表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/30

学園生活1

 油断していた、と言われた。

 今度こそは負けない、と宣言された。

 庭園に向かおうとしたこと三回。全て邪魔をされて、うるさいと言うと凜はそれから一言も口を開かない。逃げないようにおれの手を握って引っ張る。

 周囲にはおれたちとおなじく登校途中の生徒が大勢いる。髪の長さ、瞳の色そして体型が全く変わってしまった凜だが、挨拶をしようとする生徒が結構いた。

 ほとんどの生徒が凜の姿に驚く。つぎにおれと手を繋いでいることに気づき唖然となる。

 男子生徒はその場に膝を折って撃沈する。

 女子生徒は挨拶を続けようとするがおれの肩にいるタマに気づく、やはりそれ以上声を掛けることはなかった。

 猫を肩に乗せながら登校する生徒は珍しいらしい。

 猫好きならともかくそんなヤツとはあまり知り合いになりたくないと思うだろう。おれもそう思う。

 凜と一緒に登校することはおれもイヤではないが、こうも目立つとは思っていなかったので少し後悔する。凜は優等生であるまえにかなりの美人だ。学園内でもてるだろう。いきなり男と手を繋いで登校していたら注目を集めるのは必然だ。すこしだけ後悔する。

「手を離した方がいいのでは」

 逆に強く握りしめられた。

 仕方がない。

 おれは繋いだ手の指を絡ませて同じくらいギュッと握りしめた。

 凜がわずかに立ち止まる。すぐ歩き出すが歩き方がぎこちない。

「どうせだったら腕を組むか?」

「熱いから止めておくわ」

 益田女史はおれに授業を受けさせるべく、おれがサボらないように凜に監視するよう頼んだからふたりで登校している。何度か逃げようとしたから、凜はおれに逃げられないように手を握っているだけなのだが、実のところかなり意識している。

 おれも凜が積極的に手を握ってきたから気分がいい。

 いっそ腕を組んでみたかったが拒否された。

 凜と腕を組んでも、当たる胸がない。どうせなら益田女史自ら監視してもらったほうがおれとしては良かったかも。

「死にたい?」

「若干」

 睨まれた。

 凜としばらくいて気づいたが、どうもおれの魂を分け与えた悪影響で性格を歪ませてしまったようだ。おれに対して非常に強気で時々自分がとる態度を凜が見せる。だからつい凜を元にもどすと約束してしまった。

 今日中にきちんと正式契約することを求められた。

 凜を元に戻す事は不可能だ。不可能なことを正式契約することは、非常に不本意なペナルティが発生するので、さすがのおれでもできない。

 さてどうするか……。

 以前のおれならこんな事で悩んだりしない。まるっと凜を殺すか手足を潰して病院送りにして解決する。実際、似たようなことをしてきた。

 おれの世界は狭いから他人がどうなろうと知ったことではない。そう思って生きてきたからそれで問題なかった。今のおれの世界は少し前に比べて少しだけ広がっている。その広がった分だけ他人が入り込む余地ができている。

 そのスペースに、凜が少しずつ入ってきている。

 今まで感じた事がない。とてもいい気分だ。

「そこのキミ」

 ……おれの事なのだろう。正門を通ったあたりで呼び止められた。

 後から肩を掴まれて声をかけられた。

 なれなれしい。見ると男子生徒がいた。男子生徒の背後にも数人の生徒がいる。女子生徒もいるが大半は男子生徒だった。

 手を払ったりしたら千切れてしまうから、おれは肩に触れている手を優しく除けた。それでも男子生徒はおおきくよろめく。まったくもって人間は貧弱だ。

 おれは男子生徒を無視して通り過ぎようとしたが、周りを囲まれた。

「な、暴力をふるったな!」

 大声でおれの肩に触れた生徒が手を押さえながら大声をだす。

 ザワザワ。

「チッ」

 凜よ、舌打ちはまずいだろう。

 あきらかに凜のキャラに不釣り合いだ。やはりおれの魂に確実に侵されている。

「封鬼委員だ。基本的に気にくわないやつらだ」

 小声で凜がそう告げてくる。ちなみに凜も封鬼委員だったりする。仲間だろう?

「わたしは二年だ。こいつらは三年だ」

 違いが分からない。おれには関係無いからどうでもいいけど。とりあえず凜も気に入らないだということが分かった。

 凜が手を離しておれの前にでた。

「先輩、おはようございます」

 おれの目の前で凜がややトーンの高い声とともに軽く会釈すると場が若干和む。

 ……。

「おはよう凜」

「抜き打ち検査ですか? ごめんなさい。昨日は調子が悪くて会議に出席できなかったので知りませんでした」

「い、いや、今日は三年だけの予定だったから凜が気にすることはない」

 その三年生はややうわずった声で凜と話す。

 ……なんか気に入らない。

「それはそうと、お前、なぜ制服を着ていないんだ」

 おれの方を見てそう言ってくる。手を痛そうにさすっているが哀れだ。

「先輩、かれは昨日転入したばかりで制服が間に合っていないんです」

「転入生。……そうか、昨日話題になっていたのはお前か」

 凜をしきりに意識しながらおれに敵意を向けてくる。おれが凜と一緒に登校したのが気に入らないようだ。それにさっきの事で、凜の前で恥をかかされたと思っているらしい。

 やはり気に入らない。

 おれは道端に落ちている小さな紙くずを拾って手で丸めた。少し大きいので細工する。

「凜と模擬戦をしたらしいが、どうせ手も足もでなかったのだろう? すこし指導してやるから、ちょっとこっちに来い」

 正門の側のちょっとした隙間に連れて行こうとその三年生に腕を掴まれた。

「せんぱい面するなよ」

 腕を掴まれたまま人差し指で拾った紙くずを弾く。

 額にヒットする。

 ボッと大きな炎が一瞬発生して前髪を焦がす。その三年生の足が浮き、数メートル後に吹っ飛んでいく。芝生だったのでケガはしていないようだ。

 おれは尻餅をついているその三年生に近づいていった。

 呪文をつぶやいてから、

「死にたくなければ二度とおれの前に表れるな」

と言う。

「わ、分かった」

 おれが何をしたのか分からなくても、おれが何かしたのは分かったはずだ。怯えた顔で分かったと繰り返す。

 契約成立。

 おれは指先に出現した魔方陣をその三年生の額に打ち込んだ。刻印だ。これでこの三年生は二度とおれの前に現れる事はない。

 が、今後も同じ様なことが何度も発生すると、いつかおれが切れてしまう危険があったのでこの機会を利用する。

「おまえ、おれ以外に勝てないヤツいるのか?」

「いない」

 そうか。

 凜に近づいて抱き締めた。

「なっ」

 文句を言いかけた凜の唇を、おれは奪った。

 凜は力強く抵抗するがおれの拘束から逃れる事はできない。そのまましばらく抱き締めていると凜の抵抗も弱くなり、やがて抵抗が止んだ。

 周囲にいた生徒達は驚いてその場から動けないでいる。

「黙っていて」

 凜に小声で呟いてから、おれは周りの生徒に向かって言った。

「おれの名は夜見川彰人。こんど鈴木凜と付き合うことになった。これは学園側も認めている」

 実際に認められていないが、言えば認められるだろう。

 おれは凜の両肩に掌を乗せて、クルッと半回転させて凜を皆のほうに向ける。

「もし、異論があるやつは凜と勝負しろ。その後おれに勝ったら凜を譲る」

 凜に睨まれる。

「安心しろ、おまえの所有格はすでにおれだ。お前が負けてもおれは負けん」

「ば、ばかやろう。だったら初めからあなたが勝負すればいいじゃないか」

「わかっていないなぁ。おれと勝負したヤツは全員死ぬんだぜ。それじゃ可愛そうだろう?」

 おれが楽をしたいだけだが、そういうと凜は黙った。実際にはいかなる理由であっても生徒を殺してしまったモノは退学させられるので再起不能くらいで許してやることにする。

「わがままだ」

 凜が断定する。

「わがままだ」

 おれは肯定した。


 ◇◇◇


 再び凜に手を掴まれたまま移動したので、庭石に行くことはできなかった。しかたなく教室に連れられていく。一瞬凜が立ち止まる。

「どうした? 入らないのか」

「あなたがあたしをこんな姿にしたから、昨日は大変だったのよ」

 ……まあ、クラスエイトが突然、髪の毛が長くなって、目の色が青くなって、貧乳になったら驚くわ。

「くっ。責任取ってよね」

「一生面倒みてやるから、安心しな」

 バタン。

 お-、何もないところで転ぶヤツがホントにいた。しかもバンザイしている。

「ふ、踏みたい」

 おれはちょっとだけ凜の背中を踏んでみる。とても優越感が得られて良い感じだ。何かそう、いじめっ子の気持が分かる気がする。

「踏まないでよ」

「悪い、つい踏んでみたくなった」

 キッと睨んでくる凜の鼻が朱い。

 ぎゅ。

 両足を乗せてみた。

「い、痛い。どきなさい」

「ねえ、あんた達ちょっと恥ずかしいぞ」

 振り返ると益田女史がいた。

 いつの間にかホームルームの時間になっていたようだ。

 凜が真っ赤な顔をして、おれの足を叩く。いそいそと立ち上がった。

 益田女史の冷たい視線に耐えながらおれも教室の中に入っていく。すでい皆着席しており、おれと凜は全員から珍獣を見るような目で見られた。凜は首筋まで真っ赤になって自席でうつむいてプルプル震えている。

 なるほど、凜はこういう事に耐性がないらしい。覚えとく。

「いーい、変わった転入生だけど優秀であることは間違えないから、良いところだけを見習うように。それと男女ともに危険だからあまり近づかないように。そうね、用がある時には鈴木凜さんに伝言するか、同席してもらいなさい」

「「「はーい」」」

 納得いかなかったが、おれもその方が楽なので文句は言わなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ