表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/30

怒る凜

 結局、おれは午後の授業もサボって庭石の上で寝ていた。

 ほぼ半日、整流回路にいたことになる。そのおかげか、だいぶ力が制御されているようだ。これなら多少の感情の起伏で周りを傷付けることもないだろう。

 たぶん。

 確信は全く無かったがそう思うことにする。信じるモノは欺される。

 欺され続ければそれは真となる。

 この調子でいけば目算で一ヵ月あれば完全に制御しきれるはずだ。ただその前に整流回路が行かれてしまう可能性が高い。期待しても盲目的に縋り付くと裏切られたときに立ち直れなくなる。

 だから期待を裏切られたときのバックアッププランも考えておく必要がある。なにしろおれは庭石の機能を奪っているのだ。いずれこの庭石は崩壊する。

 それがいつになるか、おれでも分からない。

 できれば一ヵ月もってほしい。

 とりええず、また寝ることにする。


 ……。

 ……。

 ……。

 腹の痛みで目を覚ました。別に腹をこわした訳ではない。物理的に痛かった。

 ずっしり重苦しい。

 目を開けると、腹の上にタマがいた。

「ニャオ」

 色つやがいい。どうやら無事だったらしい。

 タマの体調など、どうでもいい。とりあえずおれの腹で爪を研がないでほしい。

 猫爪はホンキで引っ掻かれると、とても痛い。

 タマをどかそうと思い、上半身を起こそうとした出来なかった。

 顔に暖かいモノが触れた。

 女の子の手だった。おれはその手によって起き上がる事を止められた。その手の持ち主は想像できた。顔を見ようとしたが、生存本能が目を合わせてはいけないと告げている。おれはそれにしたがって女の子の手から視線を動かすのを止めた。

 止めた途端、体の自由が無くなる。硬直したのだ。

「おはよう」

「……お、おはよう」

 噛みながらおれが答えると、女の子の気配が更に近づいてくる。長い髪がおれの肩に掛かる。

 体温を感じる。

 スッと女の子の両手が頬を触る。ゆっくりと顔の向きが変わる。

「どうしてこっちを見ないの?」

 凜だった。

 顔を少し傾けて可愛らしい笑顔を向けていた。笑っている目は細く、切れ長だ。その目がゆっくりと徐々に大きく開く。

「ねえ、いつまでこうしているつもりなの」

 だからその質問に答えなかった。おれの顔は汗でダラダラになる。

 青い瞳の夜叉がいた。

 おれは視線を下にやる。

 目の前に鬼がいる。長い髪を無造作に後背にした綺麗な青鬼。

 絶対零度のオーラを周りに放出している。その雰囲気におれは飲まれてしまっている。

 冷静な自分が何故こんなに怯えないといけないのか自答した。おれは最強だ。凜に怯える理由はない、はずだ。

 おれは勇気を出して凜と目を合わせた。

「うっ!?」

 燃えている。

 凜の目は燃えているよ。

 青い瞳の奥には青い炎がメラメラ燃えている。おれの魂を燃やすことが簡単にできそうな気がした。

 おれはその炎をコンマ一秒しか見る事ができなかった。

 それ以上は凜の目を見る事ができなかった。

「目を合わせて」

 凜は片手をおれの頬から離すと背後にあるモノを掴んだ。そして振り上げた。

 死神の大鎌。

 だれがそんなものを凜に与えたんだ? おれだ。

 こんなに凜にふさわしい武具はないだろう。ここまで相性が良いとは思わなかった。死神にあったことはないがいまの凜よりは遙かに御しやすいだろう。

 いまの凜は死そのものに見える。

 凜は片手でおれの頬を押さえて、もう一方の手で死神の大鎌を振り上げている。

「そろそろ起きたら?」

 凍えるように冷たく、深く、暗い青をした凜の瞳。おれはそれが何なのか理解した。理解したからこそ、絶対に逆らってはいけないと思った。

 凜の瞳の奥にある青い炎は女の妖気だった。男のおれに対策はない。

 ガツ。

 大鎌がおれの首筋間近に突き刺さる。岩なのにサクッと突き刺さった。

「ねえ、あたし、どこか変わったと思わない?」

「……髪の毛が伸びた」

「他には?」

「……」

 黙っていると大鎌が僅かに動いた。おれの首筋から一筋血が流れる。

「いいなさい」

 凜の手に力が入る。

「……か、体つきが変わったような気がする」

 死ぬ。このままだとおれは凜に殺される。

 逃げなければと思うが体が動かない。

「どう変わったかきちんといいなさいよ」

 できるだけ感情を抑えた声。それが逆に低音となりおれの心を恐怖させる。これまでおれを恐怖させたヤツはいなかった。凜が初めてだった。

 凜が胸をそらている姿を見ながら、おれは覚悟を決めた。

 死。

「胸がない」

 凜の胸が無くなっていた。ツルペタ。それはそれは見事なくらいに真っ平らだった。

「ピンポーン。正解者には死を」

 ゆっくり大鎌を振り上げた凜は頂点で一瞬動きを止めると勢いよく振り下ろしてくる。おれは凜の手を払って逃げようとしたが、手はピクリとも動かない。

 大鎌がおれの首を刈り取ろうと襲いかかってきた。

「うわっ!」

 はじめて、はじめて悲鳴を上げた。

 いくらおれでも死神の大鎌で斬首されたら死んでしまう(かもしれない)。

 死を覚悟したおれの首筋に大鎌の刃がピタリと触れて止まった。

「元に戻しなさい」

 凜が言った。

「……」

 それは無理だ。

 そう答えた瞬間がおれの最後だ。分かっているから何も言えなかった。

「聞こえなかったの?」

 ジリっと大鎌が微かに首筋に食い込んだ。血が流れて気持ちが悪い。

 凜は非力だったから改造したが、こんなに力を持つとは思っていなかった。しかも凶暴化している。これでは手加減していたらヤバイかもしれない。

 自業自得だ。

「答えられないということは元に戻せないということね。死になさい」

 大鎌が動く気配。

「うお、ちょっとまってくれ、おれはその姿の凜の方が好きだから」

 ピク。凜の動きが止まった。

 何とかなった?

 おそるおそる凜の顔色をうかがう。

 凜は今まで以上に怒っていらっしゃいました。

「あなたはこんな体が好きなロリっていうことね。その趣味を人に押しつけて、自分がロリ体型が好きだからわたしをこんな姿にしたってこと? 気持悪い。せっかくタマちゃんを世話してあげたのに、いきなり居なくなって、次にあったらあたしを病院送りにして、あげくの果てにやっとCカップになったわたしの胸をこんなふうにして……許せないわ」

 ワナワナ震えている。おれは死を覚悟した。

「死になさい」

 

 いわゆるこれがバットエンド?


 ◇◇◇


 ふう。

 おれは庭石から降りたところで正座している。

 目の前には凜と益田女史が立っている。凜は死神の大鎌を持っていない。空手だった。

 結局おれは何とか生き長らえることができた。

 あの後、職員室になかなか姿を見せないおれを捜しに益田女史が来て、凜を止めてくれたのだ。さすがに凜も我に返って冷静になり大鎌を収めた。

 胸がこれほど女の子を修羅に変えるとは。この秘術は封印することにした。

「まったく、キミは死にたいのか」

 おれは助けてもらった益田女史に先ほどから説教を受けていた。この瞬間、おれと凜、益田女史のヒエアルキーが決まった気がする。

「死にたい」

 益田女史の冗談にホンキで答えたが相手にされない。

 事情を説明されると益田女史はおれを殺すのを肯定して危うくトドメをさされそうだった。「とにかくキミが全面的に悪い。これから一生かけて凜の胸を大きくする義務がある」

「なんか、やらしいぞ」

 おれがそう呟くと凜に睨まれた。

「死にたいの?」

「わりと」

「分かりました。殺してあげます」

 大鎌を再び出現させたので、あわてて止める。

「やっぱりいいや。まだ死ぬには早すぎる」

「だったら誓いなさい」

 凜がそういって詰め寄ってくる。おれに拒否する事はできなかった。

「私こと夜見川彰人は今後いかなることがあっても凜の胸を元にもどすべく尽力する事をここに誓います」

「ねえ、何でこんな事をしたのよ」

「おまえがあまりにも弱いから、簡単に死なないようにした」

 凜が何か考えながらおれをじっと見つめてくる。何か迷っているふうだった。

「わたしは自分ではそれなりに強いと自負していたけれど、あなたから見たら弱いのかな」

「圧倒的に弱い。弱すぎる」

 おれは即答した。

 凜が戸惑ってた表情を浮かべる。

「攻撃力はそこそこあるようだが、防御力がなさすぎる。人間というカテゴリの中でみるとそれなりだが魑魅魍魎その他諸々と比較したら絶望するしかない。食物連鎖で言えば草食動物か小魚くらいだ」

「そんなに弱いの?」

「ああ。弱い。生き残ろうとしたら強い者に隷属するしかないくらい弱い」

 凜が辛そうに顔をそむける。おれと模擬戦をしたことでいままでの強さの基準を全てひっくり返してしまったようだ。

「わたしは弱い」

 それは凜の独り言。おれに聞いて欲しい言葉でなく、自分自身に言い聞かせる言葉。

「おれが鍛えてやる」

 意識せずにそう呟いていた。確かに鍛えるつもりだったが、それはオモチャが壊れないようにするためのはずで。でも今言った言葉はそういう意味は含まれていない気がした。

「わたしは強くなりたい。だからお願いだ。何でもするからわたしを鍛えて欲しい」

「分かった。まかせておけ」

 お、もしかしたらおれは許されるのか。

「凜、誤魔化されてはだめだ。そんな姿にした責任は取ってもらえ」

「チッ、うるだい黙れ」

 余計なことを益田女史が言う。ごまかし切れなかったじゃないか。

「ええ、それとこれとは別だわ。ねえ、あとで契約書にサインしてもらうからね」

 ……だから、戻せないんだって。

「分かった?」

「はい」

 おれは逆らえなかった。

「それから、きちんと授業にでること」

「……」

 それはいろいろ厳しいのだが。

「返事は?」

「できるだけ努力する」

 それからもしばらくふたりに説教される。


 その時には気付かなかったが人に説教されたのはこれが初めてだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ