずいた。
そのお屋敷の暮らしでの俺への風当たりはとても強かった。
正妻からは、薄汚いものを見る目で見られ度々陰口をたたかれた。
実父は見て見ぬふりをし、嫡子として教養をつけることを求めた。
使用人たちも基礎的なマナーさえままならない俺を侮蔑の目で見た。
そんな中で、俺の救いは腹違いの妹の存在だった。
彼女は、天真爛漫で純粋無垢だった。
愛される子供を絵にかいたような存在で、俺の知る限りいつも微笑んでいた。
汚らわしい妾腹の子よと罵られた時には、私の知っている人間の中で一番貴方が
綺麗よと手を取ってくれた彼女。
俺はこの時既に、冷たい家でたった一人優しくしてくれた妹に惚れていた。
この子のことだけは、何があっても守ろう。
そう決めた矢先のことだった。
彼女が父親よりの年の離れた男に嫁ぐことが決まったのは。
勿論俺は、この結婚に大反対した。
嫉妬もしたがこの気持ちは、一生隠すつもりだった。
彼女には優しくて誠実な男と愛し合って結婚をしてほしかったからだ。
結局、俺の反対などなかったように彼女は結婚してしまった。
それから俺の死に物狂いの努力が始まった。
次期当主となるために引き取られたこともあって、それは好意的に受け止められた。
何かを守るためには力が必要だと俺は悟ったのだ。
妹の夫は彼女のことを屋敷から出したがらず、会うことさえままならない日々が続いた。
貴族としての格が高かったこともあって、中々口出しもできなかった。
俺は彼女を助け出す計画を練り、着々と力をつけていった。
そうして、お茶会で妹と再会することになったのである。
あまりの豹変ぶりに仰天した俺は、内密に調査を依頼した。
そして、彼女が嫁ぎ先での実権はほぼ握っていること、
何人もの若い身分の低い男と火遊びしていること、
使用人に当たり散らすことで有名なこと、
浪費癖が激しいこと、
そして、彼女の夫はそれらすべてを黙認していることを知ることになった。
おお神よ、俺の天使はとっくに死んでいたのだ!




