何の教訓?
新入社員の現場研修が終わり、会議室で質問の時間となった。
「沢村さん、教えて下さい。会社員として、そして社会人として何が一番、大切かを」
新入社員は真剣な眼差しで私に問い掛けて来た。
「うむ。最も大事な事は怨恨を……女からの恨みを買わないことだ」
「えっ?」
彼等にはピンと来ないようだ。
「では、過去の具体例で話そう。そこから汲み取って欲しい」
◇◇◇◇◇
『それで……心配事と言うのは?』
居酒屋で、同僚の重田に私は尋ねた。
『うん。この頃、連日で、ワン切りが多いんだ。それも非通知で』
重田は顔を曇らせている。
『そいつは厄介だな……何か、思い当たる事はないのか? 例えば、酔った勢いで酒場の女と適当な口約束とか、やり逃げしたとか?』
『やり逃げだなんて人聞きが悪い。俺は、そんなこと……あっ! いや、まさかね?』
『何だ? 思い出したか?』
『いや、去年、組合執行部の慰労会があって、伊豆で一泊したんだが、その時にコンパニオンと……つまり』
『遊んだのか?』
『成り行きで、気がついたら、そういう事に……』
『それだ! その時に約束したんじゃないのか? また逢おうとか、こっちへ呼ぶとか』
『いや、そんな筈は……』
『彼女が居るのに、よくやるな』
『いや、一年前の、あの時は居なかった。ほんとだ。沙紀と付き合うようになったのは去年の夏からだし』
『ふーむ。後からでもサキとは、これ如何に?』
『さ……沢村……』
『すまん。冗談だ』
『多分、違うと思う。俺は、そんな約束なんか誰とも……えっ? 何? あっ!』
重田は後ろを振り返り、そして固まった。
『へーっ、そういうことを言うの、シゲちゃんはっ!』
『あ、あみちゃん』
『あれほど約束したのに、ずいぶんじゃない? ワン切り2回が合図よって。そうしたら、あたしに電話をくれるって。サキちゃんて誰?』
女の睫毛と爪が異様に長い。
一目でキャバ嬢と解った。
『理由が解って何よりだ。シゲちゃん……俺は、はずすよ』
◇◇◇◇◇
「以上だ」
怨恨を買うなと言うメッセージは伝わった筈だった。
休憩所から新入社員の話し声が聞こえる。
「だから、さっきの話は、ワン切りが続いても、うっかり同僚に相談すると、しっぽを捕まれると言う教訓なんだろ?」
「いや、そうじゃなくて、キャバ嬢との約束を忘れるなって……」
私は頭が痛くなった。
―了―