俺の出来ること
沢野 幸之助45歳
戦国時代で壮一郎が出会った村の長 元下級武士。 娘ばかり3人。
沢野 彩 15歳。
幸之助の次女
荷物を手に持ち、俺は隠れ里のような場所に足を踏み入れた。
俺が現代との往復を時間にしたら、あれから1時間後だ。
怪我人は一か所に集まっていて、俺を見ると手を振ってくる。
森へ向かう前に、薬の話も一言伝えていたので、待っていたようだ。
元気な者は、薪や食料を探しに行っているようだった。米は期待出来ない。
だけど、この辺りの今の時期は果実が豊富。裏手にある川では川魚が釣れる。野生の芋も採れる。
村の方へ様子を見に行った者からは、まだ武士が居座って、貯蔵していた食料を食いつぶしていると
話しがあった。
「せっかくいざという時の食料の蔵を、あいつらは開けているんだ」
「悔しいな」
話を聞いた誰もが項垂れた。
水田は、ところどころ戦の跡があり、倒れている稲は収穫はダメだろうと。
武士達がいなくなれば村を取り戻せるのでは?と考えていたが
「食料がある限りは無理だろう。ただ、武士達はその後どうするのかが分からないと・・」
「あいつら落ち武者だった場合は、居つくだろうな。厄介なことだ」
その話を聞き、俺は少し考えてみた。彼らがどう動くかで取り戻すことも出来る可能性がある。
それは後に考えることにして、先に怪我人の治療を始めた。
捻挫、打ち身、擦り傷が大半。骨折は1名。刀傷を受けた者3人。
2時間程で、全員の治療が済むと、皆がそのまま周囲に座り込んだ。
「旅の商人なのに、怪我の治療も出来るのか」
「まあ、旅人だからね。いつ怪我するか分からない事を考えると、知識はあった方がいいと思うから」
「なるほど」
なるべく現地の材料を使うことにしているので、刀傷を縫う際は、麻酔を使わせてもらったが、
添え木は、木を使用しているし、松葉杖も図案を見せて、大工仕事が得意な者に頼んだ。
全員で56名。この場にいない村の者は生死問わず5名いない。行方不明。
村で殺されたか、どこかへ隠れているか。
いざという時の隠れ里を持っていたので、犠牲者が少なく済んだといえる。
「わしらは、もともと別の地に住んでいた。戦が終わって直ぐに流れてきた武士らに襲われ
皆で逃げてきて、1から村興しをした。逃げて10年は平和だった。この隠れ里は、いざという時の逃げ場だ。
これは、うちの村の者しか知らないので、この人数なんですよ」
「そうなんですか」
俺は、医療道具を片付けると、どうやら村の長的な役割をしている彩の父親の話に耳を傾けた。
「この里は、住むには不便なんですよ。日はよく当たるが土が米作りには適していない。
畑にするには、物が育たない。だから、今武士がいるところに住んでいたわけです」
「なるほど土壌の問題か。」
「土壌?」
「ええ。田に関しては、俺は知識はないです。畑に関しては、俺の親族で農家をしている方の家で、
仕事の手伝いをしたことがあり、聞きかじったことがあるのです」
「ほお、それは?」
「この国の土事情ですが。雨が多い地は、酸性と言ってあまり作物がなり難い性質になりやすいので、それを改善する為に、苦土石灰、消石灰の粉を撒く必要がある。」
苦土はマグネシウム 石灰はカルシウムのこと。
「くど・・せっかい?」
「あれば、土の性質が変わり、作物が育てる土に変わります」
探すのに大変だから、最初は現代からこっそりと布袋に入れてくるかな。
作物が作れない土に石灰を混ぜると、改善することの説明をすると驚かれた。
土に何かを混ぜるとか、土の性質については知らなかったようだ。
腐葉土や赤土とか黒土についても話をして、この隠れ里のような場所でも作物が出来るようになれば
いろいろと安心のような気がした。
「ですが、ここはやはり逃げ場として、あの武士達がいる村をなんとか取り返したい。あそこは稲がよく育ちます。米を育てるのには、水と土がとても良いのです」
「そうですか。なんとか奪還出来る作戦を練らないといけないですね」
「奪還。そうですね」
後日聞いた話だが、それから毎日、武士達を伺う偵察をして、男達が毎夜集まり、作戦を練る毎日だそうだ。
俺は、俺に出来ることを手伝いたいと思う。槍や刀を振り回すことは出来ないが、合気道なら。
後、昨年から過去に行くなら出来たらいいなで始めた弓道。
「そういえば、皆さんは狩りはしていないのですか?」
「狩りは、山の村の民がしていること。わし達は、山と海の中間にある村。主に米を作っているから
弓は・・。刀を使える者も武士を捨てて村人になったあそこの2人くらい」
「刀を使えるなら、木の棒でその2人から習ってみるのは?弓は俺が教えます」
俺は村人に何か改善出来ることをしたくて、つい申し出てしまった。
「旅の商人で、医師も出来て、弓も?今時の商人は何でも出来るものなんだな」
彩の父親の隣で、なんとなく話を聞いていた年配の村人は感心しきり。
「いえ、生きる為にいろいろ習っているんですよ。旅をしているだけで狙われたりもしますからね」
「おお、そういうことか。日々精進とは、流石です」
「そういえば、イルマ殿は歳はいくつなんだ?」
彩の父親は、名を沢野 幸之助45歳で、村を治めている長も兼任した元武士。
彩は彼の次女で15歳。
俺に年齢を聞いたわけは、そろそろ彩を誰かの嫁にしないといきおくれと思われてしまうことの心配。
だが、この村で独身は少なく、さらに男女どちらも若者が少ない。
今は、年上が年下の嫁を貰うような事が起きていることと、既婚者と結婚して2番目とか3番目の妻とするか
考えているとか。
「ああ、だから奥さんは、俺にこの地での妻という言葉が出たのか」
「おや、もう妻が貴方に話をしたのですか?この村は新しい血を入れないと、身近な婚姻が多いので、血が濃くなり
子供がうまく育たたない。都の医師の話では、村に新しい血を入れないと、村の人口は減ると聞いている。
そんな時に貴方が現れた。貴方は旅の商人。またこの村を訪問してくれるが、永住は考えてはもらえないと思っている。だから、子供だけでもと思ってお願いした次第」
血が濃くなる。そうか、兄弟姉妹、いとこにはとこ。この地へたどり着いて10年。
他の村から嫁を貰うとかしていたはずだ。だが、今は隣りの村へ行く術を、あの襲った武士達のせいで
行き来が出来ない。
だからこそ、今目の前のその機会があるので、お願いしたいのか。
「あの、好きでもない人と行為をしろと言っているように思いますが」
「イルマさんは、良い家のご出身ですな。身分が低いとか俺達のような農業している側は、歳の差で婚姻が多い。
男は甲斐性ありで、嫁を受け入れ、子が産まれるなどの家族で生活をするだけの金が必要。
変な男に嫁いで哀しい想いをさせるのは、親としては不満だった。
イルマさんなら、娘を好いている様子なので良かれと思っている」
彩の父親であり長が頭を下げると、隣の男とその後ろ手にいる男も頭を下げた。
「どうか彩を」
いつの間にか女性が数人と母親に背を押されて、彩が俺の前に躍り出てきた。
「彩さん。俺は先ほど出会ったばかりだ。」
俺は相手に言い聞かせるように話を始めると、彩は頭を左右に振った。
「私は、助けられた時に・・その・・」
顔を真っ赤にさせ、両手で顔を隠して立ちすくんでしまった。
彩の後ろで背をさり気なく支えていた別の女性がにっこりと笑う。
「彩は、一目惚れしたんだよ。」