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怪我人が多すぎ

しいさ~ん」

看護師が名前を呼ぶと、老人がソファーから立ち上がり、扉の前へ進んでくる。

「あ、椎さんですね」

看護師が名前を確認すると、老人は「はいはい」と言いながら

診察室へ入ってくる。のんきな人だ。

部屋へ入るなり、小型バッグを籠へ置き、さっと医師の前にある丸椅子へ座る。

この医院に来慣れている。


「あ、今日はイルマ先生か。爺先生は休みか?」

第一声が、壮一郎の横顔を見て、思ったことを直ぐに口走る。いつもの癖。

和磨かずま先生は、大学ですよ」

俺が振り向くと、老人は面白いことは何1つないはずなのだがふふっと笑いを零した。

今日俺は午前中のみパート医師だ。いつも頼まれているのは和磨医師(今年60歳)の個人病院。

今日は、この医院の医院長でもある和磨医師が大学へ講師に出掛けている為、パートの依頼が入ったのだ。仕事もしないでフラフラしているよりも、パートに出ると家族にも近所にも受けがいい。

医師らしくない医師である俺は、医師を本格的にすることを家族以外の人達にはよく言われることだ。



「けっ。爺の癖にまだ大学まで行っているのか」

「講師としてですよ」

「うわ、これだから頭のいい奴は」

口は悪いが、和磨医院の常連で、和磨医師の幼馴染だ。いつものことだが、何故か張り合う。

「椎さん、副社長から現場行って転んで腰を打ったと聞いてますけど」

「ちっ、婆か。ま、そういうことだ。先生、腰が痛くてよ」

建設会社の社長だが、未だに現場で働いているので、婆こと副社長の奥さんがいつも怒っている。


現場監督は、息子さんがしているのにわざわざ様子見ということで、自分で作業しにく奇特な人だ。

「先ほどのレントゲンと見た目から、打ち身です。骨にも神経にも異常はなくてよかったです」

青い痣が出来ているが、1週間程で消える範囲。

俺は処置室で看護師へ指示をだし、椎さんの診察を終えた。



午前中のみの診察する土曜日。今日最後の患者の椎さんが終われば、帰るだけ。

看護師が労いの言葉とお茶を出してくれたので、早速湯呑を手にしていると、処置を終えた

椎さんが勝手に入ってくる。

「よお、イルマ先生。ちょっと話、話。」

まだ会って1年しか経っていないのに、やたら馴れ馴れしいのは、職業柄なんだろうか。

「なんですか?」

「先生は、ここの看護師で言うところの中堅イケメンらしいな」

出た。また中堅かよ。女性陣から話を聞き出そうと、あれこれ質問したな。ちらっと、指示した看護師を横目で見ると、両手を前に45度の姿勢で頭を下げている。

おしゃべりな老人相手にタジタジなのは、なんとなく把握した。

「中堅イケメンの意味知ってるのか?」

「詳しくは・・、よく知っている方から聞く方が早いと思う」

「俺が調べてみたところ、容姿的には、まずまずということらしい。凄いイケメンでなく、まあ普通に格好良いかなレベル?」

「はあ、本人に言いますか」

「医師なのに、パートだそうだな。どうして医師を本職しないんだ?本職にすればもてるそうだぞ」

看護師が医師と結婚したい条件は、やはり高額所得で、医師という職業なんだろうな。

それに、顔が良い方がさらにいいのだろう。

「俺は、それでもいいと言ってくれる女性がいいんですよ」

「ほお。俺の娘どうだ?25歳、OL。嫁にもらってくれるなら持参金付」


椎さんの大きな声に、待合室の方から抗議の声が上がる。

バタバタと何人か来たかと思えば、駅1つ向こうの旅館女将の婆さんとOL女性と

看護師にパン屋の看板娘。

「ダメよ。私、狙ってるのに」

「私は幼馴染よ」

「ちょっと、イルマ先生。うちの娘を貰って婿入り入ってくださいな。

そうすれば、パート医師も出来ますやろ?」

「先生~、私じゃダメですか~」

1人泣きが入っている。

いや、それどころかまだ結婚する意志はないのですけど。


「何、モテ期か。イルマ先生やるなあ」

椎さんがきっかけなのに、どこふく風の発言。俺は、椎さんを睨むが、老人相手では無駄なあがき。


「あの・・。俺は今仕事一筋で、今のところまだ彼女作る気はないです」

はっきりと伝えたのだが、女性陣は揉めだした。

「希望はありますよね?」

「あら、貴女はお金目当てでしょ?」

「ちょっと、失礼ね」

「待ってください」

声を荒げて揉め始めてしまい、俺も女性に大声を出せず止めることが難しくなった。



「いい加減になさい。イルマ先生は、きちんと返事されましたよ。これ以上言い張ると

好いてもらえませんよ」

医院経営の奥さんが事務室から出てきて、ようやく収まるが、皆の目つきが怖い。

「と、とりあえず、帰りますけど。先生、覚えておいてくださいね」

「私も」

奥さんが皆の背を押し、どうにか医院からはいなくなった。

「ははは、もてるって羨ましいねえ」

と、椎さんは未だ居座っていて、見兼ねた奥さんが椎さんを人睨み。

「椎君。原因のお宅が何居座ってますの。よりちゃんに言いつけますよ」

「うわ、婆には内緒な。芽衣ちゃん(和磨先生の奥さんの名)、お手柔らかになあ」

慌てて玄関から出ていく老人を見送り、医院内は静寂に包まれた。


「ふう。イルマ君もいい歳なんだから。30までには良い人と一緒になったらどう?

看護師で良い人は紹介出来るわよ」

「いえ、いいです。どうしてもの時は、お願いします」

俺はこのまま奥さんにお任せすると、勝手にお見合いやらされた経験があるので

はっきりと断る。この奥さんには、曖昧は通じないのだ。

「そう?私も夫もイルマ君の連れてくる女性を心待ちにしてるから。

私達が生きているうちに紹介してよ」

縁起でもない。俺は蒼白になった。

「ふふ。イルマ先生は、私達の孫みたいな存在なのよ。変な女性が近寄ってきたら

私達も力を貸しますからね」

微笑む奥さんに、俺は苦笑するしかない。



この話を後日父と母にしてみると、大笑いだった。

「医者と弁護士は、いつの時代もモテルなあ」

「そうね。でも、何かと和磨医院の医院長夫妻にはお世話になりそうね」

「孫かあ。壮一郎が孫に見えるのか。あそこの夫妻の子供はどうだったかな」

「畑違いのIC関連企業に息子さんが勤めているって聞いたわ。跡継ぎがいないとか・・。

娘さんは、海外で結婚されてるわ」

「壮一郎、どうするんだ?」


「・・・」

両親が勝手に話を盛り上がらせて、ふいに聞かれても、俺には言い返す気力がなかったさ。




今日は、仕事が終わった後に戦国時代へ行く予定でいる。

「また物騒な時代を選ぶわね。あの時代って、何か特産とかあったかしら?」

昼食を作って待っていた母親は、お茶を飲みながら呟いた。

「あ・・、ただ単に歴史好きな男は、戦国時代見たいでしょ。」

「え?好きな時代だから見て来ようかなというレベル?」

「そう。戦国時代は、どちらかと言えば、こちらでおにぎりでも作れば、売れるのじゃないかな。

逆商売?」


その俺の考えに母親は、驚いていた。

「なるほど~。逆の発想ね。確かに、こちらの商品を売ると、小判とか貰えそう。でも、服装とか

気を付けた方がいいと思うよ」

「あ、そうか。小汚い恰好?」

「そうそう。質の良い恰好は、盗賊とか山賊に狙われるんじゃない?」

「あ、そうか。気が付かなかった。やっぱりいるか」

「いるわよ。戦国時代だもの。落ち武者とかもいるだろうし、村人だからって信用していいものか

分からないわよ」

怖い事を言って、俺を怯ませた母親は、大笑いだ。

「はははは、壮一郎ったら。小さい時から合気道で体鍛えているでしょ。頑張りなさいよ」

「母さん、戦国時代に合気道は・・・。どっちかと言えば、剣道の方が」

「・・・・、壮一郎。今からでも習う?」

「いや、いい」



計画は計画なので、昼食を食べ終わると、早速荷物を異空間へ放り込む。

「さて、いくか」


異空間を作り、いつものようの時間を飛んだ。

着いた先は、太陽がまだ空の真上。お昼辺りの時間帯に着いたようだ。

周囲に気を付けながら、その地に降り立った。

森の中にいることが分かり、村へ向かおうと、森を抜けると見事な田園風景。

緑まぶしい水が行きわたる水田だ。

「ほお、素晴らしいな。戦国時代なのに」

感動しつつ歩き始めると、ワーワー騒々しい声があちこちで聞こえてくる。

その声が悲鳴も混じっていたから、俺は慌てて森の入り口へ戻り、木々の陰から

様子を伺うことにした。


ワー・・と聞こえた声は、武士同士の戦っている場面だった。

カン キン とかの音は、刀がぶつかり合う音。

悲鳴は、この村の住民らしい人達の逃げ惑う姿だ。

「こ、怖い。人が刀で刺されていく。血しぶき・・・」

ぞっとするような展開が広がっている。

しばらくすると、勝者の武士達が村の中央にある井戸の前に集まり、水を酌み飲み始めた。

森の入り口からは、俺は双眼鏡で様子を見ている。

持ってきて良かったなと思いつつも、戦国時代はなんとも言えない嫌な気分になる。

あれほど歴史では戦国時代に興味があったが、実際は簡単に殺し合いが出来てしまい

命が無駄に散っているのだ。

しかも有名どころの武将ではなく、その辺の下っ端なところがまた嫌な気分にさせる。

あんなちょび髭おっさん連中に、関係のないのに巻き込まれた村の人々が可哀想だ。


こんな時、ゲームで言うところの武器とか俺に力があったらいいのだが、能力的には

人助けには向かない。剣道もしたことがなく、刀には刃向える力もなく、ただ見ていることしか

出来ないことが悔しい。


じっとそのまま伺っていると、はあはあ・・と呼吸音が聞こえてきた。

周囲を回らし、息を潜める。俺がしゃがみこんで耳を澄ませれば、ガサガサと草の中を

歩いてくる音。

ガサガサガサ。ズサッ。

「こら、待て」

太い声が何かを追いかけている様子だ。

「はあ、はあ、辞めてください」

「ははは、わしたちがここを治める。お前はどうして逃げる」

「堪忍してください」

ガサガサガサ。衣擦れや女性側は悲鳴に変わる。

「いや、きゃあー」


女性の危機だ。俺は、背後からその武士の頭目がけて、もしもの時の為に用意しておいた

金属バットを振り下ろした。

ゴキン。と軽い音がして男がそのまま気を失った。

俺は、その男を蹴り落とすと、その武士に覆いかぶさられ悲鳴をあげていた女性と

まともに目が合った。

生成り色の薄汚れた着物を着た若い女性。顔は泥だらけだが、

襲われていた事実というか、上半身は白い肌が、腰ひもは解かれていなかったが

太もも辺りまで捲られていた。


「あ、え・・と。大丈夫ですか?助けにきました」

扇情的な姿に顔が赤くなる。掛けた言葉も片言になりそうだった。

彼女は直ぐに自分の服装を正したが、俺を不信な目で見上げてきた。

「・・助けてくれたの?仲間じゃないの?」

「こいつの?違う違う。俺は旅の商人。たまたま戦をしているところに来てしまった。

だから、この森で終わるのを待っていた」

「商人?」

「ああ、旅のな」


腰が抜けて立ち上がることが出来ない様子だったので、手を貸し、武士が目を覚まさないうちにと

その場を離れる方がいい。俺はそう判断している。

「ここは逃げないか?」

「ええ、でも。足が痛くて立ち上がれない。私は・・」

俺は分けのわからない旅人だ。警戒するのは無理もない。

「分かった」

俺は膝をつき、彼女を抱き上げる。

「貴方の足手まといになる」

女性は、心配そうに俺を見上げてくる。泥だらけだが、見目は綺麗だ。痩せすぎているが

美少女か美人か。年齢が把握できないので、判断がつかない。

「大丈夫。上手く逃げる」

「・・・。有難う」

女性は、山の反対側に皆逃げているはずと、姫抱っこされながら道を誘導してくれた。


彼女が言うとおりに進むと、木々の間に通り抜けられる洞窟があり、そこをさらに通り抜けると

桃源郷?という感じの穏やかな世界にたどり着いた。


日の光も届いていて、隠れ里のような世界だ。

さい

俺達の姿を見た誰かが、彼女に向かって叫んだ。わらわらと人が出てきて

彼女の周囲に集まってきた。

「お父さん」

名前を呼んだのは、父親。その隣は母親らしい。他の人達は、村の者達と言ったところだ。

「この方は?」

「私が襲われているところを、助けてくれたの。襲った男は、この人に倒された」

「そうか。娘を助けて頂いて有難うございます」

夫婦が頭を下げたので、俺は彼女を父親へ引き渡し、頭を下げた。

「いえいえ。俺は旅の商人です。たまたまこちらへ来たところ、戦と遭遇したのです」

「それは災難でしたな」


そういう父親を始め、皆ところどころに怪我を負っている。血がこびりついているもの、

足を引きずっている者もいた。

「怪我を」

「ああ、これしき。

命があったことが私達の救いだ。何人も仲間が倒れた。平和に暮らしていたのに。

残った者はここにいる者だけ」

周囲を見渡すと、誰もが頷いていた。


戦国時代、俺の中では哀しいイメージが加算された。




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