学園生活2
授業中、ちらちらと凜がおれの方を見るのが気になったが基本的に寝て過ごした。授業の内容が簡単すぎるから起きていても意味がない。一度だけ数学の時間に起こされた。男性教師だったので軽く殺気を当てたら、クラスの生徒が怯えて涙目になるなか、ずっと寝ていてほしいと頼まれた。
凜だけは呆れていたが。
おれの対処法としてとりあえず寝かせておく事が暗黙の合意が教師の中であったのか、午前中はずっと寝て過ごしたが文句は言われなかった。
昼休み。
おれは独りで教室を出て行こうとするが、凜に呼び止められた。
「今日の放課後、正式契約してもらうわよ」
「おまえ、よくそんな事をおれに言えるな。おれのこと怖くないのか?」
「怖いわよ」
確かに凜を見ると怖がっているように見える。ただしそれは、虎やライオンのような猛獣を恐れる本能的な恐怖で生殺与奪権を持つ者を恐れるものではないようだ。だから何だと言われると困るが。
おれは仕方なく凜と一緒に益田女史を尋ねて、放課後に祭壇場を使わせてもらう許可をもらった。
「ところで、あなた達まだ食事していないわよね。一緒にどう?」
おれは時間がもったいないから断ろうとしたが、凜が一緒に食べたいというので三人で昼食を食べることになった。なぜか益田女史が人数分の弁当を用意していた。いつのまにか作っていたらしい。
どこで食すかについてはおれが譲らなかったから、おれ達は三人で庭石のある場所までやってきた。目の前にいくと、凜がそこに敷きものを広げる。
初めからそうするつもりだったようだ。
「はい」
益田女史がおれに弁当を渡す。
受け取るとニヤリと益田女史が笑った。気味が悪い。
「キミのことを餌付けするために頑張ったのだ」
おれは庭石に飛び上がってそこで益田女史が作った弁当開けたて食べた。
うまい。
それに細々と色々なおかずが入っていた。タマが手を出そうとするので下に放り投げた。
「タマちゃんはこっち」
凜がそう言って自分の弁当から猫が食べれそうなソーセージを掴んで食べさせようとする。すでにタマは餌付けされているのか躊躇わずに与えられたものを食べている。
もっと警戒すべきではないのか? 所詮家畜だから仕方がない。もっともおれも食べているからタマのことは言えない。
「どうだ、うまいか?」
下から益田女史が感想を求めてくる。「うまい」と答える。
「うむ。ならば重畳だ」
益田女史がうなずく。変わった悪魔だ。
変わっていると言えば凜は神力行使者で益田女史は悪魔だ。なぜ一緒にいるのか。一緒に住んでいるくらいだから仲は良いのだろう。
「あんたらいつから一緒に住んでいるんだ?」
「わたしがこの学園に来てからずっと一緒に住んでいるから十年以上かな。わたし小学生からこの学園に入っている」
ふーん、益田女史は少なくとも教師になってから十年は立っている事になる。ということはすでに三十代なのか。
「キミが何を考えているのか分かるが、私は悪魔だから人の年齢を当てはめないでくれ。実際私はかなり生き続けているのだ」
何となく数百年単位で生きているような気がする。あまり探求しても利がない気がするのであまり気にしないことにする。
タマを相手にしている凜。だがタマは凜にはなついていない。どちらかというと益田女史の方になついている感がある。タマには堕天使が憑依しているから悪魔の近くの方がよいのだろう。
凜の近くにいて、もし間違って神力を浴びたらに魔力と中和してしまう。
タマはそれが分かっていて凜から離れようとするが、凜がかまっている。
弁当を食べ終わり、ボーとしながらタマのことを二人に告げるべきか考えてみた。
タマが堕天使に憑依されていても、おれが呼び出さないと姿を現せないから言わなくても良いだろう。堕天使が二人に危害を加えるとは思えない。
凜を迷惑そうにしているタマが庭石に登ってきたので、そのまま掴んで凜に放り投げる。遂に凜はムキになって為を抱き締めようとするがするっとタマが逃げていった。
言わなくていいか。
◇◇◇
午後の授業は結局サボった。
三時間ほど庭石の上で昼寝していると最後の受業終了の鐘がなった。しばらくすると凜がここにくるはずだ。おれは起き上がる。と、庭石の下に缶コーヒーが置いてあるのに気付いた。二人が置いたのだろう。
下に降りてそれを飲んだ。
ふと、何故二人が割とおれに親切である事に気がつき不思議に思った。よく考えると特に何か(良い意味で)した記憶はない。どちらかというと嫌われるような事しかしていない。益田女史はおれ適合者だし、おそらく政府からおれの子供を産めみたいな事を言われているから分からないではないが、凜はそんな理由はない。
タマを置いて逃げた。
模擬戦で容赦なく病院送りにした。
勝手に体を改造した。
皆の前で無理矢理キスした。
……。
結構おれは凜に対してひどい事をしている。おれがやったことに比べたら凜はおれに寛大な気がする。もともとおれは人とコミュニケーションとって暮らしていた訳でないから、どうしてなのかまったく分からない。
「庭石の上にいると今まで気にしなかったことが、いろいろ気になってしまう。それが力を制御するという事なのか」
気になるが、それがイヤではない。いままで他人に興味がなかったことが今となっては考えられなくなっている。
しばらくしてから凜がやってきた。おれが缶コーヒーの礼を言うと、おれに分かるように「よし」と言ってガッツポーズする。意味が分からない。
「なあ、何でおれのこと構うんだ?」
「何をいまさら」
「だって結構おれは酷い事しているだろう」
「自覚はあるんだ」
凜がそう言って手を握ってくる。
「歩きながら話しましょう」
凜に引っ張られるようにおれは歩き出す。凜と手を繋ぐのはイヤじゃない。イヤじゃないが何故か振りほどきたい衝動にかられる。同時にギュッと掴みたいとも思う。
おれはそんな相反する自分の気持ちが不思議だった。
「わたしは、彰人くんに感謝しているの。も、もちろんこんな姿にしたことは怒っているし許して上げるつもりないからね。
でも、わたしが弱い事を教えてくれた。
これでもこの学園では一番だったから自分は強いと思っていたの。でもそれは勘違いだった。彰人くんと模擬戦して、人外に勝つにはもっと強くならないといけない事を教えてもらった」
「……おれはこれでも人間だぞ」
「えっ!? やだなぁ、いまさらそんなこと言わなくてもいいわよ。バカね」
こいつ……、冗談だと思っていやがる。そりゃチートだけど。
やっぱり人外なのかな。おれは泣きそうになった。
「どうして落ち込んでるの? それより、わたしを強くしてくれるんでしょう? だったら、わたしの師匠になってくれるんだから、わたしはそれなりの礼はつくすわよ」
そういえば鍛える約束をしていたかも。だからか。少し納得した。
「でも、時々暴走するあなたの行為は全力で阻止するから。というか変な事したり、言ったりしないでくれるかな」
「分かった。一生面倒みるとか絶対言わないようにする」
「……うー、切り返せない。肯定しても否定しても何か負けな気がする」
おれはニヤリと笑う。
「むかつく」と凜。
あー、なんか楽しいな。