下剋上にはうってつけの日

　ぴぴぴ。わたしの脳内高性能センサーがびびっと反応。

　まちがいない。ヤツだ。

　真夏の匂いに誘われたな？

　フェンスの間から、ちらっと目標を確認。むむむ。むむむ。おっと？　自転車置き場にて姿を発見！　時間的には遅刻寸前？　なんだかねむそう。髪ぼさぼさ。

　身長１６４センチ。体重４８キロ。座高は８０センチ……ぐらい？　視力は両方C判定。メガネかけるとA安定。虫歯なーし。病気もなーし。めっちゃ健康。でもちょっと細い。筋肉を付けよ青少年。そのままではササミのようになってしまうでよ。

　じぃいいいい。双眼鏡ってのはなんともゆーすふるな道具ですねぇ。すごいこれメガネの色も模様もくっきり見える……えっ見えすぎじゃないこれ……もはやハイビジョンじゃん……ちょっと……すご……あぁいかんヤツが走っていってしまった。

　目標捕捉失敗。次のチャンスを待たれよ！

　きーんこーんかーんこん。

　はっ、チャイムが鳴った！

　総員集合！　点呼はじめ！　１！　終わり！　総員確認！

　ただいまから、秘密の超スーパー大作戦をはじめまーす！

　きをつけー、れい！

　おねがいしまぁあああす！！

　ヤツのあられもない寝顔を窓の外かられっつ観察。ちらっちらっ。

　ふへへ、窓際族になったのが運の尽きさマイ獲物。狙われているとはつゆしらず、なんとも無防備な寝姿をさらしておられるぜこやつめ。

　何の授業かわかんないけどとりあえず教科書は洪水に見舞われている。口からだらだら。降水量２００ミリぐらいじゃないすかね？　あっ先生に起こされた。びっくりするヤツの姿もまた一興。

　どうでもいいけど居眠りした後の寝汗の冷たさハンパじゃないよね。

　うとうとしつつもノートにがりがりする少年A。これはもちろん本名じゃないよ！　ぷらいべーとは守りますよ！

　べべべ別に本名知らないとかじゃないよ？　うん？

　ところでヤツは何を書いているんだ。眠気のせいかふにゃふにゃ感が尋常じゃないぞ。というかあれは文字なのか。実は封印されし古代文字かなんかではなかろうか。ヤツはこんな白昼堂々デーモンの１匹でも召喚しようというのか！　ごめんなさい話盛りました。たぶんあれただの漢字です。断じて黒魔術ではない。

　きーんこーんかーんこん。１時間目がしゅーりょーしました。

　ふわぁあねむい。授業聞いてたわけでもないのにねむい。ていうかここ寒い。夏なのに。屋上めっちゃ風の通り道。朝からずっとここいるんですけど体の冷え方が異常気象なんですけど。だれか毛布もってきてー！　用務員さーん！　まぁこんなとこにいるわけなし、と。

　改めまして作戦練り練り。ヤツの観察作業はしっかりと終えたのだよ。んあ？　観察結果？　ヤツとわたしは似ている！　主にねむさ的な意味で。

　さてさて、次のあぷろーちはなんだろな。

　また観察だよ悪いか。

　２時間目は体育。グラウンドいっぱいに真っ白な体操服に身を包んだ子羊たちがわんさかわんさか。一体なんなんでしょうねあれは？　放牧ですかね？　授業だよどあほ。

　むむむ……。無意識におなごどもの胸元へと双眼鏡を向けてしまう……。えーあれなんか入ってるでしょ絶対。でかすぎるもん。あんな大きくならないって普通。ほらわたしとかこれ板じゃん。例えるなら板じゃん。かまぼこ板じゃん。

　まいこんぷれっくすをつついてる暇があるならヤツの観察をしろというアドバイスですね。精進します。

　どうやら今日の授業はマラソンらしい。マラソンっていうとアレだよね、後ろから迫りくるロードローラーみたいなすごい車の猛攻から逃げようと無垢なこどもたちが長い道のりを生き残るために走り続けるデスゲームだよね。違うね。

　冗談はこれぐらいにしておいて、ヤツの観察にとりかかる。

　ぴーっ。笛の音でマラソンスタート。走ってるせいで追いかけ続けるのもめんどい。ヤツはちょっぴり後ろの方。以前から見てて思うけど、たぶんあんまりスポーツは得意じゃない感じ。わたしと同じですね。

　ちょっと大きめの体操服に身を包んで走るヤツの姿は、さながらお兄ちゃんお姉ちゃんの服を勝手に着てどたどた家の中を逃げ回る５歳児のよう。…………適当に言ったけど言いえて妙。

　１周、２週、３週目……。さすがにそろそろ疲れが出てきて、顔が上がったり下がったり、スピードが落ちたりしている。はっはっは情けないぜぇマイ獲物。わたしだったら２週目で脱落してるわ。現時点ですでに負けてるわ。わたし情けな。

　そのままじーっと見ていると、後ろから走ってきたいかにもアスリートっぽい感じの男にぶつかった！　きゃー事故よ！　誰か救急車をってそこまで大事じゃないよねはい。でもなんか結構痛手な擦り傷負ったっぽい感じするけど大丈夫かヤツ……し、心配なんてしてないですーう。ふん。

　ちらっと、後ろからぶつかってきた男の方を見る。

　……………………。

　見なかったことにします。

　それからヤツはなんとか復帰。けがのせいでなんだかへとへとな走り方だったけど無事にゴール。へへへぇ、獲物はこうでなきゃいけないっすよやっぱり。それでこそってやつだぜ。ごめんちょっと意味わかんないね。わたしもわからん。

　きーんこーんかーんこん。２時間目がしゅーりょーしました。

　おや、ヤツの行動になにやら変化が……？

　保健室向かってるだけでした。ほんと大丈夫かね……し、心配なんてこれさっきも言ったわ。天丼だわ。

　ま、何事もないといいんだけどね。

　３時間目は実験室で授業なんだと。校舎の位置の関係上、残念ながらここからは見えないのだよ。ははぁ実験とか懐かしいわぁ、昔はよーやったよほんと。……うん。失敗した記憶しかないよ。だから成績悪かったのかわたし。ちくしょう。

　なんにせよ、授業やってるのが羨ましい。

　屋上も、これはこれで悪くないけどー。

　寒いんですって。風すごいんですよここ。夏なのに。夏なのに！　わけわからん！　温暖化はどこだ！　プリーズギブミー温室効果ガス！

　げっほ。いかん咳が出てきた。

　えっほえっほ。

　うぇえ……吐きそう……。

　朝ほとんど食べてきてないのに……いやむしろそれが原因ですかね？　うん？

　しゃーないしゃーない。そういう体質だから。

　きーんこーんかーんこん。３時間目がしゅーりょーしました。

　はっ、そうだ。作戦の最終段階の準備しないと。あ？　お前まだ観察しかしてないだろって？　ほっとけください！

　４時間目が終われば、待ちに待った昼休み。ヤツは毎日、必ず独り屋上へとお昼を食べにやってくるのだ。とうとうわたしの鞄の中に用意したとっておき爆弾を使う時がやってくるぜ……ぐへへへ……。

　梶井なんとかさんの気持ちがちょっとだけわかる気がする！　顔はどうも思い出せないけどな！

　よいしょ、よいしょ。

　ふぃー。

　んではさっそく、観察再開！

　戦争の時は近いぞ、マイ獲物！

　……………………。

　……………………。

　…………んおう？

　おかしい。教室にヤツの姿がない。

　まだ保健室にいるんだろって？　いやいやわたしもそう思いました。でも保健室の中覗いてもいなかったっす。はい。まじです。このハイスペック双眼鏡で見たんすから間違いないっす。どこ行ったんだヤツめ。ちくしょう逃げられたか！　許すまじ！

　……………………。

　なんか心配だね。

　しょうがない、誰かそこの鞄を取ってくれ。……誰もいない。自分でとります。

　というわけで、ちょっくらヤツを探す旅に出ます。探さないでください。骨は太平洋にまいといてください！　魂はこちらでなんとかします！

　ひょいひょいひょいひょい。屋上をぴょんぴょんしながら移動するのもさすがにもー慣れたべ。伊達に一年近くもここで過ごしてないからなー！　わたし屋上のプロだからなー！

　……卒業できるんかな……。

　とりあえずそれは後回し。探しにいくぜ、待ってろマイハニー。

　違った、獲物。

　古傷が疼く。……かっこつけてるわけじゃなく。

　この時期になるとね。痛いんだ。寒くって。

　ひりひりする。手とか足とか。

　心とか？

　なんだろうね。わたしにはよくわかんないんだけど。

　どーしてか、いろいろと思い出しちゃう。ヤツを見てると。

　ノートに書かれたふにゃふにゃな文字とか。

　本当はもっと鋭かったけど。

　教科書に降りかかるにわか雨とか。

　本当はわたしに降りかかってきたけど。

　でもって、居眠りの後の寒気とか。

　ま、居眠りなんてできるわけがなかったんだけどね？

　トイレってなかなか、不安になる場所だからね。

　今にして思えば、懐かしくもあるし、微笑ましくもある。嘘です。大嘘です。話盛りました。やっぱりまだ、引きずってます。だからわたし、屋上にいるんです。あの時とはもうクラスも違うし。ていうか進級できなかったし。

　それにいまさら、顔なんて見せらんなくてね。

　…………。

　……あと、かまぼこ板だからね。

　はぁ。

　はい、すいません。落ち着きました。インタビューはもうこれぐらいでいいですかね？　はい、ありがとう。いえいえこちらこそ。

　きーんこーんかーんこん。４時間目がしゅーりょーしました。

　総員集合！　点呼はじめ！　１！　終わり！　総員確認！

　爆弾の準備、よろしいかな？

　心の準備、よろしいかな？

　そんじゃあそろそろ出発すんよ！

　助けにいくぜ、マイハニー。

　なぁにしてんの、こんなところで。

　校舎裏に日は射さないよ。

　なになに？　殴られた？　蹴られた？　そうかそうか。やっぱあのアスリート男か。どうも怪しいと思ってたんだわ。他にも２、３人？　うんうん。そっか。辛かったね。

　やっぱり君もそうだったんだね。

　もう大丈夫だからね。

　あいつらが戻って来ても、絶対にやり返せるから。

　ほら見てこれ。水風船。たくさん入ってるから、君にもあげるね。

　これを何に使うかって？　そんなの決まってるじゃん！

　爆弾だよ、ば・く・だ・ん！

　寝汗の冷たさ、君もよく知ってるでしょ？

　爽快だよぉ。夏だからね！　いひひひ。

　……ほんとは君と投げつけあって、自暴自棄ごっこでもしながら遊ぼうかと思ってたけど、ちょっぴり事情が変わっちゃったから。

　ま、つまり、別のターゲットが見つかったってこと。

　もやもやを吹き飛ばすのに、大した違いはないからね。

　――さっ、準備いい？　青少年。きっとあいつら、そろそろ来るよ。君をこのまま放っておく気はないだろうから。

　終わったら、一緒にお昼ごはん食べようね！

　わたしたち、もっと食べないといろいろと大きくなれないし！

　来るよ、来るよ……。

　しっかり狙いなよ？

　敵はすぐそこにいるのだ！

　目標確認５秒前ー！

　よーん！

　さーん！

　にぃー！

　いーち！

　あ、お弁当忘れた。

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某短編小説と名前が酷似してる気もしますが特に関係はございません。

サリンジャーさんは憧れの人。