その時代の考え方
俺自身は、自分の手で人の命を奪うという行為はしたくない。
人の命を取ること自体、悪だと教育を受けていることもあるし、なにより俺は
人の命を助ける医者だ。
手術の甲斐なく亡くなった患者や現代の医療でも解決出来ず亡くなった人を見送った時の
助けられないもどかしさと苦しみ。
そんな俺には、
罪悪感で一生過ごすことになるのじゃないかと思う恐怖も持っている。
現代なら、まずが犯人は捕まり、刑務所で裁判で決まった刑罰を受ける。
だが、この戦国時代では違う。
まだ江戸時代は警察のような組織 町奉行所とかとか同心とか岡っ引きとか
いた。
戦国時代では、治安も悪く、豊かな村は警護の野武士を雇っているくらいで
その農家や警護のルールで、敵は切り殺すのはまかり通っている。
捕まった3人を村人達が水を掛けたり、今までの怒りをぶつけている姿を見ることになったが
止めることが出来なかった。
俺は、現代の人間。
この時代にはこの時代のやり方がある。
「お帰りなさい、旦那様」
彩は俺を気遣い、他の人達と外へ出てきて俺の姿を見つけると、俺の背を押し家へと入れた。
「ただいま。今日は、米と塩と、彩の好きな果物を仕入れてきた」
目の前の板間に、荷物を広げると彩は喜んだ。
「まあ、米。皆で食べられますね。塩もこんなにたくさん。
これはなんていう果物なんでしょう」
「これは、他の国のオレンジという蜜柑に似た果物だよ」
それから、ずっと持っていて欲しいと思い現代で購入した
この世界でも大事にされるというツゲの櫛を箱ごと手渡すと、箱が何なのか分からず
彼女は首を傾げる。
「うわ、しまった。この時代には紙の箱なんてない」
ササッと箱から取り出し、興味をもたれる前に現代で製造された箱は隠す。
そして彼女の手に木で作られた職人技の櫛を乗せると、彼女の顔がぱあっと
みるみる笑顔になる。
「櫛。こんなに高価な物を。有難うございます」
妻の笑顔が可愛い。俺は、それだけで幸せ気分。
結婚するということがどんなことなのか、実はまだ実感が沸かない俺には
彩の表情や考えが新鮮だ。
「それから、再来週俺の国へ来て欲しい。俺の友人達や身内に彩を紹介したい」
そうそう、一番伝えたい問題だ。
彼女を妻として俺の友人や親族へ紹介したい。
「私を旦那様の国へですか?」
「そう」
「はい、行ってみたいです」
彼女は目を見開いて驚いているが、直ぐに笑顔で返事をくれる。
「ああ。それから秘密にして欲しいことがあるんだ」
「秘密?」
「その話は、俺の国で説明しようと思っている」
俺の国は現代で、未来だという事実。
俺の母親が明治生まれで、現代に住んでいることや俺も父親も爺も時を渡る力があることも。
どう伝えようかな。
母の時はどう説明されたのか、もう少し詳しく聞いておくべきだったかな。
既に、外での喧噪を忘れ、俺はすっかり自分の世界に浸っていた。
ガラッ。
彩と近況を伝えあっていたところで、家の戸がいきなり開いた。
「彩。婿殿がお戻りだと聞いたけど」
婿になったつもりはないが、こちらでは婿扱い。
妻の実家にいるのだから、そういう見方になるのかもしれない。
将来生まれる予定の子供は、この村の長になるという話らしいので、
彩の両親には婿という感覚じゃないかなとも思っている。
彩の母親が村の者と戻ってきたという情報を聞いて、姿が見えないので
家まで様子を見に来たようだ。彼女は、勝手知ったる家なので、俺達の部屋のスペースへ
入ってくると、米の俵や塩の袋、果物を見て驚いた。
「まあ、凄いわ。流石婿殿」
彩が手にしている櫛を見ると、さらに喜んだ。
娘が娘夫に大切にされている姿は、母親として嬉しいのだそうだ。
「お義母さんにもお持ちしましたよ」
俺は、彩ばかり買うことで母親が拗ねるのではないかと思い、デザインは違うが同じ櫛を
手渡すと、彼女は大喜びだ。
昔、夫である長が、まだ武士で主という領主に仕えていた頃は
祝言前にもらったそうだが、何十年と経ち、かなり年代物でガタガタになっていたそうだ。
「あ、喜んでいる場合じゃなかったわ。婿様には話をしていなかったのですが、
村の男衆のみでずっと話し合いがされていた村奪還の話です。
先ほど3人捕えたことで、偵察もしやすくなり、あの村には後2人残っていることが分かりました」
「全員で5人だったのか」
「はい。村の者で行方知れずの5人ですが、亡くなっているそうです」
今は3人から情報を仕入れているところだが、どうやら生かしておくつもりはないらしい。
人の命だ。俺は人を殺めるという行為が嫌いだ。
俺は止めたいが、何度も迷うのだが、この時代のルールを止めることは無謀なことだ。
現代のような法律や裁判を起こすことが困難で、相手をとっちめる方法がない。
治安は、自分達で守る時代では、村を暴力で奪った彼らは重罪人。
俺は、軟弱者と言われるかもしれないが、制裁場面には顔は出さないことにした。
彼らを改心させ、村を守らせる力として受け入れる事も考えたが、それでは殺された者の身内が
許さないだろう。
暴行を受けた彼らは、次の日にはいなくなっていた。村の男衆が措置をしたのだが、女達には見せずに
その遺体を自分達の奪われた村の入り口へ置いてきたのだと
朝、長から聞かされた。
村に残っている落ち武者2人は、仲間がやられてどう行動するのか。
そこを村の者達は、交代で様子を伺っている。
現代とは違う、こちらのやり方を俺は静観するしかなかった。
読み方
義母さん
伴侶の母親の呼び方




