酔いが冷めない
戦国時代のこの今いる村に、1週間程滞在する予定でいた。
怪我の様子も気になることと、ここの暮らし改善が出来ないかとか
流れてきた落ち武者達から村奪還の話が出て、協力出来たらと考えていたわけだ。
俺がいるから何か出来るってことはないが、人間らしい生き方をしている人達の言葉や行動に
現代と違う人との付き合いが気に入っていたこともある。
それなのに。
滞在2日目の夜、どこで手に入れたものなのか分からないが、酒が振る舞われ
周囲の男達に飲むことを強要された。
「さ、飲め飲め」
「イルマ殿。せっかく手に入れた酒だ。飲んでくれ」
俺は酒類は、コップ1杯が限度。アルコールには弱い体質だ。
目の前にいる昔の男達のような飲み方は出来ない。2杯目は危険を感じた。
注がれて飲まないわけにはいかない雰囲気で、
自分でも限界を感じていたけど、飲み始めた3杯目でぶっ倒れた。
眠気と気分の悪さで目を閉じていると、周囲がざわつきだした。
「3杯目で倒れたぞ」
「え?イルマ殿は弱いなあ」
とか聞こえたが、後は全く記憶にない。完全に意識を飛ばしていた。
肌寒いなあ。そんなことを思いつつ寝返りをうつと、温かい何かに触れた。
湯たんぽ?と、思いながらソレを抱きしめる。
「あったかい」
それからまた記憶がない。
完全に頭が冴えてきて、目を開けてみると、辺りはまだ薄暗い。感覚から言えば、早朝?
起き上がろうとして、失敗。自分の腕の中にいる人物を見て俺は驚いて声が裏返った。
「うわ、え?あ?何、なんで?」
この時代、きちんとした厚みのある綿とか羽毛の布団というものはない。せんべい布団というか
薄い着物を重ねて作られたものとかが多い。この時期はまだ寒いので、その布団では明らかに不十分で寒い。
そこは一泊して確認していたが問題なのは。
「あ?イルマさん。目が覚めたの?」
腕の中にいたのは、彩。俺から見れば中学生くらいの少女だ。
戦国時代とはいえ、これほど美人はいないだろうと、思う。
昨日女性陣は水浴びをして身綺麗にしたので、村の何人かはかなり見目が良い事が分かった。
昨夜小規模な宴会になって酒が振る舞われたが、見目の良い妻を持った男は、独身男から羨ましがられていた。
彩もこの村の中の独身男と一緒になればいいのにと思ったのだが、どうやら父親の弟の息子らしく
親等問題があるらしい。
で、話は戻るが。腕の中で身じろいだ少女は、すっぴんだが美人だ。
あまり美人に免疫のない俺は慌てたさ。
「な、どうしてここに彩さんが?ここは、何故2人?皆で雑魚寝のはずだったのに」
「すみません。村の皆は、私とイルマさんが一緒になって欲しいと思っていて。
私もイルマさんの事、好いてます。それで、皆が協力して・・」
村の皆と彼女の利害一致か。
「だから、それは」
「分かってます。イルマさんが旅の商人で、この村に協力してくれて,、しばらく滞在しているけど
落ち着いたら旅に出るってことは。でも、新しい血を入れたいのは村の皆の望みで、
私は村の皆の考えでなく、自分の意志でここにいます」
一緒に起き上がって、2人で見つめあいながら、目をうるうるさせている彼女の瞳を見続けるのは
心苦しい。俺は、28歳になるおっさんに近い男だ。15歳の嫁なんていったら、現代では犯罪だ。
うう、どうしたらいいんだ。
「イルマさん。妻にしてとは言いません。1度だけでも」
スルスルと腰ヒモが解かれ、彼女は手を襟下部分に手を掛けてずらす。肩にかかっていた着物がゆっくりと
すべり落ちる。
ここは誰でもゴクンと唾を飲みこむところだろう。俺は慌ててそれを止めた。
据え膳だけど、へたれな俺には無理だ。肩から落ちないように襟を掴んだが、その手の上に手が重なった。
重なった手がそのまま下へ、自然と上半身の白い肌が目の前に現れ、目のやり場に困る。
「わわわわ・・、待て、待ってくれ。俺は手を出してそのまま置いていくというのは
個人的には出来ない人間なんだ。だから、浮気とか愛人とかそういう者が作れるような甲斐性はないんだ」
相手が理解不能な現代の事情を混ぜて喚くので、彼女の瞳が大きく見開いて、俺を覗き込んだ。
「あの、私にはイルマさんが何を言っているのか」
そのまま前に倒れこんできたので、俺は体制が上手くとれず、そのまま押し倒された。
ドサっ。
彼女の格好は、素っ裸に着物を辛うじて袖を通しただけ。その姿で俺の上に倒れてきたわけだ。
これは誰かに見られたら拙い。彼女を押し戻そうとして腕に手を掛けたところで、彼女は誤解して俺の頭の後ろへ手を回してきた。
「ち、違う~」
俺が上半身を起こそうと、もう片方の手で床に着いて踏ん張るが、彼女も負けていない。
「彩さん」
「はい」
「俺の上からどいてくれ」
「嫌です」
「・・。彩さん」
この押し問答をしていたら、その後方の扉が右へ動いた。
「よお、どうだ?彩ちゃんは良かっただろ?」
と、村の男の1人が顔を見せた。男がにやけ顔で俺達を見たのだが、何故か「ひっ」と酷く慌てたように
扉を閉めて逃げて行った。遠くに聞こえる声は「今から」という誤解を招く言葉が耳に届く。
彩の顔を見上げると、扉へ振り向いた顔は怒っている横顔だ。いいところで邪魔をされたから、
さっきの男を睨んだという結末だろう。
「彩さん」
「嫌」
「まだ俺を知らないのに、そういうことは」
「でも」
「君が一族を背負うのは負担だろ?本当に好きな人と一緒になるべきだよ」
「私は・・ずっと私を助けてくれる人が現れるのを待っていたの。あの変な顔した武士に襲われかけた時
もう、私は一生を諦めてました。でも、貴方が現れて嬉しかった」
物凄く好みなんです。と、はっきりと言われて、俺は理性が切れてしまった。
俺は、彼女の事は出会った頃から気にしていた。ただそれだけだったのだけど。
早朝から俺は、獣でした。
ようやく落ち着いた頃は、夢なら冷めて欲しいと思った。
「後悔しないで、私が望んだことです」
彩は、立派だ。俺に責任をとれとは言わない。でも、俺は女性と遊ぶことも出来ない奴で
浮気者とか愛人作るような男じゃないので。
「責任は取る。ただ、俺は旅人で商人だ。1月に1回この村に戻るような男だ。それを覚悟してくれ」
彩は、子供がいればそれでいいと言うが、俺自身の気持ちはそうは出来ない。
こそこそと荷物を異空間から取り出し、中から革紐と皮で出来た袋を取り出す。
その中にパワーストーンを入れていたのを思い出し、それを彼女に手渡した。
「これは?」
「この紐と小さな袋は牛の皮で作ったものだ。この青い石はラピスラズリという。
幸運を呼ぶと言われている石だ」
「綺麗」
ほお・・と、彩はその丸い青金石を手のひらに乗せて見つめる。
戦国時代に、妻に贈るものが何なのか俺は知らなかったので、指輪が通常でないこの時代では
これが指輪の代わりになるかと俺的に考えたわけだ。咄嗟に考え付いたので、彼女が理解しているかどうかは
分からない。
このラピスラズリの石を持っていたのは、偶然だった。彼女には好評で良かった。
「私は、貴方の物を1つでも頂けるだけで嬉しい」
あまりにも謙虚で、嬉しそうにするので、俺は覚悟を決めた。