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緑の石

作者: たつみ暁

むかしむかしある王国に、とても美しいお姫様がいました。

その美貌をもてはやされ、更に、一人娘をかわいがる王様王妃様に大変甘やかされたその姫は、少々、いや、だいぶ、かなり、ものすごく、ワガママに成長してしまいました。

白魚のような指が指し示せば、手に入らないものはありません。赤い唇が要求を紡ぎ出せば、かなわない願いなど、ありません。エメラルドのごとく輝く瞳に見すえられて、恐縮しない者はいません。

欲しいものは欲しい。イヤな事はイヤ。姫はやりたい放題言い放題で、両親以外の周囲の人々は、そのワガママぶりに、すっかりまいってしまう日々を送っていました。

そんな姫ですが、16歳の誕生日を迎え、お父さんの王様も、そろそろ自分の娘が、国の跡継ぎにふさわしいお婿さんを迎えてくれまいかと、思うようになりました。

しかし、好き放題の姫は言います。

「結婚なんて、絶対、イヤ!」

それでも、絶世の美女、しかもとても高貴な一国のお姫様。ワガママなのには目をつぶって、婿になりたいと望む男性は、次から次へとお城におしかけ、姫に求婚してきます。

困った姫は、婿候補の男性たちに、こんな条件を、出しました。

「北の山に住んでいる竜。その右目にはまっているという、何でも願いがかなう、魔法の石を持って来られたら、その殿方と結婚します」

これには、男性たちは大弱り。

北の山に住む竜は、とても恐ろしい存在。真っ赤な鱗におおわれて、燃えるようなたてがみを持ち、ずらりと牙の並んだ口から吐き出す灼熱の炎の一吹きで、人間なんてじゅっと焼き尽くしてしまうと言われています。そんな危険な竜に、誰が立ち向かえるでしょうか。

一国は欲しい。でも、自分の命はもっと惜しい。婿候補は、ひとり、ふたりと、減っていきました。


しかしそんな中、どうしても姫の婿の座を諦めきれない、欲張りな大臣がいました。

体よりも頭を動かす仕事ばかりで、竜に挑む勇気を持つどころか、剣を握ることさえこれっぽっちもできない彼は、どうすれば魔法の石を手に入れられるか、うんとうんと考えて、ひらめきました。

「そうだ、ほかの強い奴を、北の山へ行かせればいい」

そこで大臣は、一人の兵士を呼び出しました。彼は、生まれは貧しい家ですが、その誠実さと、剣技の上手さを買われて、お城の兵士として採用された男性でした。

さらに、大臣は知っていました。この兵士が、姫にほのかな好意を寄せていることを。ワガママだけど、実はお城の庭のお花たちが大好きで、とてもよく面倒を見ている、庭に飛んで来る小鳥たちに穏やかに語りかけている、そんな姫の小さいけれど、こまやかな優しさに、恋い焦がれたことを。

「魔法の石をお前が姫に届け、愛を告白すれば、姫様もきっと、心動かされるはず」

大臣は、兵士をそそのかします。

「王の位など、恐れ多いもの。私には分不相応ですが、姫様がお喜びくださるなら、手ごわい竜にも、挑んでみせましょう」

兵士は勇んで、北の山へと出かけて行きました。


それから3日が過ぎました。

さすがに、勇猛をたたえられたあの兵士でも、竜には勝てなかったか。

「まあいい。また別の者を向かわせれば、いいだけだ」

そんな事を大臣が考えはじめた頃、にわかに、お城の入口が騒がしくなりました。

大臣が、その小太りな体に似つかわしい短い足でできるかぎり、早足で向かうと、そこには、あの兵士が、いました。帰って来たのです。

彼は、全身にやけどを負って、仲間に支えられて立っているのがやっとというぼろぼろの状態でしたが、大臣の姿をみとめると、

「これを……、これを、姫様に」

しっかりと握りしめていた右手を、大臣に向けてのばします。そこには、てのひら大の、姫の瞳のように美しく輝く、緑色の石がありました。竜の持つ魔法の石を、彼は手に入れて来たのです。

大臣は狂喜のあまり小躍りしたい気持ちをおさえると、兵士の手から、石を奪い取りました。

「これで姫様は、いや、この国は、わしのものだ!」

そうして、兵士をかえりみることもなく、その場に置き去りにすると、王様王妃様と、姫のいる、王の間へ、堂々とした足取りで入ってゆき、

「姫様のお望みの品、このわたくしめがお持ちいたしました」

などとずうずうしくも言い放ち、石を差し出しました。

戦いなどできないはずの大臣が、姫の望みの品を持って来たこと、いえそれ以前に、姫と親子ほどの年の差があるような大臣が婿候補となった事実に、王様も王妃様もびっくり。姫は、魔法の石を手に、ただでさえ白くて美しい顔をさらに青白くして、唇を震わせています。

「お約束とおり、わたくしを、姫の伴侶に」

大臣が、にやりと笑って宣言した、そんな時でした。

「嘘をつくな!」

「このごうつくばりめが!」

大臣の背後から、口々に批難の声が飛んできたかと思うと、あの兵士の仲間たちが、彼を両側から支えながら、王の間に入って来たのです。

「本当に北の山に行って、魔法の石を持って帰って来たのは、彼です。この男は、彼をだまして石を奪い取ったのです」

「なんと」

国王ににらまれ、大臣はひっと小さく縮み上がりました。が、頭を使うことだけは得意なこの大臣。すぐに言い訳を用意します。

「し、しかし、こやつがその石を持って来たという証拠など、ありはしませぬぞ」

「証拠なら、ありますな」

王様の脇にひかえていた、王家に古くから仕えている、魔法に詳しいじいやが、声をあげました。

「竜の魔法の石は、手に入れた者が生命の危機におちいった時、その傷をいやして、ひきかえに砕け散るといわれています。姫、お試しくだされ」

じいやに言われて、姫は、床に横たえられた兵士のもとへ歩み寄りました。そっと、魔法の石を持った白い手をかざし、小さく、願います。

「死なないで」

その途端、石からまばゆいばかりの光が発せられたかと思うと、王の間いっぱいに広がり、その場にいる者は皆が皆、まぶしさに目をつむりました。

そうして、ぱきいんと、石が砕け散る音と同時に、光はおさまり、大やけどで息もたえだえだった兵士の傷は、まるでそれが幻だったかのように、きれいに消えていました。

「これは夢でしょうか」

兵士は、おそるおそる、姫の頬に手を伸ばします。

「いとしき方が、私などのために、涙を流してくださっている」

その言葉どおり、姫の緑の目からは、ぽろぽろと、際限なく涙がこぼれ落ちていました。

「夢ではありません」

涙をぬぐってくれる兵士の手を取り、姫は言いました。

「私は、あなたの妻になりましょう」


こうして、あさましい大臣はひきょう者の烙印を押されてお城を追われ、姫は、勇敢な兵士と結婚し、とても幸せに暮らしました。

婿をむかえて、すっかりワガママがなりをひそめ、しとやかになった姫の左薬指にはあの、姫の瞳と同じ緑色をした、魔法の石のかけらをおさめた、きれいな指輪が輝きを放っていたそうです。

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